第418話その言葉が聞きたかったんだよ

 うわ……どうしよう。吹き飛んだ扉がヘグメスの後ろに居た黒服二人に直撃しちゃった。ストライクだよ……。

 そ、そもそもがが来てるのに扉に施錠してるのが悪いと思うの。

 だから私は無実なんだよ。うん。


「貴様……なんのつもりだ」


 おっ、会話続けていいの? それなら家主の意向に沿うんだよ。


 吹き飛んだ扉が直撃し、一緒に吹き飛んだ黒服はピクピクと痙攣しているが、とりあえず生きているから放置が決定する。


 クレームは家主に言ってね? 私はどうするか一考はしたんだよ?


「何って、商人の所に来てるんだからお客様だよ」


 どうしようかと固まっていたが、話しが進んだのでズカズカと中に入り対面にあった一人がけのソファーに座る。


 ムムッ、これは……好みの硬さのソファーだぞ。

 沈み具合いが丁度良いし、背もたれの高さも中々……。これ流石にバレずに盗めたりしないよなぁ。

 売ってくれるかなぁ? オーダーメイドっぽいし難しいか……と、なると実力行使も視野に入れるべきだろうか。うーむ、悩み所だ。

 いや、この後を考えればあるいは行けるのでは?


「客とはまたふざけた事を言ってくれますね」


「ん? 何が?」


 人が真剣に考え事してる最中に話し掛けないで欲しいんだけど。


 ヘグメスは明らかに怒りを抑えているが、それでも口調を変えず敢えて丁寧に会話を続けている。


「何が? ではないでしょう。私の家を襲った其方の方々が君の仲間なのは調べが付いているんだが?」


「だが……ね。私はそれがなんだって聞いてるんだけど? そっちは問答無用でこいつ等を殺そうとしたんだ。襲撃受けたのは自業自得だろ?」


「こちらの被害はそんな詭弁で押し通れる程度では無いんだがね」


「あっそ。ところでさ……私の事を調べたなら当然私が転生者のモンスターだって事は調べ付いてんだよね」


「それが何か?」


 私の質問の意図を探るように聞き返してくる。

 後々バレるのは面倒なので私はその事を積極的に隠していない。アベル達の事を含め私の事も調べたのなら当然知っている情報だろう。


「まあ、私としては人間のつもりで行動してんだけどさ、例えばこういう所で意味も無く無駄に暴れたりしたら、いくらこの国のトップと知り合いでもモンスター扱いになっちゃうんだよね」


 実際これも事実だ。現にアイギスからは毎朝釘を刺されている。そう……毎朝だ!

 そんなに心配しなくても意味無く暴れたりしないから安心しても良いのに、私の信用は何処に行ったのだろう?

 そろそろコンビニを探して買いに行くべきだろうか? と思うのだが、コンビニで信用と信頼を売っていただろうか? きっとコンビニならなんでもあるから売ってるに違いない。


「で……だ。今アンタの目の前に居る私は、商談に来た会話の通じる人間かな? それとも……」


「「「ッ!?」」」


 突如として部屋中を埋め尽くした火球に全員が息を呑む。


「それとも、こんな所で魔法をぶちかます事をなんとも思わないモンスターか、ねぇ? アンタ目にはどっち映ってるのかな?」


「…………わかった。今回の事はこちらにも落ち度があった。君の言う商談に移ろう」


「ああ、良かったよ。アンタが理性的に話せる人間で、お陰で私もモンスターにならずに済んだみたいだ」


 自分で出した火球を霧散させながら肩を竦めてみせる。


 あ、危なかった。

 やっぱハッタリは不遜な態度と表情を変えずに堂々とするのが大事だね。


 実を言うと私の魔力はさっきまでの戦闘で既にスッカラカンだ。

 なので今出した火球も実は見せ掛けだけの物で、爆発してもこの部屋一つ満足に壊せない。なんならちょっと火傷するくらいの威力しか無い。


 いや、大きな音と強風程度の風が吹く程度かも?


 この場に居る人間で魔法を使えるのはこちら側だけ、相手側に魔法を使える人間が居ないのは入った瞬間に確かめたからこそ出来た脅しだ。

 その証拠に魔法を使えるエルザとヒストリアは、あの程度の魔法で脅しを掛けた私に呆れるような視線を向けている。

 因みにアベルは全く気が付いていないので後で説教カマそうと思います。はい。


 クソ。なにかも皆、ラインが予想外に多彩な技を使って大変だったから悪いんだ。思い出したらムカついて来たもう少し殴っておけば良かった。


「それで客と言っていたが何を買いに来たのですか?」


「それは勿論ウチの奴等が保護してた子だよ。まあ、状況からしてそこの子供だろうけど」


 視線の先にはこの場にそぐわない獣人の少年が、ヘグメスの手下に押さえ付けられている。


 うん。居場所がヘグメスの後ろじゃ無くて良かった。下手したら扉に巻き込まれてたかもだからね。


 少年の年齢は十代前半、小学生五年か六年ほどの歳だろう。

 髪は少し長めでボサボサの黄色い髪に黒が混ざっている。尻尾も同じ事から恐らくは虎の獣人なのだろう。

 大分やつれていて、ボロボロの服の上からでも栄養状態が悪い事はすぐに分かる。


 そんな少年はいきなり現れ、魔法で火球を生み出し、自分が絶対だと思っていた連中を脅しだした私に思考を停止させていたが、その言葉を聞いて暴れ始めた。


 あー、これはダメな奴だな。


「あ、あの! お兄ちゃんも、お兄ちゃんも助けて下さい!」


 あちゃー、やっぱりか。


「困りましたね。私も真っ当な商人として奴隷の要望にある程度応える義務がある。なのでこちらの奴隷は兄とのセット販売となります」


 まっ、そうなるよな。


 自分の望む展開にニタニタと笑いながら言い放つヘグメスに、視線で続きを促すと私の事を観察しながら言葉を続ける。


「そうですね。値段は……白金貨1枚と金貨500ですな」


「「「なっ!?」」」


「そ、そんな訳。ボクの価値は銀貨50にもならないって……」


 ヘグメスの提示した金額に全員が驚き、その反応に更に笑みを深め饒舌に語り始める。


「獣人風情が黙りなさい。貴様は知らないかも知れないが、商品の価値はその時々によって大きく変動する物なんですよ」


「だ、だとしてもおかしすぎるだろ!」


 その言葉にアベルが捲し立てるがヘグメスは耳も貸さない。


  まっ、当然だろう。最初から売る気も無いし、手元から離れるのは良くないからな。絶対に払えない金額を提示するのは当然だ。


「アベルうるさい。割引きや減額する気は一切無いって事か?」


「ええ、勿論ですとも。この商品は現在我が商会の所有する最高額の奴隷ですから、この値段を一切変えるつもりはございません」


 探るように言った私達の表情を読み、勝ちを確信したヘグメスはそう言葉を放つ。


 うん。その言葉が聞きたかったんだよ。


「なら良かった。じゃあ契約成立だな」


 金を取り出し机の上にダンッと乗せる。

 流石にこんな金額を即金で払うとは思わなかったのか、ヘグメスはしばらく呆けて慌てて金額を確かめ始める。


 私が欲しかったのは金額を吊り上げない保証だ。最初から売る気の無い奴隷を、言われた通りの値段で買おうとすれば、あれこれ理由を付けて金額を上げられる可能性もあったからね。


「た、確かに金額は揃っていますね」


「なら売買成立だね」


「この、調子に乗るなよ小娘が!!」


「止めなさい! これは正当な商売だ。契約書を持って来なさい」


「くっ、畏まりました」


 部下を押さえ込み、一見理性的に事を進めているが、その目には隠し切れない私への増悪が宿っている。


 まっ、それ込みでやってるんだけどね。


 その後は滞り無く契約が進み、少年の兄も黒服により連れられて来た。兄の方は何が起こったのか分からず混乱気味だがそれは無視だ。


 奴隷を買う際の諸々の契約事項に、奴隷が犯罪を侵した際の罰則等の注意事項も説明され、契約は成立した。

 屋敷を引き上げる際には勿論当然のように睨まれていたし、こうして歩いてる今も、後ろにはキッチリ後を付けている人間が居るのは把握済みだ。


 因みに獣人兄弟はガッツリと私の事を事を疑い、距離を空けている。


 うん。正しいと思うよ。


 そんな私が何も言わずに連れて来たのは街からは少し離れた郊外にある屋敷だ。


「あの、ハクア。私の記憶が正しければここにこんな立派な屋敷なんて無かったと思うんだけど?」


「うん。だって私がさっき建てたからね」


 エルザの言う通り、この屋敷はさっきアベルが寝ている時に私が急遽作った物だ。これがこの後の展開に必要な物になるのだ。

 そしてそれとは別に、一人でうんうんと頷き外からの出来に満足していると、さっき建てた発言を聞いた全員が何故か私の事を呆れた目で眺めるのだった。


 急遽で作ったにしては良い出来だと思うのだが? 解せぬ。

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