第396話引かない?
うむ。なんか良い感じの終わり方だったから最終回かと思ったよ。
現実はまだまだ続くようだ。無念。
そんな人間形態に変化したアラクネ師匠こと縫華は、速攻で自分の洋服を作り上げると、早くも【変化の腕輪】を使いこなし、髪色を様々な色に変化させて遊んでいる。
縫華……恐ろしい子。
まあ、そんな冗談はさておき、もう使いこなすのは普通に凄いな。
変化のスキルは癖が強い。
私も一度使ってみたが、イメージが正確に定まっていないと失敗するし、人間なら人間、後は犬、猫なんて具合に大まかな変化しか出来ない。
しかも一度変化すると姿は固定で、柴犬になった後にダックスフンドとかには成れないのだ。
それにモンスターにも変化は出来るのだがこれにも制限が存在する。
例えば私がアラクネに変化したとする、私の場合は糸を作るスキルがあるから糸を出せるが、澪や瑠璃が変化しても、出せる肉体にも拘わらず糸は出せない。
このように変化は見た目だけのもので、能力面などは全く反映されないのだ。
まあ、反映されたらぶっ壊れスキル確定だけどね。
そしてもう一つの問題それが──。
「やっぱ歩きにくい?」
そう。普段の姿とかけ離れた変化は、身体が上手く動かせないのだ。
まあ、当たり前だけど。
とはいえ、長らくモンスターとして生きていたが、その前の人生では人間として生きていた経験から、二足歩行自体には直ぐに慣れたようだ。
しかし、そのステータスを存分に活かす動きはまだまだ出来ていない。この辺は時間と練習が必要だろう。
とりあえずこの森での移動はアラクネモードで、その他の時には人間モードで過ごすという事になった。
人間モードに少しでも慣れて、早く街の中を見て回りたいらしい。
くっ!? 何年もモンスターやって森の中に居たのにウインドショッピングだと!? なんだその可愛い小物や、洋服見て回りたいって女子の発想。
私なんて初期しか森に居なかったのに、飯以外の事なんてほとんど興味無かったぞ。
これが女子力の差というものか……。
私が縫華の女子力に戦慄を覚えていると、何やら澪と瑠璃が呆れた目でこちらを見ている。どうしたのだろうか?
「いや、どうしたのじゃないだろ」
「ハーちゃん。縫華さん仲間にしたならそろそろ行きませんか?」
「……お、おう?」
「……アベル達の所だぞ」
「な、なんでわざわざ言うのかな? 覚えてますよ。当然ですよ。私が忘れる訳無いじゃん?」
「……お前と言う奴は本当に集中すると……まあいい、分かったから早く行くぞ」
「そうですね。昨日までの様子ですとそろそろ森から出れそうですしね」
「待って! 全く信用してないよね? 本当に覚えてたんだよ。本当なんだよ」
「あー、わかったわかった」
それ絶対信用してないやつだよね!? まあ、忘れてたけどさ!
そんなこんなで、もうすぐ森を抜けそうだというアベル達の元へ。
全員木の上を伝って飛ぶように移動していく。
身体能力が向上しているから出来るけど、地球では出来なかった動きだよね。
アニメや漫画の忍者のような動きだ。
そして当然、縫華はアラクネモードな訳なのだが……。機動力がやべぇ。
他のアラクネも全てそうなのかは知らないが、とりあえず縫華の機動力はやばい。
蜘蛛の脚を器用に使いこなし、それぞれが別々のベクトルの力を伝える事で、私達では出来ない絶妙なコントロールで空を駆ける。
しかも両手から糸を出して、空中で細かく自在に方向転換までしている。
私もやるけどあそこまで細かな動作は出来ないんだよ。
そんな訳で、移動しながらアベル達の動向を探りつつ索敵を行い、縫華の移動方法を見ながら、アラクネ独自の身体の使い方を学んでいく。
澪や瑠璃もさっきまでと体重移動が違ってるから、縫華の動きで応用出来そうな部分は盗んでいるようだ。
「あちゃー。最後の最後に油断したね」
「おい、やばくないか?」
「うーん。ギリギリ間に合わなそうですね」
と、ようやくアベル達に追い付くという場面で事件が起こった。
アベル達も森の出口を視認したのだろう。
そこで緊張の糸が切れた。その結果、今まで細心の注意を払って避けて来た、モンスターの警戒網に最後の最後で引っ掛かってしまった。
しかもコレ……。
「ブレードマンティスとブラッドグリズリーの両方を引っ張ってますね」
「丁度お互いの中間地点抜けようとしたみたいだな。しかも、両陣営共に群れだな」
「最後の最後に大当たり引いたなぁ。持ってるのか持ってないのか」
「いや、確実に持ってないだろ」
「芸人としては当たりという可能性も……」
「無いですよ」
呑気に話しているが事態は刻一刻と破滅に向かっている。
群れに見つかったアベル達の今の体力では、森の出口まで辿り着く前にモンスターに襲われる。
それでも必死に走っているが、ブラッドグリズリーが回り込む方が早いし、後ろは後ろでブレードマンティスが囲んでいる。
正に絶体絶命だ。
「ドウスル?」
「うーん。障害物が無ければ間に合うんだけど、この中で最高速度出すとなぁ」
木に当たって私がパチュンしちゃう可能性がね。そうじゃなくても着いた頃には私が血塗れに……。
「仕方ない。ここは新技を披露する場面か」
「そんなんあるなら早く出せよ!」
「そうですよハーちゃん! もう持ちませんよ」
「引かない?」
「……あー、うん。そんな感じのなのな。どうでもいいからさっさとやれ」
「投げやり過ぎません!?」
でも、本当に時間が無い。
私達が着くまでには早くても三十秒。
しかし今私の視線の先では、アベルがブレードマンティスの鎌を受けている真っ最中だ。
手に力が入っていない、もう十秒も持たないだろう。
しゃーないやるか。
使う魔法はライティング。
後方に発動すると後ろから私達を光が包み込む。そして当然、私の影は木の影も伝って光の速さで一気にアベル達元へと辿り着いた。
「【影繰り・黒犬】」
私が呟いた瞬間、影の中から四匹の犬の形をした影が飛び出し、ブレードマンティスの首や鎌、胴や脚に噛み付いた。
今まさにアベルの頭に鎌を振り下ろしていたブレードマンティスは、何が起こったのか分からずに、噛み付かれた勢いそのままに吹き飛ばされる。
だがそんな黒犬達を全てを、別の個体のブレードマンティスの鎌が襲い両断し、黒犬が胴体を真っ二つにされた。
──だが、その瞬間、両断された黒犬の胴体から、テニスボールのような大きさの黒い何かが大量に飛び出し、近くに居たブレードマンティスに襲い掛かる。
両断された黒犬の姿はもう無い。
その全てが黒い何かに変わり、黒犬を両断したブレードマンティスを黒い塊に変える。
数瞬、もがくように動いていたブレードマンティスは、次第に動きが鈍くなり、十秒も経たない内に魔石だけ残して姿を消した。
そして、ブブブブブッと音を立て、羽でその身体を浮かしながら、黒い何か……蝿の王 暴食のベルゼブブの群体が、モンスターへと襲いかかった。
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