第376話クソっ。厄介にも程がある!

 相当強い……。けど、さっきの黒オーガと同等か少し強いくらいか。問題はどんな魔法を使えるかの方だな。

 このレベルになればオリジナルの魔法に手を出していない方が珍しい。

 魔法次第ではステータスや実力を大幅に超える可能性があるから面倒なのだ。


 それに──。


 少なくともコイツの存在に私が気が付いたのは黒オーガが【鬼気】を発動した時だ。あの時、急激な力の高まりに一瞬気配が漏れ出た以外は完全に気配を消していた。

 それだけでもコイツの実力が知れるというものだ。


「くくっ、まさか気が付いていたとは思いませんでしたね」


 いきなり現れた男は、フードの奥から覗く妖しく光る眼光でこちらを見据えながら、身体を揺らしクツクツと嗤っている。


「手前ぇは何もんだ?」


 そんな男にダグラスがドスの効いた声で問い掛ける。

 すると男は、待ってましたと言わんばかりにフードを外し、大仰に両手を広げ一礼しながら名乗りを上げる。


「私は深紅の災禍が一人 クログスト=アークと申します」


 ノリノリだなー。


「深紅の災禍……だと」


 ダグラスはそう呟くと息を飲み、他の面々も一様に驚き恐怖に身を竦ませている。


 ……有名人? この場で知らないのはもしや私だけ?


『シルフィン:深紅の災禍とは邪神や魔神、魔王などを信奉し、過去に封印された彼等を復活させようとしている狂信者達ですよ』


 ……ふむ。つまりは自殺志願の迷惑集団?


『シルフィン:大体合ってますね』


『エリコッタ:それで良いんです?!』


 なるほど。


「で、そんなのがなんでこんな所に居るんだ?」


「ふっ、そんな事をわざわざ話すとでも──」


「ふむ。大方この辺にお前らの求める物の封印でもあったのか」


「何故貴女がその事を……!?」


 全員の視線が私に集まるが注目されても困る。


 普通に考えたら分かるだろ……。


「くひひ。どこでどうその情報を知ったのかは知りませんが、貴方方を生かして帰す訳には行かなくなりましたね」


「アホかお前。最初から生かして帰す気なんざねぇじゃねぇか」


「いえいえ、そんな事はありませんよ」


「ハッ! オーガと戦ってる最中もずっと殺す隙を窺ってた奴がよく言うね」


「おや、気が付かれていましたか。どうりで戦っていないそちらの方も隙を晒さない訳だ」


 しかし……、邪神や魔王なんざ本当にここに封印されていたのか?


『シルフィン:何故です?』


 それにしてはここのモンスターが弱過ぎる。

 黒オーガは別として他のモンスターは、ゴブリンとホブゴブリンだぞ? そんなもんが封印されていれば、モンスターどころか、ここがダンジョンになっていてもおかしくないだろ?


『エリコッタ:多分、反転封界のお陰だと思いますです』


 反転封界? 何その新要素。


『エリコッタ:どちらかと言うとホコリ被るくらい古い術式です』


『シルフィン:核となる物を使い邪神や魔王などの、強力な力を有した相手を封印する為の物です。ある一定以上の力を反転させその力で封印を施す結界ですね。副次的な効果として、強力な相手ほど周囲にも影響を及ぼします』


 なるほど。強力な相手を反転封界を使って封印したから、ここもそんな物が眠っててもダンジョン化しなかったのか。どうりで……。


『シルフィン:あっ、因みにですが原理としては貴女が今開発している、相手の魔力を跳ね返す結界と同じようなものですよ。まあ、反転封界のほうが遥かに高度で複雑ですが』


 私の奥の手開発がバレてる……だと!? しかも使ってもいないのにネタバレされた!?


『シルフィン:ふふ、それを使って私の結界を抜こうと考えていたようですが、残念ながらその程度では私の結界は抜けませんよ。それにガダル戦で使っていた【虚空】も私の結界の前には無意味ですよ。層ごとに波長を変えていますからね』


 クッソ! 使えそうだから練習続けるけど、いつかぶん殴ってやるからな!


 〈お二人共、そんな場合ではありません〉


『ハクア&シルフィン:あっ、すいません』


 まあ、この間の事が原因だとしても、異様に数が多かったのも、アイツが隠し持ってる物を持ち出したからか?


『エリコッタ:恐らくそうかと思うです。反転封界自体は既にほとんど廃れた技術で、ハイエルフの王族や龍種、精霊種くらいしか使えないので久しぶりにみましたけど、間違い無いと思うです。そしてそれを持っていると言う事は……』


 復活させる為にアイツがここで何かしていた。そしてその過程でゴブリン共が増えたって事か。


『シルフィン:それであってると思います』


「くふふ。貴方達もここで絶望の果てに死に、この昏き水晶の糧になっていただきますよ。見て下さいこの美しい輝きを。あと少し……あと少しで復活される」


 そう言ってクログストは懐から仄かな黒い光を放つ水晶を取り出し、恍惚とした表情で水晶を掲げる。


 アレが封印された物? その割に……。


 〈どうかしましたかマスター?〉


 いや、確かに水晶から嫌な気配はするんだが……。なぁ? あの水晶が本当にそうなのか分かるか?


『エリコッタ:すみませんです。こちらからでは詳しくは……、魔の力が強過ぎて、今もハクアさんと話すので手一杯です』


 むぅ、そうか。


 私が女神達と話している間にも、ダグラスがクログストに話し掛け、少しでも情報を引き出そうとしている。直接情報を引き出すのはダグラスに任せ、私はクログストを注意深く視る。


 その瞬間、ゾクリ……と冷水を背筋に直接浴びせ掛けられたような悪寒が走る。


 今、目が合った・・・・・……。


 クログストに魔法を使う気配が無いかと【魔王眼】を発動した直後、私は確かに目が合った。

 しかし──。


 今私は一体何と・・目を合わせた?


 クログストは私を見ていない。

 情報を引き出そうとしているダグラスの思惑通り、饒舌に自らが行っていた人々の恐怖を集める方法を語っている。

 嫌な予感がする。

 衝動に突き動かされ更にクログストをもっとよく見る。観る。視る。


 ゾクッ。


 そして私は──その中に居た何かと再び目が合った。


 あれはヤバい。水晶なんかよりもヤバい。


「お前……なんだ?」


 口をついて出た言葉。


 その言葉にその場の全員が不可解な顔をする。当然だ。クログストはずっと目の前で大仰に語っていた。

 それを目の前で聞いていてこんな言葉を言われれば誰だって不可解に思う。

 だが、この反応。


 コイツ、自分で自分の中の存在に気が付いてない!?


 ”そうか小娘。貴様やはり我を認識しているな”


 その声が私の頭の中に響いた瞬間、クログストの中に居る何かの力が膨れ上がり、水晶もまたそれに呼応するかの如く妖しい光を明滅させ、一際大きく輝きを放った。


「くふふ、くははははははははははは! 遂に、遂に邪神様が復活なさる。おお! 私にも力をお分け下さるのですね! 力が、力がみなぎって来る! この力があればばばばば、すすすべべぺおおおお、あががががめめめ」


 膨れ上がった力は内側からクログストを強化していった。だが──その強化は留まる所を知らず、クログストは次第に人の姿を保てなくなっていく。

 ローブが弾け、筋肉が魔力によって肥大する。そしてボコリッと異質な音を立て、肩が、腕が、足が、腿が、腹筋が、背筋が次第に膨れ上がり、内部からの圧力に負けるように弾けては、内側からまた新たな肉が膨れ上がる。

 それはまるで沢山の蛆が増え続け、互いを貪り合っているかのような異様な、怖気の走る光景だった。


『エリコッタ:ハクアさん! それの正体が分かりました。それの正体は──』


 グジュリ……。


 そんな音を立てて、人だった筈の肉塊から産まれもの。


 蝿の王 暴食のベルゼブブ。


『シルフィン:ハクア! 今からベルゼブブの情報を与えます。良いですか! ベルゼブブの特性は──』


 ……それならなんとかなるか? 駄女神、──は出来るか?


『シルフィン:なるほど。相手が邪神ならば私も力を貸せます。そしてその質問はイエスです』


 ……随分と分の悪い賭けだ。でも、その価値は十分ある!


【魔王眼】の力で弱点属性は火だという事は調べがついている。

 本来なら【神語り・フェンリル】を使った方がダメージは通りそうだが、火が弱点ならば奥の手がある。


「《綴る 我が身に宿りし邪竜の呪いよ 蒼炎蝕み黒炎と化せ》」


 ベルゼブブの頭上に無詠唱で作った蒼爆を黒い炎が蝕み、蒼い炎の塊を、黒と蒼が混ざり合ったマーブル模様の状態へと変化させ、二回り程大きくなる。

 だがここで終わりでは無い。


「《黒き炎よ 邪竜の怒りよ 我が身を砕きその力を示せ》【犠牲増幅サクリファイスブースト】」


 頭上に掲げるように差し出した腕。

 その腕から滲み出るように黒い影が生まれ、まるで竜のような姿を形取る。そして、竜はそのあぎとを開くと、私の差し出した腕を思い切り噛み砕き、私の腕をグチャグチャに圧し折る。


「いっ……ぎぃ、あぁぁあぁ!」


 しかしその直後、黒蒼の炎はその勢いを急激に増し、十メートル程の直径へと変化した。


 これが【黒炎】のもう一つの能力。

 自身の身体を代償に捧げる事で、自分の力を超える威力を引き出す事が出来るのだ。

【自己再生】や【HP自動回復】が無ければ出来ない技だが、幸い私にはそれがある。だからこそ使う事が出来るスキルだ。


「くらいやがれ! 【黒蒼こくそう堕星おちぼし】」


 私が手を振り下ろすと、その動作に付随するように黒と蒼のマーブル模様の星が落ちる。

 全ての魔力を込めたこの一撃は、アリシアのフレアノヴァにも勝るとも劣らない程の威力を誇る。


 星がベルゼブブに触れる直前、またもベルゼブブと目が合った気がした。

 激突と同時に、黒と蒼が入り交じった炎の柱が立ち上る。自分で生み出した物だが、その熱量は近くに居る自分自身をも、焼き尽くすかの様な熱量だ。


「くっ!?」


 炎が収まる。


 その中からは黒く焦げ、蝉の抜け殻の様に固まったベルゼブブが居る。


「……やったのか?」


 またも余計な事を言ってくれたアベル。

 そのフラグを回収するかの如く、ベルゼブブの殻は剥がれ落ち、中から無数の蝿がその複眼の全てで私の姿を捉える。



 それは獲物を見る捕食者の目。



 その目が物語る。



 お前は自分に喰われるだけの餌なのだと。



『シルフィン:行きますよハクア。私に続けなさい!』


 分かった!


『シルフィン:《世界創りし最高神の名において  御身の力を譲り受けん》』


「《我が魂を奉り御身の力をこの世界へ表さん 神なる守護よ その力 我が身を持ちて 今この場を神域とせん》」


 駄女神の言葉に続き詠唱を口ずさみ、それと同時に地面に手を置き、ゼーゲンの腕輪を通し駄女神の力を地面に浸透させて行く。


『ハクア&シルフィン:《【神域結界】》』


 私達の声が重なり地面に浸透させた神力がこの広間を包み込み、目の前で今まさに飛び立とうとしている化け物を、逃がさない為の結界が展開される。


『シルフィン:神の力を得ようと、私の力を貸そうと、魔物である貴女の力では、完全に封印する術式は扱えません。ですがその結界内でならば、ベルゼブブの力を削ぎ、貴女の要望通り展開した貴女が死なない限り、今のベルゼブブでは突破出来ない檻が出来る筈です』


 サンキュー。後は私が出来るかどうかだな。


『エリコッタ:もう一度確認です。ベルゼブブは邪神と言えどそこまでの力はありません。ですが特性である【暴食】と【群体】は恐ろしい効果を持っています。モンスターを喰らえば喰らう程力を増す【暴食】。そして数万に分裂する【群体】は効率的にその力を効果を発揮します。分裂個体には一体の統率個体が居ますが、それを倒しても別個体が居れば即座に役割を引き継ぎます。ベルゼブブを完全に倒すには、全ての分裂個体を倒すしか方法がありません』


 クソっ。さっきも聞いたが厄介なのにも程がある!


「ダグラス! アベル! お前ら二人で全員を死ぬ気で守れ!」


 ダグラスとアベルには私が使えるバフを全て掛け、その他の全員には防御系のバフを全力で掛ける。

 だがその瞬間、私を狙っていた蝿の群れが私の身体を呑み込んだ。


「ハクア!」


「ネロさん!」


「ネロちゃん!」


 私を呼ぶ声が聞こえるが、正直そんな物に構う余裕は全く無い。

 一匹一匹は強くはないが、それでもアベルと同じくらいの強さは持っている。


 そんな物が数万。


 そして、私の身体に纏わり付く蝿は死骸に集る虫のように私の身体を喰いながら、至る所から身体を喰い破り、全てを喰らい尽くそうと内部に侵入を試みる。


 くっ!? 舐めんな!!


【疫牙】を使って顔周辺の蝿を噛み砕き、視界を確保して思い切り叫ぶ。


「《唄い語れ 神装・フェンリル》」


 普通ならば集中状態でなければ効果を発揮しない。

 だが、テア達の助言でキーワードをトリガーに、フェンリルモードに変身する事が出来るのだ。

 最初は変身ヒーローっぽくて嫌だったが、こんな状況に陥ればやっておいて良かったと心底思う。


「うっらぁぁ!」

 

 迫り来る無数の蝿を【疫雷爪】の一振で両断する。


「さあ、駆除してやるよ。ベルゼブブ!」


 こうして何故か邪神との戦いが始まったのだった。

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