第493話まあ、たまにはいいよね?
「はぁ〜、いい天気だ」
「いや、どう見ても雨だが?」
「まあね〜」
ミコトの言う通り外は中々の土砂降りだ。とてもではないがいい天気とは普通言わないだろう。
しかし雨はいい天気なのだ。
それが何故かといえば、なんと龍の里は雨が降るとその日は休日になるのだ。
もちろん全員が全員何もしないと言う訳ではないが、ほとんどの住人は雨の日はゆっくり休むものなのだという。
しかもこれは私にもちゃんと適用され、雨の日にはあの辛く厳しい修行から解放される。
ここまで言えばもう分かるだろう? だからいい天気なんでい!
ダンジョン攻略以降おばあちゃんの修行は本当に二倍になった。
しかも目覚めた翌日から早速だ。
それに私が龍歩を幽歩、朧と組み合わせて使った事で殺る気……ではなくて、やる気に火が着いたらしく、あれ以降修行の大部分は歩法に費やされている。
おばあちゃん、テア、ソウの三人とああだこうだと言いながら、ぶっつけ本番で組み立てた歩法を、より完全なものへと昇華しようとしている最中なのだ。
なので前の日に覚えた事が次の日には変わる事もしばしば、より良くする為には仕方がないが、難易度がビシバシと高跳びのバー並に高くなるのは勘弁願いたいのだよ。
そんな訳であまり雨の多くない龍の里で降る雨は、私にとってもの凄くいい天気なのである。
人類も見習えばいいと思うけど、店とかのない龍の里だからこそ出来る事で、本当に全員休んだら私がご飯食べに行けないから、やっぱり私だけが見習いたいものだ。
因みにあれから四日ほど経ったが、私の新装備は未だに出来上がっていない。
どうやら本当に難航しているようで、テア達は毎日のように会議と称して出掛けている程だ。
うん。本当に馬鹿なんじゃないかな? デザインなんざどうでも良いんだよ。性能さえ高ければなんの問題もないんだよ。
なんならジャージだって私は構わないんだよ?
と、言った所その場の全員からダメ出しが出たのは記憶に新しい。解せぬ。
そしてもう一つ、今回のボス戦でスキルは何も獲れていなかった。
まあ、戦闘のお陰? 所為で? スキルレベルは幾つか上がってたけど。
理由としてはボスであるベヒーモスを倒した地獄門の鎧が、ベヒーモスの力を全て奪っていた事。
これによって地獄門の鎧は、鬼神に力を授けられていない状態でも、通常では有り得ないほど強化されて出て来ていたらしい。
本当はあんなに強くなかったんだとか。
そして鬼神の力を受けて血戦鬼へと至った地獄門の鎧は、その力の全てがドロップアイテムとして出た鎧へと注がれた。
そんな訳で、私がスキルを使って手に入れたものは何もなかったのだとか。
しかしここでもっとも重要な事がある!
それはベヒーモスの肉が十トンも手に入った事。
骨や牙、魔石もあったがそんなものはついでである。何よりも重要な肉が今回の一番の戦利品だ。
十トンもあれば恐らく二ヶ月位は持ってくれるに違いない。
四日間で三度程、バカデカいステーキを食べたが、程よくしまった筋肉から溢れ出る肉汁がとても美味しゅうございました。まる。
さて。そんな私は雨の日に何をしているかと言えば、ミコトと一緒に読書に勤しんでいる。
と言っても面白い物語や、歴史書なんかがある訳ではなく、ここは攻法殿と呼ばれる武功書が収められている場所だ。
武功書とは言わば様々な格闘技の情報が記されている書物だ。
魔導書とは違い、読めばすぐにどうなると言うものでもないが、様々な武技関係のスキルを図解付きで調べられるお得な本なのだ。
中には気や魔力、仙力やマナの練り方、操り方なんてものも載っている。
体のどこで練り上げ、どこをどう通ってどう発現するか、どれほど金を積んでも見たいと言う者も沢山いるだろう。
そんな攻法殿は五重の塔のような見た目の、全六階建ての建物になっている。
そして武功書はその難易度、威力、価値から下級、中級、上級と分かれていて、それぞれ一階は下級、二階三階は中級、四階から六階までは上級が収められている。
まあ、そうは言っても歴史書や魔法関係の本も収められているから、純粋に武功書だけと言う訳ではない。
その中で私が見れるのは中級の二階まで、とは言え普通なら龍族ですらない私では、入る事すら出来ない事を考えれば上々だろう。
これはおばあちゃんである水龍王の直弟子と言う事で特別な措置らしい。
まあ、宝の山と言っても過言ではないから当然と言えば当然か。
それに武功にしても魔法にしても、土台が出来ていない人間が使えば周囲に危険が及ぶ可能性もある。
上級のものになれば龍族にしか使えないものも出てくるだろう。その点を考えても適切な処置だと思う。
「ハクア。こんな所楽しい?」
「楽しい……んー。まあ、楽しいかな」
危険な目にも痛い目にもあわないだけで幸せです。
「わたしとしては体を動かす方が楽なんだけど」
「分からなくはないけどね。でも、ここにあるのは知識と経験の結晶なんだから、活用しない手はないでしょ」
「そんなもの? まあ、わたしも今日はここで勉強するつもりだったから良いけどね」
「大変だねぇお嬢様も」
「それでこうやって普通に会うのを許されてるから良いんだけどね」
「だね」
ミコトを取り巻く側近達は、私がミコトと居る事をよく思っていない。
それがどんな感情から来るものかは知らないが、水龍王であるおばあちゃんが間に入る事で、ようやく条件付きで許されているような状況だ。
その条件の一つがこれ、攻法殿での勉強だ。
その他にもおばあちゃんの修行、色々な作法の勉強などもあるが、普段からやっている事の延長線上のものだからさして苦ではないらしい。
では何故それが条件になっているかと言うと、周囲の期待に応えて口調を変えるほど真面目なミコトは、勉強や修行も手を抜く奴ではない。
しかしそれが集中力も伴っているかと言われれば、やはりそういう訳ではないようだ。
特にここ最近はあまり身が入らなかったと言うのはミコト談だ。
だが、私と会う事を条件にしてからはしっかりとやっているのだとか。
ミコトとしても気を使わない私との関係は望ましいものらしく、そう言われて私も悪い気はしない。
むしろ対等な関係は心地いい程だ。
そんなミコト。ここ最近は勉強も修行もいい成果が出ているとおばあちゃんが言っていた。
と、言う訳で許可が出てからというもの、ミコトは度々私の所へ遊びに来ては、勉強や修行を行い、話をしたりご飯を食べたりしている。
最初こそ萎縮していた皆も次第に緊張が取れてきているのもいい傾向だ。
今日なんて
「せっかくの休みに本読むとか嫌なんで今日はパスっす」
「ムーもご飯だけ食べに来るの」
なんて具合だ。……いい傾向?
「どうしたの?」
「うんにゃ別に」
「ハクアは今何を調べてるの?」
「ああ、今はドラゴンの力を封じる封印術式を見てる最中。てか、これあからさまに一階で見れて良いもんじゃない気がするんだが」
「ああこれ? これは結構古いもので対抗術式が既に組まれてるからここにあるんだ。それに龍は龍に対してこんなの使わないしね」
「なるほど、需要がないからか」
「うん。えっと……ちょっと待ってて」
そう言って上の階へと消えていったミコトを少し待つと、上から一冊の本を抱えて降りてきた。
「ほら、これがそう」
手渡された本をパラパラと捲ると、確かに今私が読んでいる術式に対抗する術式が描かれている。
「良いのか? 術式の難易度からして私が見れる範囲の本じゃないんじゃない?」
「まあ、でもわたしはこれでも龍神の娘だし。これくらいはね?」
うーむ。ビバ権力者。
まあ、例えそうじゃなかったとしても特に関係はないけど。使えるものは使う姿勢は嫌いじゃないぜ。
因みにだが蔵書の区分で分かるように、武功書にしても魔導書にしても上級に行くほど数が多い。
系統樹のように入口は狭く、難しくなればなるほどやれる事が増えるようだ。
とは言え進化の行き止まりのように、中級まではあるけど上級はないなんてモノもあるし、初級と言えど習得の難しいモノ、初級だけでは意味を為さないモノも多い。
これを正しく見分けるのも一つの修練なのだろう。
まあ、同じ初級だから威力も同じかと言えばそうじゃないし、個人の資質によっても大きく変わる。
同じ魔法も、修練の差や資質によって数倍から数十倍の違いが出るのだから、やはり一番大事なのは地道な修練なのだろう。
ちっ、めんどくさい。
こうして色々な武功と魔法を学びつつゆったりとした時間を過ごすのだった。
まあ、たまにはいいよね?
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
お読みいただきありがとうございました。
もしハクアのことを応援しても良いよ。続きが読みたいって方は
★評価とフォローをしてくれると嬉しいです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます