第560話首輪とリード付けられた尊厳とは?

「という訳でやって来ました洞窟!」


「なんでそんなにテンション高いんっすか?」


 一人でふぉおお! 興奮しているとシーナからそんな無情なツッコミを頂いた。


「えっ、だって洞窟ってテンション上がんね?」


「全然なの」


「こんなものただの巣穴だろう」


「あ〜」


 そうかぁ。ドラゴンサイズにとってはこれくらいの大きさは、手狭な巣穴感覚なのかぁ。そういえばおばあちゃんもトリス達も奥行のない洞窟とか言ってたな。


 私からすればかなり広いんだが、こんなところで種族ギャップが出るとは。


「それもありますが、普通の人は洞窟にそこまでテンション上がりませんよ」


「心を読んだ否定はよしてちょうだい!」


 全く、油断も隙もあったもんじゃない。


「まあ、テンション上がらんならそれでもいいや。私は上がるし。てな訳で出ぱ───」


「ターイム!」


「えっ、何?」


「ハクちゃんの好きにさせてあげるけどその前に、はい。これ付けてねー」


 ソウはそれだけ言うと、私の体にロープを巻き付け始める。

 

「よし。オッケー」


「よし。オッケー。じゃないが!? 幼稚園児がやられてそうな迷子紐とかやめて貰えますか!?」


「ああ、せっかく巻いたのに」


 結び目を解き、地面に叩きつけながら断固抗議する。


 人をなんだと思ってやがる。


「そもそも目の前に居るんだからこんなん必要ないべさ」


「白亜さん、ここは異世界です。少し目を離したら何が起きるか分かりません」


「そんな急展開そうそうないよ!」


「いえ、お嬢様達を含め、一週間ほど留守にしたら異世界転生に異世界転移、異世界召喚の全パターン網羅してますが?」

 

「ハクちゃんこっち見ようか?」


 だってほか二つは私じゃないし。


「分かったら大人しく付けてください」


「い、いや。まだだまだ認めん」


「はぁ。分かりました。迷子紐は止めましょう」


 おぉ、駄々を捏ねた成果もたまにはあるもんだ。


 そう思っていた私が甘かった。


 次の瞬間、テアが目の前からフッと消え去り、直後、首に何かが触れた感触。


「では、コレで」


 テアがそう言った時にはすでに、私の首には立派な首輪とリードが付けられていた。


「扱いが人間からペットに格下げされた!?」


「まだ何か文句があるんですか?」


 抗議をする私にテアの言葉が降り掛かる。


 まて、まてよ。これ以下がなんになるのか想像出来ないから普通に怖い。

 今ここで止めておけばなんとか尊厳は守られるはず、対してここでもごね続ければこれ以下がある可能性がある。ならばここはステイが正解!


 ……いや、首輪とリード付けられた尊厳とは?


「……ありません」


 よし。考えてもなんにもならない事は気にしない事にしよう。


「さて、気を取り直して出発」


「あっ、なかった事にしたっす」


「あんな状態でよく切り替え出来るの」


 うるさいよ!?

 ▼▼▼▼▼▼▼▼

 洞窟に入る前にひと騒動あったが、ハクアは不承不承ながら提案を飲み込み探索を開始した。


「で、あれは何をやってるんだ?」


「わっかんねぇっす」


「ただフラフラしてるだけなの」


 全員が見つめる中、ハクアは入口から数メートルも離れていない地点を、何故かずっとあっちへ来たりこっちへ来たり。


 右にフラフラと歩いて行くと、今度は左にフラフラ歩く。

 かと思えば頭を振ってぼうっと何処かを見詰めては、首を傾げて、匂いを嗅ぐようにまた右へ左へフラフラふらふらと歩き出し手のひらで地面をぺちぺち叩く。

 更には空中に向かって何かを引っ掻くような動作をする。


 その姿正ににゃんこパンチをする猫の如し。


 先程からハクアはこの行動を二十分は繰り返している。


「もうただ単に時間潰してるだけなんじゃないっすか?」


「有り得るな」


「信用がありませんねあの子は……いえ、ある意味別のベクトルの信用といえなくもないですね」


「あはは、流石ハクちゃん」


「でも本当に何をやっておるのじゃ? わしには何かあるようには見えんのじゃが」


「確かにそうなの。女神様達なら分からない?」


「無理無理。無茶言わないで」


「そうですね。ああなった時の白亜さんは私達の予想ですら、平気で覆して斜め上の結果か、斜め下の結果を弾き出しますからね」


「しかもそこすら予測に組み込むと、今度はさらに明後日の方向に行ったりもするから、本当……ハクちゃんの奇行に関しては、変に予測を立てずに目の前の事に対処した方が経験上良いんだよ」


 若干疲れを滲ませるが、その顔にはそれ以上に未知に対する興味の方が勝っていた。


 ここにいる保護者はハクアの行動に胃を痛める、苦労性の常識人では居ないのだ。


「相変わらず、神にこう言われるハクアの凄さじゃな」


 一言でまとめたミコトの言葉に全員が頷く。


 しかしハクアはそんな会話がなされている事にも気が付かず、未だにあっちにウロウロこっちにフラフラしている。


「白亜さん自身何があるかはわかっていなのでしょう。今はただ自身の勘に従って、ひたすらその引っ掛かりを探している最中と言うところですか」


「うーん。確かにそんな感じですね。まあ、私達の心構えをする為にも、ここは専門家の意見でも聞いてみます?」


「そうですね」


「「「専門家?」」」


 口を揃えて疑問符を浮かべるがそれもしょうがない。


 ドラゴンという神に近しい力を持つ存在として、神の未来予知に近い、未来予測の力は周知の事実だ。

 その神を持ってしても分からないと称するハクアの行動、それを予測出来る専門家など本当に居るのだろうか? という純粋な疑問から来る疑問だ。


「という訳で繋げました。もしもし?」


『随分といきなりの連絡だな?』

 

『あっ、テアさん。聡子さん久しぶりです』


 テアがスキルを使って連絡を取った相手、澪と瑠璃は久しぶりの連絡に驚きながら挨拶を交わす。


『それでなんの用だ? 遂にあの馬鹿が人間フォルム止めたか?』


『えっ、もうそんな所まで!?』


「いやいや、まだそんな事にはなってないよ」


「ええ、残念ながらまだそんな面白い事態は起きてません」


 それ面白いのか? そんな風に思いながら全員が見つめる中、四人の会話が続く。


「実はね。ハクちゃんがまたあの状態になっちゃったから、対策の一環として連絡をね」


『またか……』


『またですか……』


「またですね」


 漏れ聞こえる疲れた声に、やっぱり皆疲れんるだなぁ。と思いながら会話に耳を傾ける。


 その間にもテアとソウの二人がここまでの経緯を説明している。


『なるほど……面白そうレベルなら危険は多分ないな』


『ですね。それなら多分お宝を発見とか、変なものを見付ける系だと思いますよ』


「やはりそっちのパターンですか」


『恐らくな』


『それよりもテアさん達はいつ帰ってくるんですか? そろそろハーちゃん成分が足らなくなって来たんですけど』


 一見穏やかな笑顔の問い掛けだが、瑠璃の顔からはドラゴン達ですら気圧される迫力が混じっている。


「すみませんお嬢様。まだ掛かりそうです」


『そうですかぁ。うう……辛いです』


『こっちでも修行が始まったが、そっちはどうだ』


「ええ順調に面白い感じに育ってます」


『……神の趣味詰め込んだ神造個体とかもう洒落にならんからな』


「ふふ、うかうかしていると置いてかれますので、皆さんも頑張って下さい」


『ああ、そうする』


『ハーちゃんに置いてかれないように頑張ります』


「ではまた。……と、いうことで危険はなさそうです」


 通話を終えたテアがミコト達に告げる。


「ふむ。ではハクアが何か見付ける。もしくは飽きるまでやはり待機なんじゃな?」


「ええ、そうなりますね。あの子達の白亜さんに関する見識は私達以上ですから、どちらにせよ白亜さんが満足するまでは待機に───」


「あっ!?」


 時間にすれば数分。


 たったそれだけハクアから目を逸らした面々は、ハクアの漏らした声の意味を知った瞬間、少し前まで大袈裟だと思っていたテアとソウの心配の意味を理解した。


 何故なら声のしたハクアの方に視線を向けた面々が見たのは、何故か空間に大きな亀裂が入り、その前で気まずそうに自分達の方を見るハクアの姿だったからだ。

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