第595話人はそれを脅しと言う
「おい、アレはなんなんだ?」
ハクアを見詰める2人の背中に声が掛かる。
その声の主、ザッハークの声は硬い。
それもそうだろう。
容量オーバーで自爆したとはいえ、自身のアジ・ダハーカ、ザッハークとしての魔道知識、アーカーシャの知識、そしてテア達が考案した陰陽両儀の知識。
黙って事の成り行きを見守っていたが、これは明らかに一人の人間程度が抱えられるものではない。
どれ一つとっても人間が理解し、まともに動けるなど異常でしかない。
それだけでもザッハークからすれば得体の知れない気色の悪い存在だ。
「お前達はあんなバケモ───」
「聡子、止めなさい」
ザッハークの言葉に覆い被せるようにテアが言葉を放ち、その瞬間まで気が付かなかった。
射殺すような鋭い眼光と殺気、そしていつの間にか首元に迫っていた刃。
ザッハーク達をしていつ抜き放たれたのか分からない不可視の斬撃。
ザッハークは確かに二人の背に向かって言葉を掛けた。その瞬間まで確かに後ろを向いていたはず、しかし結果はいつの間にか首元に刃が突き付けられるまで意識すら出来なかった。
振り向き、抜き、放つ。
一連の動作全てが抜け落ちたような、結果だけがそこにあった感覚。
人を斬り、刀の才で神まで上り詰めた人斬りの紛れもない殺意。
それは久しく忘れていた、死の感覚を甦らせるには十分なものだった。
「まっ、テアさんが言うなら止めますけどね。でも……そこから先を言葉にするなら、その三つ首を全て跳ね飛ばしますよ。誰が止めようと……ね」
「そうですね。私も二度止める気はありませんよ。ソレも二度同じ事をするほど愚かではないでしょう」
強者である自覚。
それを易々と崩す程の力を見せ付けられる。
「じゃあ聞き方を変えるぜ。あんた達はあの嬢ちゃんをどうするつもりだ? あれ程の才に俺達の知識まで、それだけでも十分世界に脅威になり得るぜ?」
黙ったザッハークに代わり、セカンドが続く。
魔龍と呼ばれてはいるがアジ・ダハーカにとって、それは最も効率的に強さを手に入れただけの手段でしかない。
世界の均衡を守るという龍の誇りと使命まで失った訳ではない。
ことさらこだわる気もないが、元女神達が育てている───否。作り上げようとしているハクアという存在は、黙って見逃す訳にも行かなかった。
「……貴方の懸念は分からなくもありませんがその心配はいりませんよ」
「それを信じろってのか?」
「それはご自由に、ですがこちらが言えるのは一つ。あの子の全てはあの子のモノです。私達がしているのはそのほんの手伝い、あの子があの子らしく生きる為の手助けだけです」
「それにしては過剰だと思うが?」
「あの子は貴方が考えるよりも自由で、それ以上に過酷な運命が待っているんですよ。それに抗うにはまだ足らないほどです」
「何よりも、ハクちゃんはどれだけ力を得ようと貴方達程度が心配するような事には絶対なりませんよ。世界を滅ぼす力を持っていても夕飯の方が大事だし、全てを統べるカリスマがあっても面倒臭いの一言で終わりますよ」
「その証拠がどこに───」
「ハハッ、確かにな」
聡子の言葉に反論したザッハークに被せるように、セカンドが快活に笑い肯定する。
「お前らも認めろ。そっちの女神がなにか企んでる可能性が多少あるから聞いたが、その二人に嬢ちゃんをどうこうする気はないし、あの嬢ちゃんならもっと平気だろ」
「だが!?」
「おいおい末っ子。そもそもあの嬢ちゃんなら、殺ることだけを考えれば、この里の奴だって大半は殺せる。俺達の身体にはそれだけの価値が他種族にはあるが、それにも興味がない。それでもまだ信じられないか?」
セカンドの言葉にしぶしぶ納得するザッハーク。
その様子をテアと聡子は興味深く見詰める。
「と、言う訳でその嬢ちゃんの事は俺達も信じる。その代わり、手網はしっかりと握ってくれよ。それと……」
「わかっていますよ。もしもの時はこちらが責任を取ります。まあ、そんなものは絶対に起こしませんけど」
「ならこっちは何も言う事はないな。その嬢ちゃんの事は個人的にも応援してるし、俺自身、どこまで行けるのか気になるしな」
「結局は自分が気に入ってるだけか」
「違いない」
呆れた空気を滲ませるが、先程よりも態度が軟化しているザッハーク。
どうやら今度は本当にハクアを追及する事を諦めたらしい。
こうして色々と想定外の事態を、いつも通り巻き起こしたハクア達の試練は終わったのだった。
▼▼▼▼▼▼▼▼
「うーむ。荒れとるのぉ」
天変地異でも起こったかのような風景を見ながら立ち竦む私。
暗雲立ち込め、雷は鳴り響き、大地は荒れ果て、世界そのものが捻じ曲がっている。
これはあれだ。なんか画家が私の中の世界です! みたいな感じで描きそうな世界観。
しっかしどうなってんだこれ?
確か、色んな知識を貰ってた所までは覚えてる。んで、最後に……ああ、テアから陰陽両儀を教えて貰ってたら、その途中でいきなりノイズが走って……あれ? どうなったんだっけ?
「頭が爆発してそのまま気絶したんだよ」
声のした方に顔を向けると、いつの間にやらナニカがそこで呆れたように立っていた。
しかも今度は生意気さを前面に押し出したメスガキ幼女風(ランドセルあり)だと!?
こやつ、本当に出る度に色んなタイプの美少女や美女に変化して、立ち絵のバリエーションを増やそうとしてやがるな。
「ふふ、もちろん。それが今の僕の目標だからね。目指せ、毎回挿し絵行き!」
「どこ見て喋ってんだよ。ってか、爆発ってなんぞ? 人間は爆発なんてしないんだよ?」
まあ、度々破裂ならしてるのだが。
「いや、びっくりしたけど、本当に爆発してたから、むしろ僕の方がなんであんな爆発してたのか聞きたいくらいだし」
「えっ、冗談じゃなくて本当に爆発してたの?」
「うん。漫画とかアニメのような爆発だった」
「マジかよ……」
私の体は本当にどうなってるんだってばよ?
「……まあ、深く考えてもしょうがない。生きてりゃ爆発する事の一度や二度あんべ」
「いやないからね」
うん。私もそう思う。
「それで、今回のこの雰囲気はどんなコンセプト? 世紀末覇者でも気取るつもり?」
「今回は何も弄ってないよ。強いて言えばハクアの中を具現化すると今こんな感じになってるだけ」
「……え? やばくない?」
「やばいよ」
「なしてさ!?」
「いや、そりゃ知るだけでも頭が崩壊しかねない情報を、あれだけ一度に複数注ぎ込まれればこうなるよ。いや、むしろこの程度で済んでるのが奇跡に近い。僕が言うのもなんだけど、本当に人間?」
「人間ですよ! ヒューマンですよ! 今鬼っ子に変わってるけど」
「鬼や龍程度でも耐えられないレベルなんだけどね」
「そんな事言われても私は知らんし」
そもそも貰えるものを貰っただけだしなぁ。脅して奪った? いやいや、ただ少し交渉しただけですよ。
「人はそれを脅しと言う」
「失敬な」
「まあいいや。今回は頭の中の整理が出来るまで起きれないだろうから、ゆっくりしていきなよ」
「ゆっくり出来るの?」
「……あはっ、わかってるね。もちろんそんな気はないよ。正直、やっと鬼と龍の力が馴染んでくれたから、どれほど動けるか興味が尽きないんだよね」
「いやいや、病み上がりと言うか、病んでる途中ですのよ?」
「体を動かしてれば頭の情報の整理もはやく片付くよ」
必死に抵抗するがどうやら聞く気がないようだ。
「来なよお嬢ちゃん。可愛がってあげる」
「幼女姿で言われてもなぁ」
「問答無用!」
「ギャース!?」
こうして現実で起きるまで、無理矢理ナニカの暇潰しに付き合わされる私だった。
▼▼▼▼▼▼▼
重だるい体を起き上がらせた私の目に鏡が映り、その中でこちらを見る私自身と目が合う。
その鏡の中では、未だ幼女姿の私の頭の上に何故かネコミミが生えていた。
なして?
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