第579話それ逆に不安しかない

「「ハアァァァ!!」」


 赤黒い雷光と白銀の光が世界を満たす。


龍鱗鎧ドラゴメイル


 白銀の翼に尻尾、二の腕と腿まで覆う白銀の龍鱗をまとう龍の手足。


 局所を護る龍鱗が鎧のように張り付き、その上から白く薄い衣を身にまとっている。


 龍の素肌はそれだけで鎧と同等、それ以上の防御力を誇る。それ故に龍族の戦闘服は動きやすさ重視の軽装になる傾向があるのだ。


 また、人の姿で全身を鱗で覆うと細かな動作が出来なくなり、急所を護る形で鱗を鎧のように活用するのが一般的になる。


 その姿はソーシャルゲームの最高レアで排出されそうだ。とハクアが評価した格好だったが、龍王クラスまで力が高まった影響で、龍鱗の鎧は遥かに強度を増している。


 そして───


龍人鬼ドラゴニアデモン


 ミコトと対をなすような黒い翼と尻尾、龍鱗をまとう手足。


 頭には鬼の証である角が生え赤黒い赤雷を放ち全身でまとう。その肌には鬼神の身体にあった、黒い刺青のような紋様が浮かび上がっている。


 倶利伽羅天童くりからてんどうと対をなす、接近戦に特化したこの姿は、黒い軽装の和装に白いミニスカート、赤い羽織りを羽織った動き易さを重視した衣装。


 そしてその周りには甲冑の大袖がハクアを護るように浮いている。


 本人は激しく否定するだろうが、その立ち姿は何処かの人斬りを思わせるデザインだった。


 そして二人は互いに視線を合わせると次の行動に移る。


「召喚技・太陽の恩恵、月の恩寵」


 召喚技はハクアが契約した召喚獣のスキルを借りる力。


 選んだのはスコル・ハティのもの、太陽の恩恵と月の恩寵はそれぞれ物理、魔法バフが掛かる。


 先ほど使った覚醒は次に使うスキルの威力を一度だけ増大させるスキル。


 対して今回のスキルは増幅量こそ及ばないものの、持続時間が長く、一度で効果が切れることもない戦闘力そのものを上げるスキルだ。


「極光・フォトンベール」


 そしてミコトの使うフォトンベールは、全ての能力を引き上げ、回復力も高める効果のスキル。


 二人は互いにスキルを掛け合い戦闘力を上げ戦いに備える。


「いい気迫だ」


 それを見たアジ・ダハーカは嗤う。


 今まさに自分を打ち倒そうとするその姿に歓喜する。


 それも当然だ。


 かつて自分がこの地に封印される前。


 生前でさえ、真正面からまともに戦おうとする者など皆無だった。


 力、スキル、肉体、体術、魔法。


 その全てが揃った怪物に挑もうとする者は居ない。


 その全てが揃った怪物を前にした者の反応など生を諦め、死を受け入れる者ばかりだった。


 だが目の前の二人はどうだ。


 理不尽とも言えるこのスキルを解明し、圧倒的な差を理解しながら、その瞳の闘志は全く衰えていない。


 それどころか今も虎視眈々と隙を窺い、猛獣のように喉元に喰らいつこうとしているミコト。そして明らかに戦闘力は低いにも拘わらず、一瞬でも気を抜けば首に刃を突き付られそうなハクア。



 面白い。



 アジ・ダハーカの胸中に今まで感じた事のない感情が溢れ出す。


 自身を脅かしかねない強者、自身の理解出来ない不気味な力を持ったナニカ。


 その二人が互いに協力して自身の命を狙う。


 それが愉しい。


 それが嬉しい。


 それが心地よい。

 

 これこそまさに闘争の真の姿とアジ・ダハーカは歓喜する。


「……ハクア。あの人逆になんか悦んでない?」


「気にすんな。どうせ戦う事が大好きな戦闘狂系の奴なだけだ」


「それ逆に不安しかない」


「諦めろっと」


 ハクアはミコトと会話しながら地面に手を着けると、土魔法を使い周りに石柱を何本も作り出す。


「奇襲は通用しないから正攻法で来るのではなかったか?」


「ハッ! 舐めんなよ。確かにアンタに奇襲はあまり意味がない。けれど、それが全く無意味という訳でもないだろ」


「どういう事? ハクアの話しだと全部バレちゃうんじゃないの?」


「手札が全部明かされればな」


 ハクアの言う通り、アジ・ダハーカの可能性の未来視は万能ではない。


 ハクアの予測と違い、アジ・ダハーカが可能性の未来を視ればそこに間違いはない。


 だがそれはあくまでも可能性の元となるものがあればの話だ。


「……えっと?」


「私は予測が間違えば当然違う事が起きる。けれど奴は可能性を理解していれば、視えるものの中に正解が必ず存在する。でもその反対に、可能性すら理解してないものは私達と同じように視えないって事」


「つまり奇襲も通用する?」


「そう。それはさっき私が攻撃出来た事で証明されてる。最初から全てが視えてれば、あいつの反応速度なら攻撃前に潰せるしな」


 あのタイミングでしか止められなかったというのが証拠だとハクアは言う。


「まあ、言うて情報揃ったら、確実に視えるようになるんだけどな」


「要は、情報が出揃うまでに倒す。超短期決戦って事だよね」


「そう。出し惜しみなし、最初から最後まで全部フルスロットルで行くって事」


「あはは。結局最初に戻るんだね」


「でも、少しでも体力残そうとはおもわなくなったろ」


「確かに───ね!」


 ハクアとの会話の最中、全員の虚をつきミコトが動く。


 だが、目の前で起こる事象などアジ・ダハーカの可能性の範疇。例えそれが視えなかったとしても、この程度の動きに反応速度出来ないアジ・ダハーカではない。


 だが───。


「ヌッ!?」


 ミコトの腕を掴もうと動き出した直後、そのミコトを跳ね上げるように足元から石柱が生まれる。


 自身を脅かすものでも、可能性として備えたものでもない行動に一瞬反応が遅れた。


 左右の頭で辺りを見回すが、それを成した人間の姿は既にない。


 ミコトが動き出した直後に姿を消したハクアは、ミコトにカウンターが叩き込まれる前に、ミコトですら思いもよらない方法で救助する。


 それと同時に移動しながら仕掛けた術式を解放し、四方八方からアジ・ダハーカを火球が襲う。


 苦痛も死も発動しない事から、大した問題ではないと割り切ったアジ・ダハーカは、火球を適当に捌きながら上から来るミコトに備える。


 アジ・ダハーカに見える未来の可能性の中に複数のミコトが視える。


 ブレスを吐く姿。


 上空からの落下速度を利用して攻撃を仕掛けようとする姿。


 あらゆる方法、あらゆる角度から攻撃を仕掛けるミコトの姿。


 しかし、アジ・ダハーカが更に集中すると、幾つもの姿視えたミコトの姿が粉々に消え去り、その中でも確率の高い数体の近接戦闘を仕掛けるミコトが残る。


 その中にはハクアの姿も、奇襲も存在しない。


 どうやらまだ攻撃の準備が調っていないのだろう。そう結論付けたアジ・ダハーカがミコトの攻撃を警戒すると同時、それは起こった。


 可能性の中の全てのミコトが砕け散り、強制的に現実に引き戻されたのだ。


 こんな事は今までにない。


 何が起こったのか分からないまま、アジ・ダハーカが周囲を警戒するとそれが来た。


 先ほどとは違う姿。


 ハクアを護るように浮かんでいた鎧はなくなり、代わりに両腕に二の腕までを覆う巨大な腕と鉤爪が付いた、武装をまとっているハクアが正面から突撃してきた。


 ハクアは奇襲と搦手を主軸に、ミコトのサポートに回る。そう判断していたアジ・ダハーカの虚を衝く正面からの突撃。


 可能性すらしていなかった予想だにしない行動、今まで起こった事がなかった現象、そして急激に訪れた苦痛のビジョン。


 幾つものイレギュラーを内包した、小さき獣の咆哮にアジ・ダハーカをして一瞬の隙が出来る。


 そしてハクア達も又、その隙を逃す程甘くはない。


 一瞬で肉薄するハクアが巨腕の武装を振るう。


 しかしもうその時、アジ・ダハーカは防御の姿勢でハクアの攻撃を受ける。


「なかなかの力だ」


 先ほどの蹴りとはまるで違うその威力に口の端を上げながら、評するアジ・ダハーカ。


 だが───


「オオオォォ!」


 ハクアの咆哮が響き渡り更に力を込めると、アジ・ダハーカが徐々に押され始め、その体が浮いた。


「ヌッ!」


「ガアァァ!」


「ハアァァ!」


 地を砕くほどの力を込めたハクアの一撃がアジ・ダハーカの身体を吹き飛ばし、合わせるようにミコトの落下速度を利用した一撃が背中に突き刺さり、地面に激突させた。

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