第466話安産型ですな

 さてさて龍の里に来て、実に一週間ほどの時間が経過した。

 あまり外泊時間が長いと怒られそうだから、早く帰りたい所ではあるのだが、修行の終わりは未だ見えない今日この頃。


 初日はダンスレッスンの後に源龍術を学んだ。

 ダンスレッスンも源龍術の一部と言われたが、なるほど確かに、ワルツよりも複雑で様々なステップの歩法を覚えるには、確かにダンスレッスンは有効だ。


 基本にして奥義ともいえる源龍術の龍歩は、動きが緩やかで、それでいて捉えどころのない緩急を付け、龍がうねりながら空を行くような歩法だ。

 と、まあ言葉で言うのは簡単なのだが、その実、内容は全然簡単ではない。


 数十にも及ぶ複雑なステップを正しい形で覚え、更にそのステップをその時々に合わせて、数百通りの組み合わせで扱うものなのだ。


 しかもこれ、一つ一つに意味のある動きをしている。


 本質はそれを移動して画くというものらしく、竜の力を使いステップを踏む事で、その間動きの補助や強化など様々な恩恵がある。

 その分、少しでも動きを間違えると、術者の力が一時的に削がれたりもする。そして逆に成功しても体力の消耗が半端ないのだ。


 その数、その組み合わせは膨大で、私よりも数十年先に教えを受けているトリス達ですら、未だその全てを把握して使いこなせてはいないらしい。


 まあ、ステップを一度全部教わったら、ある程度の種類に絞って、その中で組み合わせるのが一般的らしいけど。


 私は死ぬ気で全部覚えるよう、おばあちゃんに当然出来るわよね? と、笑顔の圧で言われた。解せぬ……。


 こうして初日は龍歩のステップを覚える事で終了した。


 次の日からは最初に龍歩の全てのステップをさらう所から始まった。

 その後、呼龍法こりゅうほうと呼ばれる龍歩と対を成す呼吸法を教わる。

 これは効率的にマナを体内に取り入れる為の呼吸で、極めれば龍脈から直接マナを取り出す事も出来るそうだ。


 しかしこれも酷い。

 呼吸しているはずなのに空気を取り入れてる感覚が薄い。まるで山に登った時のように薄い空気の中、マナだけは容赦なく入ってくる。

 おかげで常にマナを制御しないと、マナが体の中で暴れて血が吹き出る、人間間欠泉の出来上がりだ。


 次からはこれを龍歩と併用してやる。と軽く言われて試しにやってみたが、この二つを併用しながら使う事は当然物凄く疲れる。

 たった十分ほどでも汗が滴り呼吸が乱れる程だ。


 レベルアップと進化で、元の体よりもスタミナがある筈のこの体ですらこうなのだ。この二つの併用がどれほど体力を奪うものなのかはわかるだろう。


 そして次に教わったのは龍牙術。


 龍の牙や爪をマナで形作り攻撃する、ドラゴンの人間形態での格闘術だ。


 この龍歩、呼龍法、龍牙術、そして龍魔法の四つをまとめた物の総称を源龍術と呼ぶそうだ。


 因みにこの龍牙術。

 少し技を見せてもらったが威力が凄まじい。これを極めればかなりの戦力アップは間違いない。

 しかしこれ、ドラゴンにはマスターしている者がかなり少ない。


 その理由がアカルフェルが次世代のトップというのと同じ理由だ。


 ドラゴンの力とはドラゴン形態で発揮される圧倒的な力。そう思ってる奴らが、人化形態での格闘術を小細工と馬鹿にするのは分からなくもない話だ。


 しかもそれを一番声高に叫んでるのが、おばあちゃんの息子のアカルフェルというのだから皮肉が効いている。閑話休題。


 こうして私は一日通りして呼龍法の練習、午前は龍歩、午後は龍牙術の練習。

 それが終わると瞑想、寝ている間も呼龍法を怠ると襲撃されるという、理不尽を味わいながら源龍術を本格的に仕込まれ始め、今日初めて午前中お休みを貰えたのだ!


 午前中だけと侮るなかれ。


 なんだったらこっちは寝てる間も修行が続いてるんだから、たまには完全なお休みがあってもいいものだ。(しかし呼龍法の修練はサボると怖いから続けてる)


 因みにシーナやムニ曰く、これは普通一個づつゆっくりと覚えるもので、決して最初から全部をやるなんて修行内容ではないらしい。……酷い。


 と、いう訳でトリスには、龍神には客人と認められ、次世代のトップのアカルフェルとは険悪。

 そんな私の龍の里での評価が未だ定まっていない為、いいか、出歩くなよ。絶対に黙って出歩くな! と、言われた私はお休みを満喫する為、里の中をゆったりと見学していた。


 ん? ちゃんと行ってきます。って書き置き残したから、黙ってではないし大丈夫なんだよ?


 しかしそんな私に思いがけない事態が発生した。


 それは──


「誰か助けるのじゃーー!」


 うん。壁から尻が生えて暴れている。


 うーん。こんな体験をする機会が本当に存在するとは……異世界、侮れない。


 しかしこの尻、白のニーソに同じく白いミニスカート、そんな状態でジタバタしたら見えそうである。


「む? 誰ぞそこに居るのか? 丁度よい助けるのじゃ」


 むー。尻が偉そうに命令してきた。


「おいコラ。返事をせぬか! わしを誰だと思っておるのじゃ!」


 ちょっと助けてやろうかと思ったが、その物言いにムカついてきた私。


「って!? 何をしてる! なんでわしの尻を撫でてるんじゃ!?」


 安産型ですな。


「おいー! 本当に貴様は誰じゃ! というか撫でるのやめて何か喋るのじゃ!」


「えー、同色の白で合わされた、ミニスカートとニーソから覗く、肢体の絶対領域が良い感じにエロい。そしてドラゴンなのに白と青の縞パンってのがまたポイント高い」


「誰が今のわしの状況を実況しろと言った!? というか捲るな。見るな!? 良いから早く出せ」


「あん? ケツ丸出しの尻壁が偉そうな口聞いてんじゃねぇぞ」


「ギャーっ!? スカートを脱がすな。尻を叩くな!!」


 叩くのに邪魔なスカートを脱がせ、生意気な口をきく尻壁を叩く。


「ちょっ、まっ、本当に止め……」


「ふむ。叩きやすいけど厚みが微妙、85点!」


「微妙な点数付けるとか何様じゃ!? 痛っ、ちょっ、ごめんなさい。謝るから早く助けて……」


「えー、どうしようかな?」


 ちょっと楽しくなってきた。


「くっ、下手に出れば、わしは龍神の娘じゃぞ! そんなわしにこんな事をしてタダで済むと思っておるのか!」


「なんだそうなのか?」


「ふっ、ようやく自分の立場がわかったようじゃな。さあ、早くわしをここから──」


「じゃあ私だけじゃ無理そうだから人呼んでくるわ。具体的に言うと里の全員くらい?」


「待てーーー!」


「なんだよ? 丸出し縞パン」


「丸出し縞パン言うな!? 脱がせたのは貴様じゃろうが!! いや、そうじゃない。助けを呼ぶとかちょっと待つのじゃ。流石にこの状況は見られとうない」


「丸出しだしね」


「だからこれは──くっ、なんでもない。……お願いします出して下さい」


「しょうがねぇなぁ。ちょっと我慢な?」


 そろそろ不憫になってきたし、何よりも飽きてきたので助け出す為に準備に取り掛かる。


「あっ、待つのじゃなんか嫌な予感が!?」


「ごめん。もう遅いや」


 取り出した巨大ハンマーを振りかぶる途中でそんな事を言われても困るんだよ。


「いや絶対間に合うタイミン──ギャーっ!!」


 腰の入ったスイングにより繰り出したハンマーは、それが決まっていたかのような軌道で尻に向かっていく。

 そしてジャストミートと共に壁ごと縞パンを吹き飛ばした。


 あっ、壁までいってしまった。理想としてはスポンといく予定だったのに。これならドラゴンな訳だし自分だけでも脱出出来たんじゃないだろうか?


 まぁしょうがない。そう思って吹き飛んだ縞パンの様子を覗くと、縞パンを両手で押さえてうずくまっていた。


「わ、わしの尻に何か怨みがあるのか貴様!!」


 失敬な。私は尻にも腹にも怨みを抱いた事はないぞ。

 全く。じゃロリはどいつもこいつもすぐそうやって言う。


 身内のじゃロリに引き続き、初登場のじゃロリにまでそんな事を言われた。解せぬ。


 しかし、じゃロリが二枠ってのは多すぎる気がする。


「まあまあ、落ち着けよ縞パンっ子よ」


「誰が縞パンっ子だ! わしの名前はミコトじゃーー!」


 怒られた……。


 そんな事を考えている間にも、私よりも少し年下に見える少女は、私の服の襟首を掴み揺さぶっている。

 下も穿かずに下着丸出しの涙目姿はどうにも哀れだ。


 当たり前だが今まで見えなかった顔は、言葉遣いに反してまだ幼さを残す、中学生のような可愛らしい顔。

 ……なのだが、クリっとした目を今は何故かツリ目気味にしている。

 これまた見えなかった上着は中華風の衣装。

 艶のある黒髪を頭の上で二つにお団子にしいるが、それでも腰まであるツインテール状に髪が垂れているロング。総じて中華風味の強い少女である。


 まあ、ドラゴンだろうし私よりも年上でしかも強いんだろうけど。少ーしやり過ぎたかな?


 そろそろ面倒になってきた私が、どうやって黙らせようかと考えていると、少女が何かを察知したかのように私から離れ、物陰へと身を隠す。


 なんだ? 誰か来る。


 気配が近付くのを感じながら見ていると、壁の向こう側から数人の女性と、プライドが高そうな老人がやってきた。


 そして壊された壁と私を交互に見ると、イラついた様子で声を掛けてきた。


「この状況はどういう事だ?」


「どうとは?」


「なぜ壁が壊されている」


「ああ、それならここを歩いてるときにアカルフェルに見付かって、攻撃を避けたらこうなった。文句ならあっちにでも言ってくれ。私はただの被害者だ」


 嘘だけど。


 私の言葉に更に苦い顔をした老人は、私に聞こえない程度の音量で舌打ちをして去っていく。


 聞こえてるよ〜。


 だが、ここから出て行こうと壁に手をつけた瞬間、こちらに振り返り──


「ここでこれくらいの少女を見なかったか?」


 と、尋ねてきた。


 それは見ていない。と、返すと、そうか。と、一言呟き去っていった。


「なあ? わしはアカルフェルなぞ見とらんぞ?」


 老人達が去ったのを確認して出て来た少女が、そんな当たり前の事を聞いてくる。


「まあなんだ。あの性格ならどうせ嫌われてるだろうし、今さら悪名が一つ増えても困らんだろ」


 うん。私の為の尊い犠牲だ。


 まあ実際、こことは違う場所の壁は破壊してるから、大きな意味では間違いじゃないしね。


 一人でウンウンと頷いていると、何故か少女からジト目で見られる私だった。解せぬ。

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