第570話きゅ〜

 対峙する二人。


 見ている者もピリピリと肌を刺激する緊張感が漂う。


「神の力使っても平気なん?」


 そんな、強者である竜達ですら息を呑む緊張感の中、ハクアは至って平静に話し掛ける。


「うん。その為にテアさんに結界を貼り直して貰ったからね」


「なるほろ」


 神の力を地上で行使するには制約がある。


 だからこそ神は滅多な事ではその力を解放する事はない。


 しかしテアの張った小規模な結界の中なら、その力を行使する事も可能なのだと言う。


「……その刀」


「気が付いた?」


 全く同じに見えた刀。


 しかしその実、よくよく見ればそれぞれの色が微妙に異なる。


 左の刀は深紅、右の刀は禍々しさを感じる光を含まない血色をしている。


 その違いに気が付いたソウにニヤリと笑うハクア。


「これはそれぞれ生存本能と闘争本能の力だよ」


 深紅は生存本能、血色は闘争本能。


 それぞれを制圧するのではなく、それぞれを最大限活かすため、左右それぞれに力を行使する。


 それがハクアが出した答えだった。


「まあ、わかってると思うけどこの刀には【破壊】【脆弱】【貫通】の力が備わってる。んで、左の方は【脆弱】と【貫通】が強く、右の方は【破壊】の特性が強いんだ」


 ハクアが言うように深紅の刀は静かな凪のようにハクアの意思に応える。


 そしてその逆、血色の刀は今もなおハクアを喰らい尽くさんと、怪しく禍々しい電光を迸らせている。


「闘争本能を抑える訳でも、屈服させる訳でもなく、生存本能だけに力を注ぐ訳でもない。両方の力を最大限使う為の二刀ってことだね」


「うん」


「ふふっ、ハクちゃんはやっぱり強欲だね」


「でも……私らしいだろ?」


 扱い易くするならいくらでも方法はある。


 それでもハクアが選んだのは最大限その力を引き出す方法だ。


 より強く、より強大な相手に立ち向かうための選択は、やはりハクアらしい選択だとソウは笑う。


「もちろんそれだけじゃないよね?」


「そりゃね」


「まあ、ここから先は戦いの中で見せてもらうよ。それが一番私達らしいしね」


 チリッと空気が更に緊張感を増す。


 ゴクリとツバを呑む音さえ聴こえる静寂の中、互いに構えたまま動かない二人。


 しかし次の瞬間、互いに示し合わせたかの如く動き出した二人は、中間地点で激しく刀を交差させた。


 ハクアは二刀を同時に打ち合わせるように見せ掛け、その実、一拍間をズラしソウの刀と交差する部分をもう一刀で狙う。


 武器破壊術【かさね】

 相手の武器に交差させた一点に力を加える事で、相手の武器にダメージを与える破壊術。


「フッ!」


 その動きを素早く察知したソウは短く呼気を吐き、ハクアが【重ね】を繰り出す瞬間、刹那のタイミングで力を抜き、ハクアの攻撃をなす。


 体が流され体勢が崩れたハクアを、下からの切り上げが襲う。


 しかしハクアもまた体を回転させ、攻撃を躱すと共に回転エネルギーを利用した斬撃を放つ。


 ソウはバックステップで大きく一歩下がると、またお互いに示し合わせた様に前に出て激しく切り結ぶ。


「……凄い」


 目の前で繰り広げられる攻防に何度目か分からない感嘆の声が出る。


 二刀を巧みに操り相手を翻弄するハクア。


 右の一刀は力強く相手を叩き伏せんと振るわれ、左の一刀はその間隙を縫うように振るわれ全く隙がない。


 縦横無尽に振るわれる素早い二刀は、まるで別々の意思が働いているかの如く振るわれ、あらゆる角度、タイミングから攻撃している。


 対してソウは一刀にも拘わらず、縦横無尽に振るわれるハクアの攻撃を全て防ぎながら、一瞬の隙間を縫うようにハクアを付け狙う。


 速さと意外性、技術と正確さ。


 二つの最高峰の武が互いに振るわれる。


 視線、体重移動、筋肉の動き、一つ前の行動。


 互いのその全てが虚実となり相手を翻弄する。


 しかしどちらも数ある虚実の中から真実を見つけ出し、綱渡りのような攻防が、結界の中を目まぐるしく異動しながら展開される。


 一体自分達はこの中のどれほどの虚実を見抜けているのか?


 一つの行動に幾つもの意味を持たせ、その全てが伏線となり数多の選択肢を相手に叩き付ける。


 一瞬の攻防に紡がれる意味に、二人はどれほどの選択肢から正解を見つけているのか。


「これが人間の技術なんっすか?」


「凄いの。本当に凄いの」


「ああ、最初の打ち合いすら、互いにほんの少し……刹那のタイミングがズレただけで意味をなさなくなる」


「ん。そんなものを今も普通に繰り広げてる……」


「ああ、悔しいがこれどれほどの技術なのか、その全てをわからないほど凄いのじゃ」


「動くわよ」


 ハクア達の技術に感嘆の声を上げていたミコト達に水龍王の声が鋭く響く。


 そしてその声の通り事態は動いた。


「クッ!」


 二刀を振るう一瞬の隙を突き、ソウの刀の柄頭がハクアの腹に突き刺さり、ハクアは堪らず距離を取る。


 しかしソウはその行動を許さない。


「【飛燕】」


 納刀と共に口ずさみ、凄まじい速度で振るわれる四度の抜刀は形となり、ハクアに飛ぶ斬撃となって襲いかかる。


 しかしハクアの行動も早い。


 ソウが行動に移した瞬間から、何かを察知したハクアは二刀重ねるように体の前に重ね手を離す。


「───ッ!? 【月鏡げっきょう】」


 ハクアの言葉に呼応するように、宙に浮いた二刀が円を描き一枚の鏡のようになった刀が重なり合い、ソウの放った斬撃を受け止める。


「ハアアァ!」


 斬撃を受け止めた月鏡は、ハクアの声に呼応して紅い光を放つと、受け止めた斬撃を紅く染め上げ跳ね返した。


 速度、威力共に強化されて返ってきた斬撃を避けると同時に、ソウは刀状にしていた光を拳に纏わせあらぬ方向に振るう。


「チッ!?」


 しかし、誰も居ないと思われた拳の先に、苦苦しく舌打ちをしながら、斬撃を隠れ蓑に視線を奪い、死角に移動していたハクアが現れる。


「ハアアアァ!」


「だっらあぁ!」


 互いに白と紅の光を纏わせた拳が相手を打ちのめさんと振るわれる。


 神の力、鬼の力。


 どちらも当たればタダでは済まない攻撃を、受け止め、逸らし、互いの間を制するように体を入れ替えながら激しい乱打が繰り広げられる。


 どちらも一瞬の隙を狙うように拳を打ち合わせ虎視眈々と反撃機会を狙う。


 しかし、先に崩れたのは力に慣れていないハクアだった。


 足を滑らせ体勢が崩れた一瞬を狙いソウの掌打がハクアを襲い、ハクアも一拍遅れて拳打で向かい打つ。


「うわっ!?」


 一瞬の遅れ。


 それはハクアが打ち負け吹き飛ばされる形で結果となる。


 そしてその一瞬を逃す相手ではない。


 ソウは力を刀の形に戻すと、腰溜めに弓を引き絞るように刀を引き構える。


 ハクアもまた、吹き飛ばさながら二刀に戻すと紅い残光を残しながら二刀を構えた。


 そして───


 互いの技が中央で交差する。


 ハクアが放つは双鬼刃。

 二刀を交差して斬撃を放ち一点に力を集中する、重ねの斬撃版。


 そしてソウが放つは沖田総司の代名詞とも言える三段突き。


 白と紅の残光を残しながら、激しい光と共にぶつかり合う必殺の技。


「「オオオオォォ!!」」


 互いを制圧せんと力を込める二人。


「そろそろですね」


 その激しいぶつかり合いを眺めるミコト達の耳に冷静なテアの声が響く。


 何が?


 そう問い掛ける前に、テアの言葉は結果となって現れた。


「「ごふぅ!」」


「「「えっ?」」」


 そう───両者同時に吐血して倒れるという結果となって。


「「きゅ〜」」


 同時に吐血して目を回す二人。


「えっ、えっ、何が起こったのじゃ」


「簡単です。二人共限界を迎えただけですよ」


 テアの言う通り二人は限界を迎えたのだ。


 ハクアはまだ力を完全に掌握したばかりで、フルスロットルで使うことで身体が付いて行かなかった。


 そしてソウは神になろうと、沖田総司としてのシンボルの一つとして病気は残ったまま。


 完全に力を解放するすればなんとかなるが、二段階という中途半端な力の解放では、病気も完全には消えないのだ。


 その状態で激しく動いた為、ハクア同様身体が限界を迎えたという訳だ。


「なので今回はここまでです」


「「「えぇ〜……」」」


 なんとも呆気ない幕切れに、見ている方が消化不良になるのだった。


「「きゅ〜」」

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