第373話さてと……じゃあ続きを話そうか?
洞窟の奥。
ゴブリンに捕まり二人が連れて来られたその場所には、自分達の前に連れて来られたであろう女性の亡骸が複数、もしくは暗くて良く見えないが、見えている以上の数の亡骸が打ち捨てられるように折り重なっていた。
──それはあたかも自分達がこれから辿るであろう未来を物語っているかのようで、最初にそれを見たヒストリアは半狂乱になって抵抗した。
だが、魔法の補助をする杖を奪われた魔法職など、いくらゴブリンと言えど数の暴力の前には為す術など無かった。
そして当然それはダリアも同じだった。
そもそも魔法職であろうと無かろうと、レベルが低く今までアベルに頼りきった戦いを続けてきたダリア達にとって、アベルが居ない状況など考えた事すら無かったのだ。
更に追い討ちをかけるようにヒストリア同様武器を奪われてしまえば、ただの子供でも倒せると言われているゴブリンとて、簡単に倒せる相手ではなくなってしまう。
一、二匹ならばなんとかなっただろう。──が、自分達を取り囲むように位置する何十体ものゴブリン。それらの後ろに陣取り、自分達を見て笑って楽しむホブゴブリンまで居ればどうしようもない。
だが──それでも二人は絶望と恐怖から必死に抗い抵抗し続けていた。
それがゴブリン達にとってはただの余興に過ぎない抵抗だとしても、どうしても諦める訳にはいかなかった。
最後に見たあの光景──。
自分達を常に守ってくれていたアベル。
昔とは変わってしまったが、それでも自分達を大切にしてくれる所だけは変わらずにいた幼馴染を放っておく訳にはいかない。
それだけが二人を常に恐怖へと叩き落とそうとするゴブリン達へ抵抗する唯一のものだった。
──だが、そんな抵抗も遂に終わりを迎える。
「きゃあっ!?」
「ヒストリア! あぐっ!?」
自分達を見下ろす醜悪な笑顔と不気味な嗤い声。
そして遂に自分達の抵抗する姿に飽きたホブゴブリンが、ゆっくりと二人へと近づいて行く。
ゆっくりと手を伸ばしながら近付いて来るホブゴブリン。──だが、その手が自分達へと到達する事は遂に訪れなかった。
何故ならホブゴブリンが二人へと後一歩と迫ったところで、天井が爆音を立てながら崩れ去りホブゴブリンを押し潰したからだ。
何が起きたのか分からずに呆ける二人。
「いやー、ケホッケホッ。ここまで脆いとは計算外」
そんな切迫した状態だった二人の耳に場違いな声が聞こえてくる。
そしてそんな言葉を発した人物。
ネロと名乗っていた事ある毎にアベルに意見していた邪魔者の同行者。アベルの興味を常に引いていた気に食わない女が土煙の中から現れた。
「よっ、まだ無事だったみたいね」
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自分が崩落で作った土煙の中から出ると、ダリアとヒストリアの二人が呆けた顔をしてこちらを見詰めている。
服の様子、怪我の具合、ゴブリン達の包囲具合から見ても中々良いタイミングだったようだ。
こうね。ゴブリン系の陵辱モノなんて創作物のイベントスチルだから良いんであって、実際に見たい訳じゃないからね。
いくら理不尽な扱い受けてイラついてたからってそこまでを望むほど私も鬼ではないのだよ。
まあ、新米の鬼神で種族的には鬼だけど……。に、しても間に合って良かった。これも全部カイル君のお陰だよなぁ。
しかし、一番良い働きしたのが結局非戦闘員の素人とかどうよ?
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「カイル君!」
あの時、別れた際には居なかった猪の背に覆いかぶさったカイル君は、一目で重症だと分かる状態だった。
クソっ、アクアが居ればなんとかなるが私の魔法じゃ間に合わん。しょうがない。
魔法での回復を諦めた私は、成分を分析して量産しようと目論んでいたフルポーションを取り出し身体に掛ける。
うーむ。流石お高い薬だけあってこのレベルなら直ぐに傷治ったな。まさにファンタジー世界の光景、後は私の魔法で体力を回復させればOKと。
魔法でのHP回復を始めれば、その頃にはダグラス達が私に追い付き、治療する私の側へとやってくる。
「大丈夫なの?」
「ああ、危なかったけどフルポーション使ったからね」
「フル……って、そんなの使われてもお金なんて無いわよ!?」
「いや、流石に取らねぇよ」
命掛かってんだからたかが金貨五枚程度……。ああ、普通は程度ではないか。
「しかし、向こうの状態が気になるな……」
「まあね。っと、気が付いた?」
「あっ……ネロ……さん? ハッ! アベルさんが皆が!?」
「一旦落ち着いて。向こうに向かいながら話を聞かせて。ダグラス」
「了解」
「エイラはこっちね」
「えっ? きゃっ!?」
カイル君をダグラスに背負わせ、私はエイラをお姫様抱っこ状態で移動を開始する。
スカートだからこっちの方が持ちやすいしね。そしてダグラスよ、こっちの方を羨ましそうに見るな。これは私の役得だ!
アベル達の元への先導はなんとカイル君を背負って来た猪。
まさか猪に道案内される日が来るとは……人生何があるか分からない。ある意味で一番のファンタジー体験かもしれない。
道中で聞いたカイル君の話は実に酷い物だった。
非戦闘員の半強制的な協力、警戒の無さ、加えて安全性の欠如。
カイル君の視点からの話だけでこれなのだから、実際その場に居たらもっと目に付いていたのは想像に難くないだろう。
「僕が……、僕がもっと強くて役に立つ冒険者なら」
「それは違うよ。君は冒険者でもないのにそこまで背負う義務は無い。むしろそれはアベル達の方にあった。それなのに君を危険に晒し、あまつさえこうやって私達の元に君が来た事で、向こうが危険な状態にある事が分かった。これは本来ならアベル達の誰かがやらないといけない最低限の基本だ。それを君がやっただけでも十分な成果だよ」
「ネロさん?」
あっ、やべ。口調変えるの忘れてた。まあ良いか、ここまで来たら直す必要も無いや。
「その通りだな。お前は誇っても良いくらいだぞ坊主。遊び半分のアイツらよりも余程しっかりやってるくらいだ」
「でも、僕をダグラスさん達の所まで運んで来てくれたのは
マジかよ賢いな異世界の猪!?
「それも含めてだよ。最初に言ったよね。君は非戦闘員で私達には君を守る義務があるって、それなら怪我を治すのは当たり前。それに君は、怪我をしただけで私達の元に来たのは猪の判断だと言ったけど、それも全て君の力だ。君の仮契約の力がこうやって全てを繋げた。生き残ったのも、助けを呼べたのも君は自信を持っていい」
「……ありがとうございます」
これは世辞でもなんでもない本心からの言葉だ。
本当に彼はアベルなんぞの元に居るのは勿体無い。上手く行けばアベル如きすぐに超えるぞ。
「カイル君。君は今、文字通り死ぬような体験をして来た。それでも冒険者を目指す?」
「……はい!」
「それはなんの為?」
「僕は昔、両親を亡くしました……」
「うん」
「そんな僕を……僕達を神父様やシスターが教会で育ててくれたんです。だからずっと恩返しがしたくて……漠然とそんな事を考えていたある日、アベルさんが動物と契約出来る子供が居ると言う噂を聞いてやってきたんです。そして自分の所で冒険者として修行すれば良い。と、こんな僕を教会から買い取ってもう一年も仲間に加えてくれました」
カイル君の言葉にエイラ方を見るとバツの悪そうな顔をしている。
つまりはそう言う事だったのだろう。
「だから、僕はいつか立派な冒険者になって、アベルさん達にお金を返し、僕を育ててくれた教会に恩返しがしたいんです」
「そうか……。もう一つ、それはアベルの元でないと駄目な事なの?」
「そう言う訳ではないんですが、こんな僕を拾ってくれたアベルさんにもちゃんと恩返しがしたいんです」
「それは……」
もう十分過ぎるほど恩は返せてる。そう言おうとした私だが何かを見付けたカイル君の言葉に声を遮られる。
「見えました! あそこです!」
猪の先導の元進んだ先には洞窟が見え、カイル君が指を指してアレが目標地点だと示してくれる。
すぐに突入しようかとも思ったが一度洞窟前で立ち止まる。
「どうした? 行かないのか」
「時間が惜しい。悠長に探索している暇も無いし構造を先に調べる」
ダグラスに告げた私は再び魔領を使い洞窟内部をくまなく調べる。
「どうだ?」
「ダグラスお前はこのまま突入だ。少し進んだ所に広い空間がある。そこに恐らくホブが一匹と小型が四匹、それと魔力量からしてアベルが居る。基本一本道だから迷う事は無い。道中にあるのはゴブリンが通る位の小道だけだし、今は敵はいないから可能な限り早く。私の居場所はリングで分かるから後から追い掛けて来てくれ。カイル君はこっちで預かる」
「分かった」
打てば響くような返事と共にダグラスが一気に駆けて行く。
「私達はどうするの?」
「中は一本道だけどだいぶ曲がりくねってる。んで、調べた結果あの二人はどうやら結構奥まで連れて行かれたみたいでね。今囲まれてるみたい。だから私達はショートカットするよ」
「「ショートカット?」」
二人の疑問には応えず影魔法で二人を掴み、その場から風縮を使い一気に跳躍する。
そして空中に【結界】で足場を作り、先程調べた二人が居る地点へと角度を調整すると、【結界】を蹴り目標目掛けて一気に下降する。
二人の悲鳴が後ろから聴こえるがそんなものは気にしない。
ダンジョンにもなってないようなただの洞窟。そんな物をショートカットしたいなら入り口を自分で作れば良いじゃない。
と、言う訳で突貫!
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と、現在に至る訳だが何故に私はこの状況で暴言吐かれているのだろうか?
「アンタなんかが来たって意味無いって言うのが分かんないの! なんで早く強い冒険者を呼びに行かないのよ!」
いや、誰も来てないからこうなってんだから考えろよ。私達ですらギリギリのタイミングなのに、誰か呼びに行ってたらそんな事を叫ぶ余裕もねぇぞ。
「それにカイル! よくも私達を置いて逃げたわね!」
「ハァ……馬鹿かお前? 最初からカイル君は非戦闘員と何度も言った筈だ。それをこんな所で危険に晒したうえに逃げただ? ふざけるのも大概にしておけよ」
「こ、これは私達パーティーの問題よ。アンタには関係──」
「ここに私がこの短時間で来れたのは全部この子のお陰だ。お前らはそれを噛み締めろ愚か者。つーか、ギーギーギーギーうるせぇ!」
「ギギャ──」
珍しく私が真面目に説教してるのに、ギーギーとうるさいゴブリン数体を風魔法の鎌鼬で切り裂き、私を殴る為に走り寄ってきたホブゴブリンを裏拳一発かまして首を吹き飛ばす。
「「ヒッ!?」」
「チッ……とりあえずお前らの説教は後だ。エイラ、カイル君もそこから動かずにじっとしてて」
「は、はい!」
「わ、分かったわ。これ【結界】? 嘘、こんな数と強度見た事無い……」
何やら呟いているがどうでもいい。
私を囲んでいるのは良いが既に腰が引け始めているゴブリンを見回す。
隠れてるのも含めてゴブリンが二十五、ホブゴブリンが四匹か、なら──。
「後がつかえてるから取り敢えず殺られとけ」
それだけ言うとアースニードルを広い空間全てを埋め尽くすように作り出す。魔法抵抗力がほとんど無いに等しいゴブリンとホブゴブリンは、一瞬で私が出した円錐状の石に串刺しにされ全て息絶える。
「さてと……じゃあ続きを話そうか?」
一応気を遣って怖がらせないようにニコリと笑ったら全員に引かれた。何故だ? 解せぬ。
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