第580話……嗤った?
「叩き込む!」
地上と空中からアジ・ダハーカに追撃を仕掛ける。
「ダリャッ!」
「ハァーッ!」
しかし、土埃の中から立ち上がったアジ・ダハーカは、一切の傷もなくいとも簡単に二人の追撃を受け止める。
だが、最初からそんな事は織り込み済みだったハクア達の追撃は終わらない。
「ほう……」
アジ・ダハーカの口から漏れ出るのは素直な賞賛。
即席とは思えぬ連携とそれを成す技術に感嘆の声が漏れた。
ミコトの攻撃は強力だ。
アジ・ダハーカをしてまともに喰らえばダメージを負う程の威力。自身がダメージソースだと理解した防御を考えない突撃体勢。
しかしそれはもう一人に絶大な信頼を寄せる証拠。
ミコトと違いハクアの攻撃の被害は軽微だ。
だが、ミコトの攻撃の合間を縫うように繰り出される行動、意識の間隙を突くイヤらしさ、その手数が圧倒的に多い。
実力はあるが圧倒的に経験の足りてないミコトを、経験はあるがダメージを出すのに苦労するハクアがフォローし、攻撃直後の隙を埋め、自らもダメージを出す事を忘れていない素晴らしい連携。
そして何より、ミコトをフォローしながら的確にアジ・ダハーカを攻撃してくるハクアにこそ、アジ・ダハーカは敬意にも似た感情を抱き始めた。
今までもアジ・ダハーカの能力を見破った者は存在した。
だがそれはハクアのように、戦闘とも言えないような数手のやり取りでではなく、もっと互いに多くの手札を見せ合う時間が経ってから。
少なくともハクア程、早くアジ・ダハーカの能力を見破った者はいない。
だがそれよりも───だ。
烈火のごとく苛烈に攻め立てるミコトの攻撃。
その攻撃の間隙を縫うように放たれるハクアの攻撃。
これが問題だ。
アジ・ダハーカにとってミコトの攻撃は予見しやすくスキルとの相性も良い。
だがここにハクアが加わると話は劇的に変わってくる。
……またか。
スキルを発動する事で数秒先のミコトの姿が無数に浮かび上がり、数多の可能性は淘汰され、結実した未来の姿だけが残り、その他の虚像がヒビ割れる。
しかしそこには目の前に居るはずのハクアの姿はない。
スキルが切れ現実に引き戻される感覚の中、アジ・ダハーカは浮かび上がったミコトの像に合わせるように防御する。
だが───その瞬間、ミコトの後ろを地を這うように移動してきたハクアが、防御する腕を下から蹴り上げる。
チッ。
内心で舌打ちしながら、ミコトの行動を体で受け止め衝撃を地に逃がす。
しかし次の瞬間、再び発動したスキルが映し出したのは、自身の首を刈り取るように放たれるハクアの一撃。そしてそれに連動するミコトの攻撃。
虚像に合わせて対応したアジ・ダハーカが、防御と同時に二人を掴もうとするが、二人はそれを許さず間合いを外し、次の瞬間には再び接敵する。
先程からこの繰り返しだ。
ここに至ってハクアは完全にアジ・ダハーカの苦悩のスキルを理解していた。
苦悩のスキルは未来に起こる痛みに反応して発動する。
それを逆手に取り、ハクアは自分の攻撃がアジ・ダハーカの脅威にならないレベルに調整し、直接的なダメージに繋がらないようにする事で、スキルの感知範囲から逃れていたのだ。
防御を崩す、重心をズラす、視界を遮り、奪う。
そして時折、自身も攻撃に参加する事でアジ・ダハーカのスキルに突如として、自らの意思で割り込みをかける。
数多の敵を屠り、数多の戦いを繰り広げて来たアジ・ダハーカでも、こんな戦いはした事がない。
こんな相手となど戦った事がない。
だがそれでもハクアにミコト。
二人のデータは徐々に収集され、ミコトのデータはほぼアジ・ダハーカの中に揃いつつあった。
そしてそれはハクアも同じ。
どれだけ奇襲を仕掛けようと、一度見せてしまえばそれは予測の範囲、つまりアジ・ダハーカの可能性に未来に捉えられる事を意味する。
元よりこの戦いは、自ら一枚一枚手札を見せながら、捨てていくような戦いなのだ。
ハクアの動きは脅威にならないから反応しなかった。
だが、データが集まればそれは明らかな脅威として認識され始める。
烈火のように苛烈なミコトとは違う、常に流れる流水のようなハクアの攻撃。
時にしなやかに、時に激しく、時に無意味に、時に猛威を振るう変幻自在の攻撃。
───捉えた。
ミコトの虚像に重なり、ハクアの虚像が無数に浮かび上がる。
それはハクアという脅威が、アジ・ダハーカという更に規格外な脅威を成長へと導いた証。
ハクアという上質で異質な贄を喰らう事で、アジ・ダハーカの反則的とまで言えるスキルが更に成長したのだ。
そしてハクアの虚像もまた、可能性の網に囚われた事で、徐々にその数を減らしていき、遂にその姿が一つになった。
「───ッ!?」
今までのようにアジ・ダハーカを崩しに来たハクアが、その動きを徐々に先回りされ遂に捉えられた。
───が。
……嗤った?
捉えた。
捉えられた。
二つの相反する考え。
しかし、笑みを見せたのは圧倒的に追い込まれたはずのハクアだった。
アジ・ダハーカの誤算。
それは相手が龍族のような堂々とした戦いを生業にするものではなかった事。
それの頭が今まで戦った誰よりも優れていた事。
それの考えは誰もよりも異質で誰よりも読めない事。
それが通常の強い敵ではなく、弱くそれ故に危険な者だった事。
そしてそれがハクアだった事。
見破られたその瞬間、ハクアの動きは不自然にピタリと止まる。
そしてそれが訪れた。
「グッアッ!?」
脳を強制的に圧迫するような痛み。
アジ・ダハーカのスキルは強制的に発動され、無数の可能性を浮かび上がらせる。
だが、その数が異常だった。
一人の敵が一人の相手に持ちうる手段など、どれほど多くても数十種がいい所だ。
現にミコトの虚像は多くても三十手ほどしか浮かび上がらなかった。
そしてそれは今までのハクアも同じ。
ミコトよりも多い五十手。
それでも瞬間的に取りうる行動と、攻撃の種類としては多い。
今までの生と戦いの中でも一人が用いた最大数は百手がいい所だ。
だがこれはどうだ。
アジ・ダハーカの眼前に広がる数百手のハクアの虚像。
いや、それはまだ増える。
増える。増える。増える。
地を這うような攻撃に、刈り取るような動き。
拳、蹴り、投げ、払い、関節技、魔法、武技、剣、刀、短刀、二刀、斧、棒、槍、薙刀。
視線、重心、筋肉の動き、頭の先からつま先まで、至る所に隠されたフェイントの数々。
その他数多の可能性が一気に押し寄せる。
アジ・ダハーカはその全てのハクアの虚像が嗤った気がした。
そしてその目がアジ・ダハーカを見てこう訴えるのだ。
───さあ、私の手札とお前の可能性の読み、どっちが先に潰れるか勝負しようぜ、と。
「クッオオオオオ!」
アジ・ダハーカは知らない。
地を這うように上半身を地に付け蹴り上げる動作がカポエラと呼ばれる事を。
攻撃の出鼻を手で払い、足で反撃してくるサバットという格闘技を。
空手、柔道、ムエタイ、ボクシング、テコンドー、レスリング、柔術、合気、シラット次々に出てくる格闘技、武術を。
戦闘中とは思えない愚かな動き、しかしそれでいて洗練された奇妙な違和感。
アジ・ダハーカは知らない。
地球という、モンスターなんて外敵が居ない中、人間が人間を殺し、制圧し、倒す為だけに進化していった技がある事を。
ハクアがその格闘技、武術と呼ばれる人を壊す術を高い水準でマスターしている事を。
ここに至ってハクアは自身の手札のほぼ全てを一気に解放した。
やる事は単純だ。
ただそれの始まりを見せれば良い。
何処までが読まれる、何処までが捉えられるのかはここまでの戦闘で把握した。
そしてハクアは一気にそれを複合した動きとして組み込み見せた。
アジ・ダハーカのスキルはそれを検知し、数多の可能性を一気に頭に叩き込んだ。
こうなってしまえば、可能性が見えようがどうしようが関係ない。
見える。
見え過ぎる。
その全てが一瞬にしてアジ・ダハーカに牙を剥く。
今まで感じた事のない頭痛が、吐き気が一気に押し寄せ、思わずよろめき後ずさる。
これは……糸!?
いつの間にか張り巡らされていた糸がアジ・ダハーカを逃がさない。
「「オオオオオ!」」
二人の強烈な一撃が腹部に突き刺さる。
「ガハッ!?」
ここに来て初めてアジ・ダハーカが血を吐き出した。
復帰したアジ・ダハーカが明滅する視界の中で攻撃を放つ。
だが、ハクアとミコトは示し合わせたように、アジ・ダハーカの懐に潜り込み攻撃を躱すと同時に飛び上がった。
「カオステイル!」
「フォトンテイル!」
光と闇。
二つの攻撃がアジ・ダハーカの顔面に吸い込まれ、吹き飛ばした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます