第540話恐ろしいこって

「今回試練中に乱入してきたマナビーストの討伐。皆、よく一人も欠けることなく無事に戻った」


 龍神の労いの言葉、その後に続くのはマナビーストの足取りに就いてだ。

 侵入経路の特定、その場の痕跡から何者かの手引きがあったであろう事。しかしその目的まではわからないようだ。


 ふむ。あれほどの奴が誰にも分からず侵入なんておかしいと思ったけど、やっぱり何者かの思惑が絡んでたのか。


 ただ、やり口的にアカルフェルとかじゃなさそうなんだよな。あれは私やユエにこそ攻撃的かつ直接的な手段を取るけど、同族に対しては一定の節度を保ってる。

 そう考えると、新人を巻き込んで私を始末するってのは奴の人物像に合わない。


 むしろ今回の事で感じるのは、同族を害しても何かしらの目的を果たそうとする意思だ。

 そして得体の知れないナニカの手の上で踊らされている気分なのは、きっと勘違いではないのだろう。


 まだこの里には私の知らないナニカがありそうだ。それさえ分かれば全部の事が繋がりそうな気もするが、いかんせんそれが全く分からないのだからモヤモヤする。


「それでは私から説明するわね」


 などと考え込んで居るうちに龍神の話が終わり、いつの間にやらおばあちゃんに喋る役が交代していた。


 あんまり登場回数の多くない龍神の場面をスキップしてしまって申し訳ない。


「今回の事で私達は全員から話を聞いた結果、何故だか知らないけど二つの異なる証言が出てきたの」


 そう前置きしておばあちゃんが語り始めたのは先程アトゥイから聞いたものだ。


 一通りこの場に集まった全員に説明すると、あらあら困ったわと言ったポーズを取るおばあちゃん。


 実にわざとらしい仕草だが、私と共に並んでいるアトゥイ達はやはり気が気じゃないようだ。


「さて、それじゃあ説明も終わったことだし、どちらが私達龍王と龍神様に嘘をついているのかハッキリさせましょうか」


 圧! 圧強いよ! ほら、アトゥイとか完全に怯えてる。若者脅かすの良くないよ。


「水龍王様! 私達は嘘など申しておりません。何より純血たる私達よりも、この混ざり物達の証言を信じるお積もりですか、ましてや」


 ちらりとこちらを見る道化一号。


「あの強大な力を有するマナビーストを、こんな龍族ですらない者が倒したなどと有り得る訳がありません」


 ああ、こいつアトゥイ達が上役に取り入るために、私をよいしょして担ぎ上げてると思ってたのか。なるほど、なるほど、そうやって考えたからこの態度か。納得。

 そりゃ、そっちサイドから見れば考えが透けて見えるし、龍王達も分かってると思って強く出るかぁ。


 残念! 前提が違います。


「ハクアを傷付け、逃げ出しただけでは飽き足らずそんな事を───」


「黙れ混ざり物。お前如きが我ら純血の言葉を遮っていいと思っているのか」


「くっ」


 アトゥイ達、私側に付いた面々の苦々しい顔を見れば、普段どんな扱いを受けているのかがよく分かる。


 むしろ私としては、そんな扱いの中であそこまでの強さを身に付けたアトゥイの評価が爆上がりなのだが。


 だってこれ絶対まともな訓練受けてる訳じゃなさそうだしね。


「こう言っているが。貴様に何か言い分はあるか」


「はっ、私?」


 いかんいかん。いつの間にか私に視線が集中してるじゃないか。なんか面倒くさくなって現実逃避してる場合ではなかった。


「ハクアちゃんは何か言いたい事があるのかしら?」


 んー、言いたい事ねぇ。


「いや、特にないなぁ」


 えっ、なんで皆そんなにビックリしてんの? ミコト達も滅茶苦茶驚いてるし、アトゥイまで驚くとかなんなん? 私は別に誰彼構わずケンカ売らんよ?


 と、まあ、こんな事を言ってるが実はこれが最適解だったりする。


 何故かと言えば、私は別にこの里で立場がある訳ではないからだ。


 だってそうだろう?


 ここで私が何かしら訴えてもほとんどの奴からすれば、身の程知らずにも龍族に逆らう劣等種となる。逆に奴らの言い分を認めれば、今度は私を守ろうとしたアトゥイ達を裏切る事になる。


 と、なれば、こうして黙るのが正解なのだ。


 それにどちらにせよ、もう全て筒抜け。なら私が変に掻き回す必要もないというものよ。


 その証拠に女神陣、龍王陣営は満足そうにしている。ただ龍神だけはつまらなそうにしている。


 どうやら私が突っかかればいいと思っているのだろう。


 おい、トップよ。


「なに、安心しろ。ここで貴様が何を言おうが不問とする」


「うん。だからないよ」


 お互いににこやかに笑いながら視線を絡ませる私と龍神。


「言いたい事があるのだろう?」


「ないね」


「遠慮するな」


「ない」


「早く言え」


「だからない」


「言え」


「ねえっつってんだろコラ!」


 しつけぇわこの野郎。


「おいハクア!?」


 と、そんなやり取りをしているとアトゥイに横から口を押さえ付けられた。


 何しますの!?


 そう思ってアトゥイを見るとめっちゃ慌ててる。そのまま視線を巡らせれば、龍王、女神陣は呆れ、シーナ達は爆笑し、そのほかの観客は呆然としている。


 あっ、ついしつこ過ぎて素で返してしまった。


 ことここに至り失敗を理解したがもう既に時は遅し。取り返しのつかない空気が会場を支配している。


「き、貴様!」


「呵呵、よい。楽しめた」


 我に返った一部、恐らくは元老院のジジイが叫ぼうとした所を龍神が制す。


 場を掻き乱さなかったのは不服だが、自分に楯突いたのは面白かったのだろう。龍神は心底楽しそうだ。


 そのせいで私はヘイト稼いでんだけどな!


 いつか痛い目にあわせてやると心に決意する間にも事態は進んでいく。


「もうよい。水龍王進めろ」


「はい。わかりましたわ龍神様」


 本当に今ので満足したようだ。


 先程までは面白そうに道化達を見ていたが、今はもうその瞳になんの興味も浮かべていない。

 どうやらこの道化達の役割は、私が場を掻き乱して龍神を楽しませる、装置の一部としての価値しかなかったようだ。


 恐ろしいこって。


「それじゃあ全員これを見てもらおうかしら?」


 おばあちゃんが手を上げると、その先には水鏡のような大きな円形の水膜が出来る。


 そしてそこに映し出されたのは言うまでもなく。


「そ、そんな……」


「嘘……だろ」


 それはまあ言わばダイジェストのような光景。


 しかも───


 これ、編集が悪意に満ちてない?


 映像は私が戦っている最中の要求から始まり、私に守られた直後に背後から突き刺し、それを合図に全員が逃げ出す光景。

 そしてその後は私達も知らない、逃げ出した五人の会話だ。


『あんな事までするとは聞いてないぞ!』


『仕方がないだろう。ああするのが一番良い方法だったんだ。マナビーストはアレを狙っていたしな』


『……おい、これからどうするつもりだ?』


『なに、あいつらがマナビーストを倒せたなら、後から全て奪えば良い。それにむしろ死ねばそれはそれで都合が良い』


『確かにな。ヘタに生き残れば厄介か』


『ああ、死んだとしても少しは傷も負わせるだろう。そうなれば後は弱った奴を我らが倒せば良い』


『はは、なるほどそう言う段取りか』


『頭を使え。まあ、奴らも俺達のような純血の役に立てるのならば、その命を使うこともむしろ本望だろう』


 うーわー。すごい。超説明口調でガッツリ話してやがる。ここまで見事な道化だったとは……私はまだまだドラゴンというモノを侮っていたようだ。


 ちらりと横を見れば、逃げ出した道化は顔面蒼白、奴らに与した証言をした者は諦めの顔、そしてその他は唖然としている。

 そしてその光景をヒソヒソと良い顔で見てる大人達。


 いい趣味ですこと。あの一部頭を抱えて蒼白になってんのはやっぱり家族かねぇ?


「さて、何か言い分はあるかしら?」


「こ、これは……な、なにかの間違いです!」


 おっ、すげぇ。この状態でひっくり返そうとしてる。


 しかしこれは悪手にも程がある。


 その証拠に、道化一号の言葉を聞いた会場中から一気に殺気が膨れ上がった。


 だが、それを本人は気が付かない。


 元来、外敵に脅かされる事があまりないドラゴンは殺気というものに疎い。そして経験の浅い若いドラゴンならなおさらだ。


 私には息苦しい程の殺気も感じていない。


 アトゥイを含めた他の面々は、殺気が分からなくても訳の分からない重圧と、息苦しさは感じているようだが、道化一号は弁明に必死で気が付いてないようだ。


 ああ、おばあちゃんの笑みが深くなってる。それ、笑顔で聞いてんじゃなくて、めっちゃ怒ってる時の顔だからね。


「ですから、これは何かの───」


「見苦しい!」


「離れろ!」


 一際強い殺気を感じた私は、全員に避難を促すと近くにいたアトゥイを抱え、一気に危険域から逃げ出す。


「ギャッ───」


 ほぼ全員なんとか逃げ出したが、弁明に必死だった道化一号だけは逃げ遅れたようだ。


 立ち上る土煙が晴れると、そこには道化一号の首を掴み上げるアカルフェルが立っていた。

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