第555話明日の事は明日の私に丸投げ

 おばあちゃんの猛攻をなんとか躱しつつわかった事がある。


 それはどうやらおばあちゃんが、かなりのスピードでやっているらしいという事だ。


 当初、魔力で思考をぶん回しているから気が付かなかったが、なんとか対応出来ているスピードが実はえげつなく速い。


 それは私が思っているよりも遥かに速く、加速した思考の中で普通に動くのはおばあちゃんだけ、私自身は水中を移動するように緩慢な動きしか出来ない。


 それに私自身限界が近そうだ。


 思考加速しているせいと言うのもあるが、それにしても体の動きが極端に悪い。


 五感は働かず、魔力も気も極端に少ない。


 五感に力を回しても、力で周囲を感知してもすぐに枯渇するだろう。


 おそらくはそれも思考の加速が原因だが、これを止めれば即座におばあちゃんの攻撃で消し飛ぶのだから、目指すは短期決戦だ。


 これだけなら詰んでるが、曲がりなりにもおばあちゃんと組手を交わしてきた経験、ここまでの修行の成果でなんとか食らいつく事が出来ているのが現状。


 その中でたった一度、そのチャンスにかけるしかない。


 それをどのタイミングでどうベットするか、それが問題だ。


 そしてその鍵を握るのが【霊圧】のスキル。


 戦闘が始まることで途切れてしまった、先程感じていた周囲の全てが分かる全能感。


 それを自己の意志の元使えるかどうかが鍵になる。


 さっきと同じ状況を作り出せれば……。


【霊圧】を会得してわかったのは魔力や気の力には、本人の意思が宿るという事。


 攻撃する。


 移動する。


 そんなあらゆる意志が力に加わっている。


 私は今、それを感知して大体で動いているに過ぎない。

 

 そもそもが今の私は上手く攻撃を避けているつもりだが、感覚がないのでそれすらも当てずっぽうなのだ。


 自分の思った通りに体が動いている。


 それが攻撃を受けていないと思う根拠でしかない。


 しかもそれだって、動きに支障がない程度のダメージを負っている可能性もある。


 そして私は攻撃に含まれる力自体を感じているのではなく、それに含まれる意思、魂から生じるモノを感じ取り避けているのだろう。


 それがさっき感じた全能感と今の状況の違い。


 ここがポイントか。


 山の効果は変わらず、私も思考に魔力を回して集中力も上げている。だからこそおばあちゃんの攻撃も避けられているのだが、集中力だけならさっき以上のはず。


 それでもあの状態に入れないのは、私自身の力と意志の方向性が食い違っているせいかもしれない。


 さっきまでの私は視ることに集中していた。


 だが、今は攻撃の感知、回避とそれがバラバラだ。


 そう考えると大きな違いは、力に意志がちゃんと加わっているかどうか、つまり力と意志は別々の方向を向いていると意味が無く、先程の状態になるにはそれが一定の水準に達していないせいだろう。


 おばあちゃんの攻撃には明確な意志。


 今なら殺気がこもっている。


 その力と魂が放つ意志が合致することで行動が起こっている。


 それは一定以上の力には意志を込める必要があるという事なのだろう。


 ▶【霊圧】の理解が急速に高まりました。


 その声と同時に先程の全能感が再び宿る。


 視えた。


 視覚で見るのではなく、魂そのものを、それが発する意志を姿形として把握する。


 極限にまで達した集中力が、頭を締め付けると同時に、今ま以上に体を重くし、より鮮明に状況を映し出す。


 おばあちゃんは今、反撃を警戒していない。


 避けるのに必死で、自分の姿まで認識されているとは思っていないのか? だとすれば、ここが最大にして最後のチャンス!


 大振りの一撃を紙一重で避け、無防備に空けられた懐に罠と知りながら思い切り飛び込む。


 一瞬、おばあちゃんの魂から落胆の気配が漏れた気がするがそれでいい。


 だが、おばあちゃんもそんな程度では止まらない。


 むしろ不甲斐ない私に引導を渡すつもりで、ご丁寧に見えてすらいない私の無警戒の死角から、今まで使わず意識の外に除外させた尻尾の一撃を見舞う。


 ここだ!


 最後の最後、ほんの少しの余力を残し飛び込んだ私は、その少しの余力を使い、体を縮めて飛び上がり尻尾による横薙ぎの攻撃を、同じ方向に回転して躱す。


 それと同時にその回転の勢いのまま、おばあちゃんの顔面に一撃を加え、その反動を使いキルゾーンから脱出する。


 殺し切れない勢いを側転とバク転で殺しながら距離を取り、油断なくおばあちゃんに向けて即応の構えを取り状況に備える。


 体が思い描いた通りに動いた。

 

 恐らく攻撃はちゃんと当たったはずだが、魔力も気も最低限の今の私の攻撃では、大したダメージにすらなっていないだろう。


「フフっ、合格よ」


 そんな私の聞こえないはずの耳におばあちゃんの声が響く。


 さっきまでの攻撃の意思は感じない。


 どうやら本当にこれで終わりのようだ。


 それにしてもいきなりこんな風に始まるとか勘弁して欲しいところです。


 修行始めたらラスボス来ましたみたいな展開はご勘弁。


「いきなりでごめんなさいね」


 相変わらず五感が封じられているはずだが、どうやっているのだろうか? 試しに声を出そうとしてみても空気の音すら聞こえない。


「声に魔力を乗せてみなさい」


 声に魔力を乗せる。


 ふむ。


 言うは易しだが、実際にとなると難しい。


 いや、普通に魔法使う奴なら出来るはずのことだけど、私最初から無詠唱派だからなぁ。


 声は声帯を震わせてその振動を出力して出す。


 つまり声帯に魔力を集めて、空気の振動で震えるそれを増幅する感じ?


「……あー、……あー、あー、聞こえる?」


「ええ、ちゃんと聞こえるわ」


 ふむふむ。改めて考えると面白いなこれ。


 五感を介してないってことは、魂もしくは脳に直接魔力の波でも感知させてるのか、だとしたら力ある言葉、言霊や魔言なんてのも改めて研究してみても面白そう。


「他のみん「あるじ〜!」グボハァッ!?」


 衝撃も痛みも感じないけど、突進されたら五感なくてもこうなるのね。


 おばあちゃんのように魔力を乗せてるわけでもなさそうなのに、なぜユエの声は聞こえるのだろう?


「ユエの場合はお守りのお陰で五感がそのままなんだよ。しかも声もちゃんと届くおまけ付き」


 なにそれめちゃくちゃ良い機能付いてんな。


 ソウが私の地の文に答えながら助け起こし、ついでに抱き上げてくれた。そうしないといけない程度には私の体は酷いとの事だ。


 さっき程の感知力はないがそれでも自分の周辺くらいは理解出来る。


 座らせてくれたのは、ご飯を食べる為に私が作った椅子の上のようだ。周りには私以外の全員が居る。


 どうやら私が一番最後だったようだ。


「ユエじゃないけど私もビックリしたっすよ。いきなり血が吹き出すから」


「マジかよ」


 えっ、今私そんな状態なん? って、マジやん!?


 シーナの言葉に改めて自分の感知を強めてみると確かに血まみれだ。


 正直、感覚ないしそんな暇もないから全く気にしてなかった。


 血涙、鼻血、吐血に耳からも血が流れ、顔のパーツのあらゆる部分から血が出ている。


 はっきり言うと自分でも引くレベルだ。


 そしてまだ修行が本格的に始まってすらいないのに、既に血まみれという……。


 ここから本格的な修行のはずなのに今から凄く怖い。


 これ、このまま行ったら今度こそ死ぬんと違うだろうか? …………よし! 明日の事は明日の私に丸投げしよっと。

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