第242話「見付かると面倒では無いですか?」

 そこは真っ暗な空間だった。


 ハクアが女神空間と呼ぶ場所は、精神世界の様な物なのでその空間を作った者なら好きな様に変えられる。


 その証拠にシルフィンが指をパチンッ! と鳴らすと、真っ暗な空間は草原へと変わり、何も無かった場所には突然テーブルが現れ、その上にはお茶と茶菓子まで、女神達の人数分の椅子と共に現れた。


 突然現れたそれらの物に驚く者は居らず、全員がさも当たり前の様に席に着くとシルフィンが話し始めた。


『シルフィン:本当にお久し振りですね二人共。まさか貴女達とハクアが知り合いだとは思いませんでした』


「ええ。そうでしょうね。貴女がスカウトの為に白亜さんを狙っているのに気が付いて隠れてましたから」


『シルフィン:隠れる必要無く無いですか!?』


「見付かると面倒では無いですか?」


『シルフィン:はぁ、まあ良いですが、地球での生活はどうでしたか?』


「そう……ですね。幸せでしたよ。あの子達の成長を見守るのはとても楽しかったですから」

「ああ、私もだ。しかし、あの子は本当に良くあれだけの情報で私の事を正確に捉えられた物だ」

「ええ、さそうですね。流石彼女が「自分とは違いあの子は本当の天才なの」と、言っていただけありますね」


 心の存在はハクアが推察した通り過去の功績と現代の信仰より生まれた神だった。


 現在の神の存在は大まかに分けて三種に別れる。


 一つは既存の神々、神話体系から信仰と力を持った古き神々。


 一つは全く新しく生まれた神々、ゲームや漫画の中で決められた役割を持って産み出された概念の神々。


 一つはその二つの性質を持った神々、過去の偉人の功績や行いが偶像となり、天災や疫病までが擬人化し、その行いや起こった事がコンテンツにより神格を得て神々へと名を連ねた者達だ。


 因みにハクアは知らなかったが、最後の神々の信仰とはいわゆる流行りである。人間にとってはコンテンツなどただの流行り廃りで在るが、概念の神々と違い個人や特定の現象の擬人化の存在で在る為、人の流行り廃りが神格にダイレクトに響き、完全に忘れ去られれば消失してしまう可能性すら在るのだ。


 その為、流行りが廃り力を著しく喪った神々が古き道具を依り代として、存在の格を落として消失を免れた物こそ、日本で良く耳にする九十九神と呼ばれる物の正体であった。


 こうした九十九神が日本に昔から多いのには訳が在る。


 それは日本にも神はいるが海外よりも多岐に渡り様々な神を祀って居た為、マイナーな信仰では神各を保てなかったのだ。そしてそれは今現在、アニメやゲーム、漫画に形を変えて続いているのだった。


『シルフィン:しかし、二人共無茶をしましたね? 世界を渡る時にあの猫族の子を庇ったせいで、見た目と違い中はボロボロでしょう? 神水を用意しました。これで少しは楽になる筈ですよ』


 そう言ってシルフィンは、ガラスで出来た小瓶を二つ取り出しテアと心に手渡した。


 神水とは、その名の通り神の力が交ざった回復アイテムである。

 本来は精霊や一部の妖精等の秘薬として作られる物だが、シルフィンが手渡した物には自ら力を注いだ物。その効果は同じ名の本来のアイテムよりも回復量は段違いだ。


「ありがとう」

「ありがとうございます」


『イシス:それで? 貴女達はこれからどうするの? 無理矢理世界を渡った影響で、もう力はほとんど残って無いでしょ? まあ、例え力があっても下界では神は手を出せないけど』


「私達はあの子達を鍛える事を優先する事以外は考えて無いな」


 心がそう答え、受け取った神水を飲み干すと、改めてシルフィン達に視線を向ける。そしてテアもまた探る様に女神達に向かって話しを切り出す。


「シルフィン貴女達に質問があります」


『シルフィン:なんですか?』


「先程の白亜さんの質問……本当に誰もあの場には居なかったんですね?」


『シルフィン:その筈です。しかし、お二人もお分かりでしょうが絶対では有りません』

『ティリス:えっ? そうなんですか?』

『ブリギット:私達はハクア達に注目していただろう? 見逃しが無いとも限らない』

『クラリス:それに、神の眼を逃れる方法も幾つか在るわ。それは各国の重鎮達だって使ってるもの』

『シルフィン:何か在るんですか?』


 シルフィンの問い掛けには答えずテアは顎に手を当てて考えこみ、更に質問を重ねる。


「ではシルフィン。あの子の……白亜さんの死に不振な点は有りませんでしたか?」


『シルフィン:どう言う事です?』


「率直に聞く。あの子の死に神は関わっていないか?」


『シルフィン:……それは、私がハクアを殺した……と?』


「いや、それが出来ないのもお前がそんな事をしないのも知っている。だが、何かあの子の死に疑問は無かったか? 私達二人は後になって現場を見ただけなんだ。白亜を異世界にスカウトする為にそれを見た可能性の在るお前の話しを聞きたい」


 異世界に行くには幾つか条件が在る。


 一つは勿論召喚だ。異世界に居る者に召喚され呼ばれる事で世界を渡る。


 次に在るのは迷い込む事。世界は遠いいが同時に近くもある。そしてその次元の歪みや綻びに何かの拍子に入って仕舞うと、異世界へとやって来てしまう事が在る。


 そして最後が転生、女神による直接のスカウトだ。


 これには幾つかのルールがある、その一つが死亡した人間に限ると言う物だ。直接スカウトするにはその人間が死んでからでなければならない。 これは神による強引なスカウトをさせない為だ。


 他にも、先に目星を付けてもスカウトは早い者勝ち、マーキングの付け方等々の細かいルールが存在する。


 それを破るとスカウトが出来なくなるのだ。


『シルフィン:そうは言われましても。あの時は私も焦って居たので……』


「焦って……ですか? では、やはり白亜さんの寿命はまだ残って居たんですね」


『シルフィン:確かにそうですが、お分かりの通り絶対では在りませんよ?』


 テアが聞いた通り神は人の過去、現在、未来を見る事でその者の大体の寿命を知る事が出来る。だが、シルフィンの言う通りそれは絶対では無い。


 何故なら人の未来はそれこそ、形の無い水の様に容易にその形が変わってしまうからだ。


 食べた物、些細な行動や言動、それこそたった一言で未来は簡単に変わる。だからこそ的中率は決して高いとは言え無い。


 シルフィンは確かにハクアに目を付けスカウトしようとしていた。だが、シルフィンの調べた限りではハクアの死はもっと先の未来の筈だった。そしてあの日、ハクアが寝坊する事もその後に学校をサボりゲームを買いに行く事もシルフィンは知っていた。

 そしてシルフィンが知らなかったのは、その帰り道でトラックに轢かれて仕舞うという事だけだった。


 あの時、シルフィンはそれが突然起こり動揺した。何故? と、言う思いも有ったが、人の未来の移り変わりも知っていたシルフィンは、即座にハクアの魂を確保する為に行動した。


 さっきも話した通り、神はめぼしい人間を見付けその人が死んだ時にスカウトする。だが、死んだ時にと言っても簡単な事では無いのだ。

 何故なら同じ時同じタイミングで死んでしまう者など、それこそ世界中に沢山居る。そしてそれは人に限った事でもない、そんな中から目当ての魂を見付けるのは容易では無いのだ。


 だからこそ生きている内にマーキングするのだが、下手にマーキングすると、自分しか見つけていない有望株を他の世界の神にも知られてしまう。そんなスカウトの駆け引きもしなければならない。


 当然シルフィンも寿命がまだ先まであると思い、他の神に見付からない様にハクアにマーキングはしていなかった。

 そんな折ハクアが事故に遇い慌てて確保に向かったのだ。と、シルフィンはテア達に語った。


『エリコッタ:じゃあ下手をしたら、ハクアさんを確保出来たのは他の世界の神だったかも知れないんですね?』

『シルフィン:ええ、気が付くのが遅れたら見付けられない所でした。ですが、それがどうしたんですか?』


 シルフィン達の話しをじっと聞いていたテアは、その問いかけにゆっくりと口を開く。


「実は……私達は白亜さんが死んでお嬢様も澪さんも居なくなった後、白亜さんの事故現場に行きました……そこで、極僅かですが魔力の残滓を見付けたんです」


 その一言に女神達の顔が驚愕に染まる。


『ティリス:ちょっ! ちょっと待ってください! それって……』


「ああ、あの子は、士道 白亜は何者かに殺されたんだ。それも魔力を使える者に事故に見せ掛けて……な」

「偶然かとも思いました。たまたま向こうの世界のいざこざで、とも……ですが、先程の白亜さんの話しを聞いて、もしかしたら……と」


『シルフィン:つまり、私がハクアをこの世界に確保すると知った上でハクアを殺し、その人物もまたこちらの世界に居る。と?』


「私達は君が白亜を見ているのを知っていた。そこに起こったあの事件と不自然な勇者召喚。それがあったから無理矢理こちらへと渡って来たんだ」

「これはあくまでも私達の考えた可能性の話しです。ですが……もしもそれが当たっているのなら、あの子達が生き残る確率を少しでも上げる為に、あの子達は強くならなければいけません」


 テアと心の話した内容に、シルフィン達女神は言い様の無い悪寒を覚えるのだった。

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