第436話あれーーーー?

 サキュバスメイドの報告を聞いた私達は、千景の元へ向かい城の廊下をひた走る。


 だが、そんな私達の行動を待ってくれる訳もなく、事態は進行している。

 その証拠に向かう先、千景を寝かせていた部屋の方から何かが壊れたような音が廊下に響く。


 ちっ!


 内心で舌打ちしながら、ギアを一段上げ更に加速する。その状態で廊下の角を曲がると、視線の先には武器を振り上げ、サキュバスメイドの一人に切り掛かろうとしている千景の姿。


 その状況を見た私は一瞬の躊躇も無く千景に向かい距離を詰める。


 くそ、武器になる物はあの部屋には置いていなかったはず。それにアレはあいつが持っていた刀だ。それも当然別の場所で保管してあった。

 所有者の呼び掛けに応えるタイプか。またはあいつ自身のスキルか。

 とりあえず他にも武器があると仮定する方がいい。

 メイドの子も腕に怪我はしてるが命に別状は無い。でもその割に壁にもたれかかって動かないのは傷のせいか?

 あの刀には力を感じなかったが、千景が持った今の状態からは異様な力を感じる。

 私もアレには触れない方が良さそうだ。


「させるか!」


「フッ!」


 遅れる事コンマ数秒、私に続き廊下を曲がりその光景を視認した澪と瑠璃は、千景に向かう私をサポートすべく即座に行動を起こす。

 澪は地面に手を付き力を発動すると、即座に千景とメイドの間に氷壁を作りメイドを守る。

 瑠璃はナイフを取り出すと即座に千景に向かい投擲した。


 その攻撃に気が付いた千景は自然な動きで二本を避け、一本を刀の柄で叩き落とす。

 しかしそれだけの時間があれば私が近付くには十分だ。


 体勢を低く、潜り込むように接近する私に向かい、ナイフを叩き落とした流れのままに鋭い突きが放たれる。

 眼前に迫る刃を視線を逸らすこと無く見詰め、最小の動きで頭を動かし紙一重で避けながら、更に加速する。

 千景もその動きに合わせるように後ろに飛んで距離を取ろうとするが、その程度のスピードでは逃げられない。


「くっ!」


 忌々しそうに声を漏らしながら、腹を狙う私の拳の目標地点に【結界】を張り、衝撃に備え歯を食いしばる千景。


「えっ──!?」


 だが、私の拳は【結界】に当たる寸前で蛇のようにぐにゃりと動き、想定していた場所を避け、獲物に食らい付くかのように千景の顎へと吸い込まれ顎を撃ち抜いた。


「ふぅ、大丈夫か?」


「は、はい。ありがとうございますご主人様」


 顎への一撃が見事に決まり倒れる千景を抱え、ゆっくりと地面に寝かせた後、壁にもたれかかっていたサキュバスメイドに手を貸して立ち上がらせる。

 傷を見れば、勇者の力でモンスターへのダメージが上がっているだけではなく、破邪系統の力が傷を蝕んでいる。


 なるほど千景の力は破邪か。

 モンスターに対してのダメージアップと回復の阻害効果もありそうだ。


 治療を行いながら傷の状態を確かめ、千景の力についての考察を進める。

 回復の阻害効果はあったが、今の所はそこまで強いものではないようで、私でも魔力を多く消費すれば治療は可能な程だった。


「しかしまたこいつはどうして暴れたんだ?」


「確かに千景ちゃんらしくはありませんね」


 私が治療を施していると、ゆったりと近付いて来た澪と瑠璃が合流する。

 目覚めた時にまた襲われないとも限らないので、治療の終わったメイドにお礼を言ってこの場を離れさせ、私は二人の質問に応える。


「まっ、しょうがないだろ。私達はもう普通の事だけど、人種から見ればサキュバスはモンスター枠。しかもそれが目を覚ましたら目の前に居るんだからな。それに部屋の内装にメイドを見れば王都に連れ戻されたと考えても不思議じゃないし」


「それもそうか」


「そうですね」


 そうならないように獣人、人間のメイド達に看病に当たる多くの時間を担当して貰っていたのだが、今日はたまたま日が悪かった。


「あの、ハーちゃんみーちゃん。千景ちゃんは敵に回ると思いますか?」


「さあな。王都でどんな情報を植え付けられているか分からない。まあ、その可能性も考えておくべきだろう」


「何はともあれ、このまま床に転がしててもしょうがないから部屋に運ぼう」


 千景を抱えて部屋に戻りベッドに寝かせると、アリシア達も先行した私達にようやく追い付き、何が起こったのかを説明する。


「うっ、んん」


「よっ、起きたか?」


 軽く脳を揺さぶっただけだからレベルもあるし、やっぱこれくらいには目覚めるか。


「白……亜……さん? 白亜さん!?」


「うむ。ハクアさんだよ。とりあえずまだ寝とけ、急に起き上がると辛いぞ」


「え、ええ、どうして……」


 予想通り目覚めた千景に話し掛けると、何やら結構前にやったような反応が帰ってくる。


 まあ、私って向こうでは死んでるからね。


 そこからはまた説明タイムだ。

 しかし、私が懇切丁寧にわかり易く教えていたら、何故か皆に説明を交代させられた。解せぬ。


「そう……だったの。うん。またこうして貴女達に会えて嬉しい」


「ああ、コチラもだ。とはいえ、こちらとしては喜ぶだけでは終わらせられないがな」


「ええ、そうね」


「目が覚めたばっかなんだまだ寝てろよ。身体だってまだ回復してないからな。無理すんな」


「そうもいかない。私達の……王都での事も──」


「いやいや。無理すんなよ本当に。お前の呪いを解いた人間が言ってんだから。主治医? 的な人間の言う事はちゃんと聞くもんなんだよ?」


「……」


「な、なんでしょう?」


「……もしかしてだけど」


「はい?」


「聞くの面倒だから後回しにしようとしてない?」


「いやいや。そんな事は無いんだよ?」


 ただちょっと私としても気持ちの準備が欲しいと思ったり思わなかったり? 今更王都とか聖国とか出てきたら面倒とか思ってないんだよ?

 出てくるとしてももうちょっと色々と片付けてからが良いかなーなんて、もしくはもうちょっと時間空けてくれたら私嬉しい。

 具体的に言うと後最低でも百話は伸ばしたいし、二百話位行っちゃっても良いんだよみたいな? もうこの際、散々引っ張ってなし崩し的に終わってくれるのも可能なんだよ!!


「こいつの事はいつも通り気にしなくていいからそっちの事を教えてくれ」


「酷くないかねその言い方!?」


「はいはい。ハーちゃんは向こうで静かにしましょうねー」


「一緒に向こうに行きましょうねご主人様」


「いやー! 本編ストーリーの進行はいやー! 私はサブストーリーを全部消化して、レベル上げてから本編進める派なんでい! 本編は楽に進めたいのー」


「……もう、相変わらずね白亜さんは」


「済まん。死んでも直らなかったらしい」


「ふふっ、あははははははっ! はぁー。ごめんなさい。でも、久しぶりに笑えた気がする」


「そうか。じゃあ辛いだろうが教えてくれ。お前は王都で召喚されたんだな?」


「ええ、そうよ。そして──」

 ▼▼▼▼▼▼▼▼

 千景の話は王都に召喚されてからアズサちゃん達を助ける所までだった。


 召喚直後の出来事、それから何をしてどう過ごし、何を吹き込まれたのか。

 流石と言うべきか私達がおよそ必要だと思った情報は、何も言わずともほとんど全て話してくれた。


 しかしまあ、やっぱりと言うかなんと言うか……。

 王都は私が思っている以上に真っ黒な所なようだ。これは……この間あった王都外周の事件も王族が仕組んだ線が濃厚っぽいな。


「──と、ここまでが私に起こった事。あっ、そういえばあの子達は!?」


「大丈夫。お前のお陰で二人とも無事だよ。んで、お前を回収するついでにこっちで保護もした。今は同じ年頃の子達と孤児院で暮らしてるよ」


「そう、良かった。後、さっきはごめんなさい。王都に……アルフィーナ達に捕まって連れ戻されたと思ってしまったの。あのメイドの人にも後で謝やらないと」


「大丈夫。私の方から言っといたから」


「ありがとう」


 さて、これからどうするか。


 話を聞き、少し考えた私は千景に質問にする。


「なあ? 千景はどうしたい。ってか、どうするつもりだ?」


「それは……」


「恐らくこの国自体が王都とは違う道を行く。でもそれは決して国同士の争いにするつもりは無い。だから、お前が学校の奴を全員助けたいと言うのなら手は貸せない」


「……」


「あの国は既に勇者を使って行動を起こしてる。その要である勇者を助けるという事は確実に矛を交える行為に繋がるからな」


「わかってる。私もそんな事を言う気は無いわ。命を助けて貰って戦火にまで巻き込むつもりは無いもの」


「そっか」


「それにどう考えてもそれをするには色々と足らない。私自身の強さもね」


 確かにその通りだ。

 全員が呪いに掛かっているのならそれを解呪しなければいけない。それだけでも無茶なのに、真の勇者とやらに選ばれた奴は、スキルを介さない洗脳だ。そんなものを解くにはどれ程の時間が掛かるのやら。

 そして事は私達の個人的な思惑だけで終わる話ではない。国家をこの世界を戦火に巻き込む程の覚悟が無ければ、全員を助ける事は出来ないのだ。


「じゃあ、とりあえずは私達と一緒に行動するって事で良いのか?」


「ええ、皆が良ければお願い出来る?」


「ああ、歓迎だ」


「はい。また一緒に頑張りましょう千景ちゃん」


 今後の事が決まった千景はその後皆にも挨拶すると、体力が尽きたのか眠りに就いた。


 うーむ。これからどうするかなー。

 まっ、本編ストーリーが進行しそうだけど明日の事は明日の自分に任せよう。


 そんな風には考えてみたものの、その後はイマイチ集中し切れない私だった。

 ▼▼▼▼▼▼▼▼

 翌朝、陽の光に照らされて爽やかな朝を迎えた私の目に映ったのは、絶景とも言える山と森、青い空を一望出来る空中・・からの景色だった。


 あれーーーー?

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