第506話ほら、私のせいじゃなかった

「貴様を拘束する」


 いやいや、いきなり来て拘束するとかなんなんよ。私悪いことなんて……うん。やってないやってない。知らない知らない。私は無実、無実なんだよー。


 それは突然の事だった。


 いつものように大盛況の屋台前、その人だかりがモーゼの十戒の如くいきなり割れたのだ。

 そしてその人だかりが割れた先に居たのは、ミコトと初めて会った時にミコトを探していた態度の悪い老人だった。


 うん。舌打ちされたのはまだしっかりと覚えてるんだよ。


 そんな老人はこれまた帽子と一体になった布で顔を隠した、黒子のような全身白い格好をした複数の取り巻きを引き連れてやって来た。


 人だかりはその老人達を遠巻きに眺めながら様子を窺っている。それほどの人物? 竜物? と、言うことなのだろう。


 私も少しの警戒と共に様子を窺っていると、ミコト達からアレが元老院の長老達だと耳打ちされる。


 ほう……。


 強さはトリス達よりも少し上、龍王には劣るがその分、面構えからでも老獪さが窺える。

 龍王達とはまた少し違う異質な雰囲気がある。

 ミコト達も警戒しているし、龍王達とは別系列の勢力なのかもしれない。


 それにしても……相変わらず嫌な目をしてやがる。


 アカルフェルともまた別種の相手を見下すような目。

 しかしそれを私だけじゃなく、ミコトにも向けている気がするのは気の所為だろうか?


「それで、一体全体なんで拘束するなんて事になるんだ?」


「原因は貴様自身がわかっていると思うが?」


「さあな。覚えがない」


 こういうのは言い切るのが大事。


 しかし何故私は後ろから、今度は何したんだ的な視線を受けている気がするのだろう? うん、気の所為に違いない。


「言わねば白状しないか……ならば言ってやろう。貴様が今やっているそれだ」


 そう言って指を指したのは私の後ろ、つまりは屋台を指さしていたのだ。


「……ボケてるのかジジイ。これはそっちの要請だろ」


「ハクア! ハクア! 本当ことでもそれはダメっすよ!」


「そうなの! いくらいけ好かないジジイでも本当のことを言っちゃダメなの!」


「いや、お主ら二人も同じじゃろ」


「お前ら……最近ハクアに毒されすぎだ」


 いやいやトリスよ。それじゃあまるで私が悪いかのようではないか。違うんだよ? 私はちっとも悪くないんだよ?

 ああほら、シーナとムニが変な事言うから怒りでプルプルしてるじゃん。ダメよ? 年寄りの血圧上げるような事しちゃ。


「はぁ……で? 何が問題なの? あんたらが止めろと言うならすぐに止めても私は一向に構わんが?」


「ふん。薄汚い人間が、この場でいくら殊勝な事を言おうが、人間如きが我ら龍族をたばかった事は許される事ではないぞ」


「謀る?」


 何言ってんだこいつ?


 もう我慢ならんと言った感じで、老人の後ろに控えていた取り巻きがいきりたつ。


(ハクア何かしたのか?)


(いやー、本当に覚えないんだけど? 私、ドラゴン的になんかしたらいけない事した?)


(いやー、見てた限りでは変な事してないと思うっすけど)


(ムーもそう思うの)


 全員で頭を突き合わせて考えてみるが、本当になにも思い当たる事がないから困った。


「ふん。あくまでもシラを切るつもりか! ならば教えてやろう。貴様は我ら偉大なる龍族を謀り、こんな物と我らの爪や鱗を交換させただろう」


 ああ、なんだそういうことかぁ。


「まあ確かにそうだけど、それはお前らが金を持ってる訳でもなんでもないからその代わりだろ? ぶっちゃけなしでも良かったけど、それだと施しになるってトリスに言われたこんな形にしただけだよ。なあ?」


「ああ、確かにその通りだ。妾がハクアにそう言った」


 ほら、私のせいじゃなかった。


「だとしてもだ。それとも我らが知らないとでも思っているのか?」


「何を?」


「貴様ら人間は我らの鱗や爪を大層価値のある物だと思っているのだろう? それをこんな小さな肉と交換するなど、我らを謀る行為そのものだろう!」


 ふむ。つまり等価交換ではなく、私だけが一方的に利益を貪ってると言いたい訳か。なるほどなるほど。


(ちょっと待つのじゃハクア)


 ようやく向こうの言ってる意味が理解出来た私は、どう言いくるめようか考えながら反論しようとすると、ミコトが私の袖を引っ張り皆から引き離された。


(どうしたのミコト?)


(何をどう言おうと思ってるか知らないけど一つだけ、元老院の取り巻きの中には、必ず一人相手の言葉の真偽を見破るスキルを持ってる奴が居る。だから例えそれが悪い事じゃなくても、嘘を言った段階で連れていかれるから気を付けて)


(おおう。マジか)


(マジ)


 なるほどね。先に聞いといて良かったわぁ。とりあえず有る事無い事言ってだまくらかしてやろうと思ったから。


(あれ? でも私、最初に会った時は見破られなかったよ?)


 うん。確かに私は最初に嘘を吐いた。具体的に言えば壁の穴をアカルフェルのせいにした。


(ああ、あの時はわたしの授業の為に来たから、取り巻きが居なかったんだよ。あの人数にわたしの世話係まで部屋に居たら狭いもん)


(なるへそ)


 確かにその通りだ。


(じゃあ今回は居ると思った方が良さそうだね)


(うん。確かさっき捲し立てて来た奴が真偽を見破れるスキルを持ってる奴だったはずだよ)


(なるほど、因みに読心系のスキルではないの?)


(うん。嘘を見破れるだけ)


(そっかありがとう)


 それならなんとでもなるな。


 話を終えた私はゆっくりと老人と取り巻きに近寄っていく。


「さて、まず最初に誤解を解いておこう。確かにドラゴンの鱗や爪は、強力な武具になる事から希少な素材として取り引きされる」


 私の発言に周りがざわつき、ミコト達からも驚く気配がする。


「だけどよく思い出せ。この中にも人間を含め他の種族から素材目当ての奴と戦った事がある奴は居るだろう?」


 その言葉に何体かのドラゴンが頷いている姿が見える。それは取り巻きの男も例外ではなかった。


 それは当然だ。


 普段からここに住んでる奴もいれば、中には普段ダンジョンのような場所に住み着いてる奴も、自らの巣を他の場所に持っている奴も居る。

 そしてこの里の中での序列は低くても曲がりなりにもドラゴン。そんなモノが住み着いていれば当然襲撃された事の一つや二つはあるだろう。


「じゃあその時のことをよく思い出せ。そいつらは普段から放置してある鱗や爪を狙ったか? 違うだろ。そいつらはお前ら自身から剥ぎ取ろうとしたはずだ」


 ドラゴンにとって鱗や爪など生え変わる物。そんな物をいちいち大切に保管など滅多にしないだろう。それが巣の中なら尚更だ。


 私の言葉に何処からか確かにそうだ。と同調する声が聞こえる。


「当然だ。落ちている物とは違い、剥ぎ取った物の方には魔力が宿っているからな。当然それを使った武具は強い力が宿った物になる」


 生え変わった鱗も落ちてすぐなら魔力は多少通っているが、時間が経てば経つほど魔力は抜け落ちる。


 それを知っているドラゴン達はしきりに頷き、私の言葉を肯定していく。それは当初数人だったが、言葉を紡ぐ度に次第に人数を増し伝播していく。


 周りを見渡し目を合わせながら、時に身振り手振りを使い同意を得る。

 そしてゆっくりと歩き、お代として受け取った鱗や爪を保管する箱の前まで行くと、そこで全員の方に振り返り、そのまま後ろを見ずに無造作に一つの物を掴み取る。


「見てみろよ。例えばこれなんて本当にお前が言ったような価値が普通あると思うか?」


 それは一枚の鱗だ。


 しかしそれは保管が悪かったのかなんなのか、至る所が欠け落ちヒビも入っている。


「私はこれも等しくお代として受け取ってる。それは私が利益を気にしてないからだ。この里の皆の要望でやっている事で、ここまで文句を言われるとは私も思わなかったよ」


 そう言って鱗を箱に放り投げる。


 そんな私を見た老人は後ろに視線を投げる。その先に居るのは嘘を見破れるスキルを持つ取り巻きだ。

 その取り巻きは老人に首を振っている。


 どうやら私の言葉に嘘がない事が証明されたようだ。


「なるほど。では本当に貴様は利益を貪っている訳ではないのだな?」


「ああ、お代の事なんて気にしてない」


「よかろう。ならば認めてやる。しかし、今後も我らの事を謀ろうなどと考えるなよ」


 その言葉に私は頷きを以て応える。


 それを見た老人達は謝る事もなく去っていった。


 こうして私はなんとか危機を乗り越えたのだった。


 ふぅ。危ない危ない。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


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