第304話ただの夢だからです!
とある部屋の中、私はある人物と手を繋いだ状態で向かい合う。
「どうかな?」
「……凄いですわハクア様。これなら本当に大丈夫です」
そう言って私に向かい妖艶に笑うのはリコリスだ。
最初こそこんな口調ではなかったが、実験を繰り返し親睦を図って行く事で態度が軟化し、こんな感じのお嬢様口調になった。実はこれが素の喋り方らしい。
子持ちにも拘わらず、いや! 子持ちだからこその色気と溢れ出る母性! それに加えてお嬢様口調まで完備とは……サキュバス、恐ろしい存在だ。
リリーネにもこの遺伝子が働けば良いが、今現在がああだから難しいか? ……まあ、あれはあれで私は好きだが。ボンキュッボンだけが評価される世界などいらないのだよ!
そんな事を考える私の前では、リコリスが自分の腕に着けている腕輪を興味深そうに触ったり眺めたり観察していた。
そう、実はあのリコリスの着けている腕輪こそ、私が研究を続けていた作品だ。睡眠時間と堕落を削り、トリスに怒られ、トリス呆れられ、トリスにウザがられた末に完成させた品なのである。苦労したぜ。うん、私がだよ?
あの腕輪がどういった物かと言うと、繰り返し行った実験の結果判明したサキュバスの吸う精気の正体と効果、死に至る原因を理解、把握してその軽減、増幅を行う補助魔道具なのである。
まあ、簡単に言えば精気として吸われるMPと気力の消耗を抑え、吸われた際に感じる体の異常を出ないようにする効果がある。
実際に言えば吸われる量は十分の一、摂取した精気を十倍に増幅すると同時に、他者の精気の吸収を効率良く行えるようにするアシスト機能が付いているのだ。
ここで詳しく説明すると、前述の通り精気とはMPと気力の複合の事で間違い無いようだ。
しかし、だとすると一つ問題がある。
それが、高位の冒険者なら持っている自動回復系のスキルだ。もしも吸われるのがMPと気力だけだと言うのならどんなに吸われた所で高位の冒険者は、滅多に死ぬ筈が無いのである。
にもかかわらずサキュバス達に聞いた所、今までも高位の冒険者から精気を吸いとった事があるが、本気で吸いとれば殺す事は出来たと言うのだ。
そしてそれこそが謎を解く手懸かりになった。
サキュバス達にとっては精気は吸う物。しかし、吸われる者達にとっては吸われるのではなく、削られると言った方が正しかった。
コップとその中に入った液体を想像してみて欲しい。
本来吸われると言うのはコップの中の液体、つまりはMPと気力を勝手に飲まれてしまう事だ。だが調べた結果分かったのは、サキュバスの行為はコップ自体を上から少しづつ削り中の液体を飲んでいるのだ。
だから当然、MPや気力が自動で回復したとしても、溜まるべきコップが削り取られ小さくなっているのだから溜まる訳が無い。
だからこそ、精気を吸われた時に倦怠感を感じたが、これはコップが小さくなる事で溢れたMPや気力が飽和状態となり、体を逆に蝕む事になった結果起こる症状だったのだ。
とはいえ、削られたコップが戻らないのかと言うとそういう訳でも無い。
精気を多少吸われるだけならば半日もあれば元に戻り、限界ギリギリまで吸われても三、四日あれば治るのだ。しかし、この間に何度も吸われれば少しづつ弱っていきやがて死に至る。
そして更に相手と交わる行為の場合は、どうやらこの削れ方が更に大きくなるらしい。むしろコップを壊す事で果てる瞬間にその中身を全て残さず吸収している感じのようだ。
因みにこれらの事は捕まえたゴブリンで試した事で判明した。もちろん変な事はしてないよ? やったのは同調して夢を見せる事だけです。コップを壊す云々の話は私の実験により自身の行為を把握したリコリスの談である。
と、それらの事を踏まえて作ったのがこの腕輪なのだ。
因みにあの腕輪を着けて殺すまで精気を吸い取ると、むしろサキュバス側がキャパオーバーになる程だ。全員分の腕輪を作った私はこれらの事も伝えてようやく計画の第一段階を終える。
これで安心して次の段階に移れるようになる。
計画の第二段階はもちろん同調して夢を見せる訓練だ。これにはまたもやゴブリンを使った。沢山いるからね。
それと平行して私はカーラにある事を頼み準備を始める。
腕輪の完成から更に一週間後。
訓練を続けた甲斐もありサキュバスの皆は見事、全員淫夢を会得する事が出来た。
その間もリコリスを始めとした何名かの魔力の扱いに長ける子にある仕事を手伝って貰う。
それから三日後、私達はアリスベルの歓楽街手前の土地の一画に新しく出来た店の中で、外に並ぶ大勢の人を眺めていた。
そこには十商経由で宣伝し、歓楽街とも連携したお陰で噂が噂を呼び沢山のお客様が並んでいる。実はリコリス達にはこの店を始める前に、デモンストレーションとして何人かの人間にお試しのサービスをして貰ったのだ。
そしてその全ての仕込みが実を結び成果として私の前に現れているのだ。
私はそんな皆の前にいつもの仮面を着けて姿を現す。
「あーあー、んっ! え~と。皆さん本日は当店のオープンにお集まり頂きありがとうございます。ここは【夢の館】旅の疲れ、日頃の疲れを癒す為の休憩所でございます。もう既に何名かの方は知っているでしょうが、当店では性的サービスは一切行っておりません」
その私の言葉に集まった客の一部がザワザワと騒ぎだす。まあ、私の後ろにはビッシリとスーツを着たエロい秘書が居るからね。気持ちはわかるよ。うん。色気が飽和してるよね。
色々とある衣装を試しで着てる中、少しおお! と、思ったら目敏く見付けて「これにしますわ」ってほほえみながら言われたからね。リコリス恐るべし。
「この【夢の館】で提供するサービスはただ一つ。私の使役する魔物。サキュバスによるお望みの夢でございます」
そこから私はこの【夢の館】のシステムを説明していく。
まず、うちの店は基本的に普通の歓楽街の店の半分程の値段で利用出来る、一時間ほどの休憩所として存在する事。
一日に二度三度と続けての利用は無し。ポイントカード有りで貯まると歓楽街の一部店舗で割引が適用される。連続の来店は三日まで、四日連続のお客は遠慮して貰う事になっている。
そして店員であるサキュバスへの一切の行為の禁止。この店の安全性を事細かに話した上での同意書を最初に貰う事になっている。
その後は基本の個人面談による夢の内容の把握、夢の登場人物の容姿や性格、シチュエーションの選択をした後に、担当にベッドに案内され一時間の夢を見せて貰える。いや、魅せて貰えるのだ。
最大の肝は夢は見れるが身体的に満足出来る程ではない事だ。その為、この店を利用した後に歓楽街に行く人間も多くなる事だろう。
何よりそう言って歓楽街の店を黙らせたしね。既得権益を侵しても良い事無いしね?
そしてなりよりも──
「ここまで店のシステムについて説明して来ましたが私の言いたい事は一つだけです。この【夢の館】はあくまで好きな夢を見れるだけの休憩所! どんな夢を見たいのかは、店員が把握した後はお帰りの際にお客様の目の前で焼却されます。そして勿論この館は、男性だけでなく女性の方にも利用して頂きたい!」
私の熱弁が辺りに響き渡る。何事かと立ち止まって聞いていた人、最初から来ていた人、遠巻きに様子を窺っていた人、その場の人達の大半が私の言葉に耳を傾ける。
ふふふ。身振り手振りを加えて簡単な同じ内容を繰り返す。そして何より大事なのが言い切る事!
これぞ相手を
「なりよりも。これはただの夢で浮気ではありません! 何故ならこれはただの夢。ただの夢だからです!」
その瞬間、音を無くしたかのような一瞬の静寂後、都市を揺るがすような熱狂が辺りを包み込む。
「では、【夢の館】オープンです。初回故に少々お待ち頂きますが、今日入れなかった方には整理券もお配りしますのでどうぞ当店をお楽しみ下さい」
こうして私の新しいお店【夢の館】がオープンしたのだった。
「……なんと言うか、バカばっかだな」
「まあ、ハーちゃんが力を入れる事ですからね」
後ろの親友二人の声は熱狂に紛れ私の耳に届かない。
因みに、この時の私の演説はここ十数年で一番の盛り上がりを見せた瞬間だったそうです。
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