第422話ふむふむ。ラッキー

 その場に居た全員が息を呑む音が聞こえる。


 当たり前だ。


 商人が使う特別な契約書。

 お互いが契約の内容に同意する事で発動するこの特別な契約書は、平等の女神ナルノヒスの力を宿した魔道具の一つだ。

 魔道具の中では比較的安価に手に入るこの羊皮紙の契約書は、力のある商会は数を揃えている程信頼性のある物品だ。

 だが、安価にとは言えその値段はあくまでも魔道具の中ではであって安くはない。

 そしてナルノヒスの力が宿っているとはいえ、大抵はその眷族が裁定する事がほとんどで、実際に女神が出て来るなどそう多い事では無い。

 そんな存在が突然現れれば誰でも驚く。


 しかも、駄女神共と違って神威を抑えようともしてねぇし。


 神威は神が持っているオーラのようなものだ。そもそも存在自体が違うのだから、存在する。そこに居るだけで他人を圧迫する程の存在感があるのは当然と言えば当然だろう。


 駄女神共は私達を威圧しない為に出してなかったから、女神から神威を受けるのは初めてだ。


 うーむ。カーラの話ではナルノヒスが興味を持たない限り出て来ないって話だったけど、今回はそんな特別な事してないんだけどな。


 と、そこまで考えたら何故か眼鏡の奥、鋭利な光を宿す瞳で睨まれた。


 えっ、私睨まれる様な事しました? うーん。思い当たる節は全く無いな。あっ、また凄い目で睨まれた。解せぬ?


「ナ、ナルノヒス様が何故わざわざ……」


『私が裁定役では不服?』


「い、いえ。そのような事は……」


 目の前の光景をノペ〜と見ていたらふと思った。


 そう言えば女神でも眼鏡するのな?

 今までの登場者の中には居なかったし、ここで初の眼鏡キャラが女神とは……。

 しかし本当に女神なのに目が悪いのか? ……ハッ! まさかのキャラ付け疑惑。……有り得る。 


「ちょっ、ハクアさん。ハクアさん。ナルノヒス様が凄く睨んでる。物凄く威圧しながら睨んでますよ。なんか変な事考えてないですか!?」


「いや、何も」


 ヒストリアの言葉に答えると、女神がからの視線は更に強くなり、威圧は身体がビリビリするくらいに来てる。


 わぁ〜。視線で射殺されそう。


『はぁ、不満が無いようなら裁定を始める。契約の内容はさきの物に相違ない?』


「は、御座いません」


『貴女は?』


「無いよ。ああ、でも一つだけ。もしも賠償額を払いきれなかったらどうなるのかな?」


「ふん。そんなものはもちろん奴隷落ちに決まってる」


「……わかった」


 私の返事にヘグメスはニヤリと嗤う。どうやら一瞬応えるのが遅れた事が原因のようだ。


『……決まったようね。では、これより女神ナルノヒスの名の元に裁定を行う。契約の内容は記載の通り、双方の出した被害総額の差額の弁償。また、差額が払いきれない場合は奴隷落ちとする』


「異論ありません」


「同じく」


『では、ヘグメス側の被害総額を出しましょう。場所は──』


 そう言ってナルノヒスは私が爆破した場所を正確に言い当てる。

 するとそれを聞いたヘグメスはすぐ部下に指示を出すと、その倉庫に置かれていた品物の目録を用意した。


「女神様のお手を煩わせる積りは御座いません。その場所の目録ならこちらで把握出来ておりますので……。それで、私の倉庫以外の被害は?」


『無いわ。被害は貴方の倉庫だけ。間が1メートルしか離れていない隣の倉庫には、破片はおろか焦げ跡一つ無い。倉庫の中の物は跡形も無く全て無くなっている。……本当に上手く爆破したものね』


 お褒めに預かり光栄だなー。


 こちらを見ながら言うナルノヒスの言葉に、心の中でそう呟くと更に神威は強くなり、気の所為か殺気まで混じっている気がする。


 うん。善良な私が女神に殺気を向けられる理由が無いから気の所為だな。


 そして件の爆破の方法。


 実はこれが前に話した【暴喰獣】のもう一つの使い道だったりする。

 実はこのスキル、本体だったベルゼブブの分裂固体がやっていたように、自爆攻撃が出来たりするのだ。

 威力は作った際のMP依存。細かく指示をすれば爆風の方向までの指定出来る優れもの。

 しかしそれには更にMPがかかる。


 うん。優れものなんだよ。モンスター戦で使いたいなら、引っ付けて爆破すれば良いだけだけど優れものなんだよ……。


 そんな訳で今回私は、この能力を使ってヘグメスの倉庫だけを的確に爆破してみせた。

 しかもだ。『暴喰獣』に人払いの魔法陣を持たせて配置する事で、周囲の人を寄せ付けず、安心安全な爆破を心掛ける心配り。


 いい仕事したんだよ。


 因みに魔法陣を持たせて遠隔で発動&維持するにはMP消費が3倍になるのだが、きっと役に立つ能力に違いないんだよ……。

 澪達には微妙な顔されたけど使える能力なんだよ。多分……。


「──総額は白金貨2枚と金貨423枚、銀貨50です」


 ザワッという気配に顔を上げる。

 世の無常を感じながら考え事をしていたら、どうやらヘグメスの方で計算が終わったようだ。


 ふむふむ。ラッキー。


 私が調べた最新の相場と照らし合わせると、少し安くなっている。それを内心で喜んでいるとナルノヒスが物凄く冷たい目で睨んでいた。


『それは最新の相場ではない。最新は白金貨2枚と金貨750銀貨80。魔物素材の相場が最近は少し値が上がっている』


 それだけ言うとまた睨まれた。


 うーむ。流石平等の女神とか言われるだけの事はある。

 この女神は実に公平だ。その事柄が善悪に拘わらず裁定を下す。この女神が許さないのは契約に反する事だけなのだ。

 だからヘグメスがどんな事をしていても、私が悪くないとしても、決して私の味方という訳ではないのだ。

 だからこそ、最新の相場を測り間違えたヘグメスの金額ですら上方修正してみせた。


 その金額を聞いたヘグメスは更に口を歪め嗤う。声には出していないが、私を見る目は既に奴隷にした後の事を考えているような粘つくものだ。

 ついでに言うとエイラ達にも同じ視線を向けている。三人もそれには気が付いているのか気持ち悪そうだ。


『さて、それでは……次は貴女の番』


「はいよ」


 さてさて。仕掛けはしたけどどうなるかな。

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