第517話何故?
「ニャーニャーニャー」
これをすると何故か生暖かい目で見られる掛け声と共にストレッチをする。
あざといとなどと言うなかれ。言葉に意味はないけど、ストレッチの時に声を出すのは良いんだよ? 気の抜けるような掛け声だと更に良し!
ストレッチをしながら思い出すのは昨日の事、あれからユエの新たな力についていくつかの事がわかった。
まずはあの角の刀。
あの刀は一種の妖刀であり、生体武器でもある。
刀固有の能力として、攻撃した相手の体力、気力を奪う効果があり、また敵にとどめを刺す度に刀が鬼力を纏い、刀の攻撃力が上がっていく。
デメリットとは刀をしまうと攻撃力がリセットされる事、もしも刀を折られると一週間ほどステータスが大幅に下がる事だ。
特に刀を折られた場合、ステータスが半分ほどになり、常に倦怠感に襲われるとかなりのデバフ状態になる。
そして新たなスキルとして【後鬼召喚】を覚えた。
後鬼、と言っても鬼を召喚するのではなく、その姿は陰陽師などが使う
ユエのMPを使い召喚出来るそれは、一体につきMPを一割消費する。
最大で一気に十体まで召喚出来るそれは、かなりの防御性能を誇り、十体揃った状態での防御ならトリスのブレスをも三十秒近く耐えられた。
ドラゴンの中でも上位に位置するトリスのブレスをそれほど耐えられるのなら、私なら破るのにかなりの時間を要する事だろう。
普段の戦闘では使い勝手は悪いが、相手の大技を防いだり、護衛目的でずっと防御するならかなり優秀なスキルだ。
私とは違い、鬼という種族の特性上、MPをほとんど使わないのでデメリットにならないのもポイントが高い。
そして何より前鬼となったユエのステータスはかなり上がった。
そのユエさんの数値がこちら。はいどん!
HP:6000→8000
MP:1800→2300
気力:3500→5000
物攻:3000→4500
物防:3000→4500
魔攻:800→1300
魔防:1000→1800
敏捷:2300→3800
知恵:2500→3500
器用:2800→3500
運 :80
全体的にステータスが上がり、主に鬼の特性である物理方面に特化した強化。
魔法系以外はわりと平均的に育っていたが、今回の強化で鬼の特性がハッキリ出た感じだ。
そして遂に恐れていた事態、一部とは言えステータス抜かされました。
頑張ってはいるが未だ強化値制限が取れていない物防が遂に抜かされた。この事実に結構ショックを受けている私である。しかもその他もやばい! 後ろから足音が聴こえる!?
まあ冗談はさておき。
私の修行は肉体の向上だけに特化しているため、額面上のステータスに変化はあまりない。しかも強化値制限が掛かっているものは、次の進化までそれが取れない。
それに鬼神の祝福のおかげで物攻、敏捷、器用さは上がっているが、半分にされた防御方面はレベルアップでまた上限まで上げられるが、それでも物防は遥か下だ。
早く進化したいところだが、要求される経験値も多く中々レベルは上がらないのも事実。防御力が上がるのは当分先になるだろう。
まあその分、肉体的な強度は鬼の特性が出始めた事、竜の力を取り入れた事で上がってるし、あとは偶然手に入れた地龍の加護で騙し騙しやるしかない。
ここに来てのユエの強化はぶっちゃけ予想外ではあったが、これで戦力が上がったのも確か。何よりユエが強くなるのは、自身の身を守る事にも繋がるから全体的にプラスだろう。
「うしっと、ふぅー……」
ストレッチを終え立ち上がり、全身の無駄な力を息と一緒に吐き出しながら、新鮮な朝の冷たい空気を身体に満たしていく。
そしてこの間鬼神に教わった鬼の武術を一通り繰り返す。
武術と言っても他のように洗練されたものではない。それはどちらかと言えば、荒れ狂う力の奔流である鬼力の効率の良い運用、制御を主軸に置いているからだろう。
鬼神自身も言っていたが、鬼の武術で鬼力の扱いに慣れてきたら、私の戦い方にこのノウハウを活かす方が良いだろう。
実際他の鬼も基本を学び、そこから先は各々にあった力の使い方をしていくらしい。
私はそこまではまだ長そうだ。
そうして何度か続けた後、息をゆっくりと整える。
思い浮かべるのはあの死をまとった全てを切り裂く斬撃。
その刀を振るう度に空間をも切り裂くような攻撃を受けたあの経験を、脳裏に鮮明に描き出す。
あれから戦いを観ていた皆にも聞いて、私の理解出来ていなかった部分もようやく補完出来た。
完全ではないだろうがもとより格上、それはしょうがない事と割り切るしかない。
戦いの最初から最後までを思い浮かべた私は、ゆっくりと確実に刀を振り、記憶の中の軌跡を辿る。
ああ、やっぱりこれは私の身体には合わないな。
そんな事を思いながら最初から最後まで、私という異物を排除した型を舞うと、やはり私の身体とこの型は相性が悪い。
鬼という類稀なる強靭な肉体があってこその剛の剣。それを私のような力のない者が真似ても、猿真似にしかならない。
だがそれは初めからわかっていた事だ。
だからこそまた最初から、記憶の中の軌跡を私という規格に合わせたものへと組み替えていく。
腕の力で振るう刀を全身のバネを使い振るう。
全てを連動させ、正確に力を伝え、初めはゆっくりと、次第にスピードを上げて再現していく。
受ける事を前提に動く軌跡を、円を描く様に変化させ、血戦鬼という強敵の動きに私というエッセンスを混ぜ込む。
もっと速く。
もっと鋭く。
もっと精確に。
宙を舞う蝶のように捉える事の出来ないような動きを。
無駄を一切省いたその動きに、私独自の雑味を入れて新たな形に作り替える。
「……ふぅ。ん?」
全ての動きを終え一息つくと同時に拍手が鳴り響く、そこに視線を向ければ、いつの間にやらミコトが見学していた。
「いつの間に居たの? つか、声ぐらい掛ければ良いのに」
「あれだけ集中して凄い動きしてたら声掛けにくいよ」
凄い動きってそれほどでもないけど。
「まあいいや。それよりミコトも訓練でしょ? 一緒にやる?」
「うん。とりあえず軽く動かしてからそのまま一戦しよっか?」
「オッケ」
刀をしまい、お互いに徒手空拳での訓練に入る。
最初はお互いの動きを確かめるようにゆっくりと、一手受けては一手返す。そうして互いに身体が温まって来た段階で、スピードを一段上に引き上げる。
今は軽い訓練だから違うが、ミコトの戦い方はある意味でドラゴン的だ。
その恵まれたフィジカルを存分に活かした相手の領域を支配する戦い方。
攻撃はダメージの大きなもののみ避け、小さな被弾など気にも止めず、相手の領域に侵入し猛威を振るう強者の戦闘。
それを可能にするのはやはりドラゴンとしてのフィジカル。そして四種の種族の上位互換である能力だ。
地龍の堅牢さ、火龍の力、風龍の素早さ、水龍の魔力。
その全てを存分に活かした戦い方に、私との戦闘経験で更に今までよりも深い駆け引きを覚えた。
正直、元々強かったのに更に私の戦い方を学習して強くなるとか手が付けられないっす。
今のミコトを攻略するとなると死を覚悟しなければならないだろう。
「ん? ハクアどうしたの?」
「ああ、いや、なんでもない。ちょっと腹減ったなって」
「そうだね。わたしもお腹空いたし、もうちょっとやったら終わろっか」
「そだね……」
軽く言葉を交わす私達だが、私の胸中は疑問で溢れていた。
ミコトの言葉に思わず誤魔化しまった。
何故……何故私は今、ミコトと本気で殺し合う事を想定したのだろうか?
今の所……いや、私の方からは決してそんな事をする気は全くない。情勢的にも心情的にも仲間であるミコトと敵対などしないはずだ。
だが実際私の想像は確実にミコトと命を掛けた戦いをする想定だった。仮にトリス達との戦闘を想定してもそうはならないだろう。
ミコトとは訓練で手合わせをしても本気で試合をした事もない。
それなのに何故?
それからいくら自問自答しても、その答えは私の中にはどこを探しても存在しないのだった。
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