第623話おざなりすぎません!?

「お、おお、助かったっすよハクア。それにミコト様も」


「うん。無事でよかった」


「だーね。ギリ間に合ったよ」


 駆け付けたハクアとミコトに礼を言いながら、シーナは二人の放つ気配の違いに驚く。


 それはそうだ。


 二人と別れたのはつい先程、まだ時間にして十分程しか経っていない。


 しかしそれにもかかわらず二人は明らかなほどにその力を高めている。


 一体何をすればこんな事になるのか?


 ハクアがシーナにとっては見慣れない獣人のような姿に変わり、神々しいオーラを放っているのもあるが、それだけでは説明できない。


 しかもそれがミコトもとなれば尚更、シーナには理解が及ばない状況なのだ。


 そしてこの状態こそ先程ハクアがした古い契約の効果。


 長い時の中で効率よく魔物を使う為に削がれ、簡略化されていった古の契約。


 互いに互いの言葉を理解し、意志を心を、その全てを認め、お互いを対等な存在として双方の魂に誓うそれは、形骸化した簡略の契約とは一線を画す。


 今現在利用されるテイムの契約は、マスターとなる者の命令を効かせやすくする為の効果が組み込まれている。


 そして互いに誓う契約と違い、契約の言葉とは裏腹に一方的に押し付ける形に近いものとなっているのだ。


 その結果テイムは長い時をかけ、己の力で使役するものの魂を縛ると共に、力を注ぎ強化する事で効率良く使う事を主軸に組み替えられていった。


 しかし今回ハクアが用いた契約は主従関係の誓いではなく、対等な仲間としての誓い。


 その効果は凄まじくお互いの力でお互いの力を強化することが出来る。


 今広まっている契約では使役する魔物を強化する事は出来ても、使役する主人が強化される事は滅多にない。


 稀に強力な個体と契約した時は、その個体の力が逆流し強化される事があるが、それほど強い個体が弱い主人に仕える事など稀れ、仕えること自体に意味がないうえ契約で縛られるデメリットしかない。


 なのでこんな事は滅多に起こらない。


 今回の契約でハクアはミコトの力を受け、龍の力が更に活性化した事で、弱点でもあった自身の力に対する抵抗力が備り、肉体的な強度が増した。


 そしてミコトはと言うとで……。


(凄い……)


 その契約の恩恵をハクア以上に感じていた。


 何故なら、今まで邪神という強大な魂を抑える事に無意識に力を割いていたミコトにとって、今回の事件で邪神が身体から消えた今、溢れ出る力を制御するのは至難の業だった。


 しかしハクアと契約した事で、荒れ狂う嵐のようだった今にも溢れだしそうな力の奔流が、まるで凪のように静かに、穏やかに、そして自らの思い通りに動くようになった。


 それによりミコトのパワーアップはハクアを遥かに凌ぐ形になったのだ。


 自分自身の力を十全に扱える。


 それはミコトにとって生まれて初めての経験であり、無意識とはいえ邪神という強大な力を持つ存在を、長年抑え続けてきたミコトの力は、自らも意識する事なく鍛え上げられていた。


 そしてその力はハクアとの契約の効果で完全なコントロール下に置かれ、今や龍王達を超え龍神に迫るまで力を増している。


 だが同時にミコトは、ハクアの恐るべき力の一端を見た気がした。


 何故なら古の契約をしたとは言え、ハクアがミコトから受けたほどの影響をミコトは受けていない。


 本来、ミコトとハクアの力はかけ離れており、例えるならハクアにとってミコトから受けた力は、ハクアのバケツほどの器にいっぱいに溜まった風呂の浴槽の水を限界まで注ぎ込むほど。


 その効果は絶大で溢れ出た力がステータスだけでなく、ハクアの肉体の強度を上げ、ステータスもほぼ全て三割ほど強化された程だ。


 しかしミコトとってはその逆、スキルを使った強化ならまだしも、通常のハクアの力ではプールにバケツの水を注ぐ程度でしかない。


 実際ハクアと違い、シーナがミコトに対して感じた力の圧はハクアの力は全く関係なく、ミコト自身が今まで持っていた自身の力にほかならない。


 それなら何故ミコトはここまでパワーアップ出来たのか?


 それはハクアと魂が繋がった事でハクアの感覚をミコトが得た事で強化されたからだ。


 より正確に言えば五感を含めた各種感覚の向上、そして何より力に対する感覚───コントロール技術が大幅に上昇した。


 それはハクアが自身の力を制御するために今まで必死に高めたもの、ハクアが格上と戦えている根拠の一端でもある。


 その感覚こそが今のミコトに一番必要なものであり、最も得難いものでもある。


 今までのミコトは邪神を抑えるために力を割き、消費されていたいわば蓋をされていた状態。しかし邪神が居なくなった事でその蓋が外れ、急激に膨れ上がった力に対応できない状態だった。


 これは例えるならF1カー並のエンジンを玩具の車に積んだハクアと違い、ミコトはF1カーに玩具のエンジンを積んでいた真逆の状態に近い。


 その状態で、いきなりゼロから力の制御をする時間がなかった所に、ハクアとの契約で一気にその時間を省略出来たからこそのパワーアップだ。


 無秩序に力を振るうだけではなく、膨大な力を必要なだけ必要な部分に使う、強化する。


 一見すれば単純な効果だが、力が強くなればなるほどその効果は絶大だ。


 特に龍族やさっきまでのミコトのように、力の制御が甘ければ無駄な消費も多く、効果も低くなる。


 ホースから出す水をそのまま出すよりも、口を絞って勢いを強くした方が効果的と言えばわかりやすいだろう。


 とにかくそのおかげでミコトは自身の力のコントロール力を得た。


 しかしそれはあくまでハクアの感覚の一部がもたらした効果。


 自分にとっては荒れ狂う海のような、今にも噴火しそうな火山のような、どうにもならないと思えた力。


 それをハクアの感覚の一部を得ただけですんなりコントロール下に置けた。


 それはつまり───ハクアの中に渦巻く力の奔流はミコトの比ではないという事になるのではないか?


 それに気が付いた瞬間、ミコトの背筋にゾクリと冷たい感覚が走る。


 曲がりなりにも自分は神を抑えていた。


 その分に使っていた力が自分の中に渦巻いていた力であり、原因だった。


 ならばハクアの力は少なくとも邪神を封印していた力以上という事だ。


 龍であり、神の力を受け継ぐ自身よりも強力な力を有する人間。


 そんなもの人間として───いや、生物として有り得るのだろうか?


 脆弱と言われる人間の魂でモンスターであるミニゴブリンとして生まれ、鬼の力を得て、龍と神の力も得た元人間。


 その異様な肩書きに、今更に自身の力の制御という気付きを得て、遅まきながらにハクアの爆弾っぷりを自覚したのだ。


「どったの? 人の顔をそんなマジマジと信じられないようなものを見る目で見て」


「いや、やっぱりハクアはハクアなんだなぁって」


 気付きはした。

 

 だがやはりハクアという人間を知っていると、爆弾っぷりよりもその一言に集約されているという印象の方が強かった。


「詳細言われてないけど、すごく納得いかない気がするんですが!?」


「気の所為、気の所為」


「おざなりすぎません!?」


「この状況でハクアもいつも通りっすけど、ミコト様までハクアに似てきたっすね」


「嘘!?」


「なんでそんなショック受けてるの!?」

 

「だってハクアと一緒なんて……」


「いやマジで失礼だからね?」


 ミコトに食ってかかるハクアと、それを楽しそうにいなすミコト。


 そんな場合ではないが、その姿を見たシーナは本当に似てきたなぁ。と、二人の姿を見て少し嬉しくなるのだった。

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