第502話また。ではなく、まだ
「まあ、端的に言うと全部嘘なんだよね」
一仕事終えて会場の客席に戻ってきた私達は、軽快にサクサクと進む試合を眺めながら先程の事について話す。
「全部って、どこからどこまでがじゃ?」
「そりゃもう、最初から最後までだよ」
「あー、やっぱりっすか? 私もアカルフェルと繋がってるて話は流石におかしいと思ったっす」
「ああ、そうそう。それが特に顕著だね。皆合わせてくれてありがと」
そもそも私がアカルフェルと繋がるなんて事が起こる訳がない。
それでも何故奴らはそれを信じたのか。
それは一重にあいつらの情報の精度だろう。
「情報の精度?」
「そっ、シーナ達も言ってた通り、私とアカルフェルが敵対関係にある事はこの里に広まってる。だけどそれが末端の若い奴らとなれば少し話は違ってくる」
そう。
同じ敵対関係と言っても、それがどの程度なのかが分からない。
口喧嘩程度なのか、ちょっとした小競り合いなのか、はたまた命を取り合う程度なのかだ。
そして最も重要なのが、相手は若手のホープのアカルフェル。そしてこちらがしがない元ミニゴブリンと言うことだ。
「それがなんで重要なのじゃ?」
「考えてもみろよ。あいつらからしたら私の強さは自分達以下、それが自分達が付き従うと決めた強さを持つアカルフェルと敵対したと言ったって、そこまで険悪だとは思わないだろ?」
「確かにそうっすね。私もアカルフェルとやりあったって聞いて耳疑ったっすからね」
「そういう事。ましてや自分から仕掛けたなんて事を言って回るメリットない。何せ私は一応客人扱いでおばあちゃんの弟子だからね。しかもやりあったにしてはピンピンしてる」
「なるほど。だからさっきの奴らはハクアとアカルフェルが繋がってるって言葉も信じた。と、言うことなの?」
「うむ。そしてこのネタはそれだけじゃない」
ハッキリ言って私からしたら筒抜けだったが、あいつらからすれば完璧に隠していたはずの作戦だ。
それが何故、私程度にアッサリとバレたのか。それを考えた時に出る答えは大まかに三つ。
「三つっすか?」
「そう。さっき言った他者からのリーク。そして本当の理由の私に見破られる事、最後に自分達のミスだ」
「ふむ。それの何がもんだいなんじゃ?」
「大問題だよ」
何せ大まかな理由とはいえこの三つしか選択肢はない。
プライドの高いドラゴンが私程度の弱者に、隠していた自分達の計画がバレたなど認められない。
そして同じ理由で自分がミスしたなど認めるはずもない。
だからこそ私はそこに毒を混ぜた。
自分達にこの計画を持ちかけた人物。計画自体を知っていた者から売られたという、その他の答えよりも認めやすい毒をだ。
三つの内、二つの答えはプライドが邪魔して認められない。認めたくない。
侮っていた奴に出し抜かれたなど認められないし、自分達のミスで大事な計画がバレたなど考えたくもないのだ。
誰だって自分のミスは認めたくない。それは例え上位種のドラゴンだって同じ事だ。
そこにこうして自分のプライドを傷付けない、認めやすく最もらしい嘘の毒を、一滴混ぜてやればああやって自分から飛び付くと言うわけだ。
「なるほど。そういう事だったの。でもどうしてそんな事を? 確かにレリウスの事もあるだろうけどそれだけとは思えないの」
「うん。それだけじゃないよ」
数日前、奴らがわざわざレリウスの所に来た日、皆から軽く話を聞いた私は気になった事を独自に調べてみた。
その結果、この大会に参加している若手のほとんどにアカルフェルの息が掛かっている事がわかった。
関係がないのはレリウスを含めた数名ほど、奴らは自分達の派閥への勧誘と、牽制をするためにわざわざ動いていた。
それがわかったから、私もアカルフェルの息が掛かっている奴ら全員の動向を監視して、今回の事を事前に察知する事が出来たのだ。
「そうなの?」
「うん。だからアカルフェルへの牽制の為ってのもあるかな」
「ん? どう牽制になるのじゃ?」
「そうだな。さっき毒って言ったよね? 今回の事は正しく毒なんだよ」
何せあそこにいた全員はアカルフェルの息が掛かっている奴らだ。
そんな奴らがアカルフェルに売られたと聞けば、今後アカルフェルの陣営に留まったとしても、今回の事がずっと棘となって刺さり続ける事になる。
今回の事が私の嘘だとバレても、いつか本当に裏切られるのでは、もしかしたら本当に裏切られるのでは、そうやっていつまでも頭に残り続けるのだ。
それはある意味で、いつ爆発してもおかしくない不発弾と同じようなものでもある。
「離反してアカルフェルの陣営から抜ければそれで良し、そうでなくても組織の中にそんな連中がずっと居れば、何か小さな行き違いで瓦解するなんざ良くある事だよ」
「意外と大掛かりじゃな。しかしアカルフェル自身が今回の事を弁明したら意味がないのではないか?」
「それはない」
「何故じゃ?」
「この辺の連中はいわば入ればラッキー程度の奴らだ。今回の事で成績を残せればその限りじゃないが、有力な奴らはほとんど関わっていない」
「そうなんっすか?」
「ああ、ある意味当然だ。ドラゴンはほぼほぼ自分の強さにしか興味ないからね。こんな政治的なものへの関心はそれこそ若い世代にはないんだよ。それに乗ったのは自分の力を誇示したい奴か、上に行く自身が無い奴がほとんどだ」
「なるほどなの」
「でもそれでなんでアカルフェルが動かないって分かるんっすか?」
「当然。アレの性格から考えて奴らの中で一番マトモな戦力だった奴らが、一番の格下、しかも私が関わってる奴に負けたとなれば、本当に奴らを切ってもおかしくないからだよ」
しかもあいつはそんな弱者にいちいち自分から弁明する事などないだろう。何せ奴は強者である自分こそが一番だと思っている。
そして里の住人、同族とは認めても、仲間となれば弱者は容赦なく切り捨てる。そういう奴だ。
「仮にもしそうなったところで、私が少し突っついただけで、すぐにアカルフェルに切られたと思うような連中だ。カリスマ性でもなんでもなく、利益と打算で繋がってる段階でそのうち瓦解するさね」
「ふむ、なるほど。しかしハクアがここまでするとは思わなかったのじゃ」
「そうけ? 私としても奴に実権握られるのは避けたいよ」
何せ皆から聞いた奴の計画は私にとって、いや全種族にとって最悪に近いものだ。
ドラゴンは世界の秩序を護る立ち位置にいる。
そして今は、世界に混乱をもたらさない限りは静観するという方針になっている。
だが、アカルフェルは強者である自分達ドラゴンが、全ての種族を支配し管理する事で秩序を築こうとしているのだ。
秩序。
そうは言っているが根底にあるのは、自らの力に枷を付ける事なく暴れたいという欲望だ。
そしてアカルフェルに付き従うのもまた、同じ欲望を抱えている奴らなのだ。
そんな奴らが実権を握れば最悪に近い。
皆はまだ、アカルフェルの勢力がそこまでの発言力を持つとは考えてもいないようだが、発言力を削れるのならば削るのが得策だろう。
何せ奴は、毛嫌いしているにもかかわらず、ドラゴンよりも人間に近い思考をしている気がするからな。
転生者の可能性も調べてみたが、今のところそれらしいものは何一つとして出てこないが、用心するに越したことはないだろう。
「まっ、そういう訳だから今回はあんな措置にしたって訳」
「なるほど。納得したのじゃ」
「さてと、それじゃあ、試合観戦を楽しむとしようぜ」
▼▼▼▼▼▼▼
「良くやったなレリウス」
「本当に良くやったっすよ」
「うんうん。大金星なの」
「皆、ありがとうございます」
試合が終わり皆から称えられるレリウスは、恥ずかしそうにそう答える。
「しかし……まさか最下位から二位になるとはハクアのお陰だね」
「レリウス自身の頑張りだよ」
そんなレリウス達を見ながら、少し離れた所で私とミコトは二人で話している。
流石にここ数日で慣れたとはいえ、ミコトまで混ざったら、レリウスも恐縮して素直に喜べないだろうとミコトが配慮したからだ。
ちなみに私は、ミコトを独りにするのもなんだし、昔馴染みだけの方が良いだろうと判断したからだ。
「……ハクアは本当にアカルフェルの勢力が増すと思ってる?」
「うん。誰だって巨大な力を持っていて、それを正しい事だけに使える奴は少ないと思ってる。ましてや自分達が上位種として遥かな力を持ってると自覚しているならね」
「……そうか。わたしの方でも少し気にかけとく」
「うん。頼んだ」
ミコトとそんな事を話しながら、もう一度レリウスを見る。
そこには初めて会った時のような自身のなさはない。
それに……
決勝戦で負けた後、レリウスは私にこう言った。
やっぱりまだ簡単には勝てなかった……と。
また。ではなく、まだ。
その小さな違い。
文字にすれば濁点のあるなし程度の違い。
だが、その違いこそが、今回レリウスが手にした一番の成果だとそう思いながら、私はその光景を眺めるのだった。
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