第569話それならいっちょ行きますか

「さて、こうやって戻ってきたという事は、無事に鬼を屈服させられたんだね」


 互いに距離を取り仕切り直しながら、ソウはハクアに確認を取る。


 しかし張本人のハクアはその言葉にバツが悪そうな顔をするしかない。


「いや、えーと……屈服とかじゃなく、ポップコーン食ってバーベキューして来た?」


 首を傾げながらそんなコトをのたまうハクア。それを聞いたソウは大爆笑して実に楽しそうだ。


「あー、面白い。やっぱハクちゃんはそうじゃないとね。私達の予想の範囲に収まるようじゃハクちゃんじゃないもんね」


「もんね。じゃねえわ!? そんな人を常におかしな事しでかす人間みたいに言うの止めてくれます!?」


「「「えっ?」」」


「だぁっとれ外野!」


 くそう。全員から何言ってんのコイツみたいな反応された。


「しっかし、ポップコーン食べてバーベキューなんて、鬼とは仲良くなったの?」


「どうだろ? 入ったら速攻戦う気ないって言われて、外……てか、鬼の闘争本能とソウが戦ってる光景二人で見学してた」


「普通に対話出来たんだ?」


「うむ。私の中が色んな力が入り交じって崩壊寸前だったから、鬼の本能が闘争本能と生存本能本能に分かれたらしい」


「ああ、なるほど。凄いね。鬼の闘争本能まで凌駕して、生存本能が生まれるほど危ない状態って」


「ホントにね! やっぱあんまりない事なん?」


「ないよ。っていうか初めて聞いたくらい」


 テアにも視線を移すと物凄く深ーく頷いている。とても満足そうだ。


「まあでも、だいぶ改善したみたいね」


「まあね」


 一転、鋭い視線でハクアを眺めながら評価する。


 その目には今までハクアの中に渦巻き、ハクア自身にも牙をむこうとしていた破壊の力が、制御されている光景が映る。


「さてと、それじゃあ確認も終わったし、そろそろ始めようか」


「やめるって選択肢は?」


「なーし。ハクちゃんだってやられっぱなしじゃ悔しいでしょ?」


「別にそんな事はないが?」


「あはは、嘘ばっか。顔は全然そんなことなさそうだよ」


「んー。何言ってんのかわらない……な!」


「と」


 会話の途中、ハクアが目の前から掻き消えると同時にソウの後ろから、金属同士がぶつかり合う甲高い音が響く。


「奇襲にしてはお粗末だね?」


「そりゃ準備運動だからね!」


 奇襲をも簡単に防いだソウの言葉に軽口で答えながら、押し返される力に逆らわず刀を手放し、そのまま懐に飛び込み拳打を放つ。


「チッ」


 しかしその一撃も、一歩下がり間合いを調整しそのまま刀の柄で安全に打ち落とすと、体勢の崩れたハクアに膝蹴りを食らわせる。


「クッ、どわっ!?」


 膝蹴りを受けたハクアは後ろに飛び衝撃を逃がす。だが、それを追撃するようにソウは刀を投げ、ハクアもなんとか驚きながらキャッチした。


「あの、刀は武士の魂的なもんじゃないんですか?」


「やだなぁハクちゃん。私もハクちゃんもそんなタイプじゃないでしょ? そもそも私は武士でもサムライでもないただの人斬り。その術に拘りなんてないよ」


「そりゃそうか」


 受け止めた刀を返しながらした質問に答えながら、刀を受け取り正眼に構えるその姿に、口には出さないがやっぱりかっこいいなぁと思いながら、次の一手を思案する。


「ハクちゃん。身体の調整は一段落付いたでしょ? そろそろ本気出して欲しいな」


「まっ、しゃあないか。でも今はまだフルスロットルでしか扱えないよ」


「それで良いんだよ。一回は限界値を確かめないと危ないし、だったらこういう場の方が良いでしょ?」


「ふむ。確かに……それならいっちょ行きますか」


 構えを解いたハクアが、目を瞑り精神を集中する。


 自身の中にある力を引き出し、徐々に体へと満たしていく。


 それは今までとは全く違う光景だ。


 今までハクアが鬼の力を引き出す時は、ハクア自身をも傷付ける荒れ狂う力が、暴風となって吹き荒れ漏れ出していた。


 しかし今、全員の目の前で力を解放したハクアは、静かな水面を思わせるほど力を完全にコントロールしている。


 だが、それは見る者により強い恐怖と畏怖を感じさせる。


 今までよりも確かにそれは静かな光景だ。しかしこれまでよりもハクアから感じる力の圧力は確実に上がり、見る者全てにいつ爆発するか分からない火山の噴火を思わせた。


 だがこれも当然の事だ。


 ハクアは今まで自分の中にある鬼の力を、ギリギリまで引き出して強敵と渡り合って来た。


 しかしそれはあくまでも自分で扱える力の範囲で……だ。


 度重なる進化、強敵との戦い、不意のパワーアップを重ねてきたハクアは、自分の体が傷つかない限界値と、オーバーヒート前提の限界値の二つを設けていた。


 しかしこのオーバーヒート前提の力も、ハクアが持つ本来の鬼の力の半分も扱えていなかったのだ。


 だが、今回の修行で闘争本能と生存本能の力が逆転したことで、ハクアはその力をフルに扱えるようになった。


 鬼の力で体を傷付けないように抑え込んでいた力を、使わなくなった分、ハクアの負担は格段に軽くなり、その分強化に回すことが可能になったのだ。


 そして───


「ガアァァア!!」


 一転、ハクアが吼える。


 すると今まで水面を思わせるた力が、今までのように───いや、今まで以上の暴風となって吹き荒れる。


 紅い雷光と暴風が吹き荒れ、一匹の鬼が中心で力を外へ向けて解放する。


「ハアァァア!」


 徐々に収まる雷光と暴風がハクアの両手に収束していき、その手に紅い二振りの刀が握られる。


「ははっ、そう来たんだ」


 その光景を見た剣士が笑う。


 今のハクアの体では、鬼の力を全て使えてもすぐに強化の限界値に達してしまう。


 だからこそハクアは力を外部に出力し、鬼の特性である【破壊】の力を刀の形に収縮させた。


 そしてもちろんそれだけではない。


 ハクアの持つ紅い二刀には【破壊】の特性だけではなく、【脆弱】と【貫通】の特性も付与されている。


【貫通】は防御を無視するスキル。


【脆弱】は強制的に当たった部位を弱点にするスキル。


 つまりこの刀は触れた場所を弱点にすると同時に、防御を無視して、更に攻撃力以上の破壊をもたらすとソウは推測した。


「いや、違うかな」


 ソウの思う通り、この刀はそれだけではない。


 今は刀の形をしているが、実際は鬼の力を刀の形に収束させたもの。


 ハクアがその気になれば、刀の形に拘る必要もなければ、なんなら拳に纏わせ攻撃も出来るのだ。


「ふふっ、あぁ……流石だね」


 凶悪な力。


 これを防ぐのは至ってシンプルな方法。


 だからソウはその方法を実行する為に行動に出る。


「テアさん。封印解除します」


「いいでしょう。どこまでですか?」


「一層……うんん。二層で」


「わかりました。【神域結界】」


 頷いたテアは新たに結界を上書きする。


 それを確認したソウはハクアにニヤリと笑い、自身の神としての力を解放する。


「第一封印解除」


 ハクア同様吹き荒れる神の力。


「第二封印解除」


 渦巻き、吹き荒れる力が正眼に構える刀に収束していく。


鬼の特性を抑える唯一の方法。

すなわち相対する鬼以上の力で持って上回る、シンプルかつ単純明快な鬼との戦いに相応しい力と力の勝負。


 それを実行したソウの持つ刀は、ハクアの持つ紅い二刀と対を成すような白く輝く刀。


 ソウはハクアの力の収束を真似、敢えて同じ土俵に立ったのだ。


 それがわかったからだろう。


 血の繋がりはないが姉妹のように仲の良い二人は同じような顔で笑いあった。

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