第217話「ギャース! 何をする!」
澪の背中を肉ライニングチェアにしながら考える。
まあ、しょうがないよね?
こんな言い方をするのは色々と問題が在る気がしなくも無いがしょうがなかったのは確かだ。
そもそも、明確に魔族の側に付いて居ただけでも下手したら殺されてた。
ポツリポツリと澪から今聞いた限りでも、復讐に取り付かれ自らの力に溺れた人間がいきなり改心するとも思えない。更に言えば今回彼を助けずに殺したのも、彼がマハドルとの契約をしていたからだ。
澪から聞いた話しだが、彼がマハドルと交わしていた契約は澪の物とも違う物だった。澪の物と違い裏切れば直ぐに毒が回り、三十分程で死に至る物だったらしい。更に言えば、この契約は交わした相手が死んでも発動するらしいのだ。
だからこそ彼はどん詰まりだった……。
最初の段階で終わっていた……。
私やましてや澪だって魔族の側に付いた事をとやかく言う気は毛頭無い。だってそれは、人が必死に掴んだ生きる為の糸だったから。
人を騙し、殺し、裏切り、敵になった所で構わない。
私達だって誰かの為に自分の生を諦めろと言える様な立場では無いのだ。
だからこそ彼のした事はひどく正しく人間的で、順当な答えだったと私は思う。
ただ、それでも私が言えるとしたら自分が変質してしまったのなら、後戻りが出来ないと分かっていたのなら、彼は元の世界の平穏を求めるべきじゃ無かった。
変質したなら変質した自分の願いに生きるべきだ。
きっとその原因は澪だろう。
もう会う事も無いと思っていた澪が自分と同じ様に、けれども自分とは違い元の世界と変わらずに現れた。
だから、彼も変質していたにも関わらず、元の世界の日常を求めたんだと思う。
そして、それがどうしようも無い程歪む切っ掛けになったとも……。
だからこそ、澪が彼と出会った瞬間から澪に出来る事は無かった。在るとすれば澪も彼と同じ様に変わる事位だろう。
澪にもそれは分かっている。だが、それで納得出来るほど人は高性能には出来ていない。
理性で感情を抑えるのは難しい。特に人との関係という物となれば尚更に……。
本当に……本当に人間は面倒臭いと思う。
けど、人にとってそれがとても大事な事なのだという事を、私は元の世界で尊敬する人に教えて貰った。
繋がりは人を強くもすれば弱くもする。守るべき盾にもなれば傷付き、傷付ける矛にもなる。救う為の薬にもなれば狂わせる為の毒にもなる。それでも求めるのはきっと人が弱いから何だと思う。
委員長こと児嶋君。
彼の事は私でも知っていた。
流石に五年も同じクラスになり、しかも連続でクラス委員長になれば私でも名前を覚えると言うものだ。
……まあ、高校に入って澪がそう話してたからだったけど。
だが、彼を私が覚えて居たのはそれが理由では無かった。その理由は、澪自身彼の事をわりと気に入って居たのを知っていたからだ。
澪は、はっきりと言えば一人で何でも出来る。だが、澪は一人で全てをこなす事を良しとしない。それは何も私の様に面倒だから等では無く、人が努力し成長する様が好きなのだ。
だから生徒会長何て物をやって、周りの人間に仕事を割り振り成長させるのが澪の趣味の様な物だった。
でも、世の中の人間何て物はほとんどが私と同じ様に怠惰な物だ。
出来る奴に任せれば良い。
やりたい奴に、やってくれる奴に、学校というコミュニティの中なら尚更にそういった人間は居るものだ。
それでも澪程の人間目当てなら、良い所を見せようとして必要以上に仕事を抱え様とする人間や、逆に澪を嫌いわざと仕事を放棄する人間何かも居た。
そんな中、彼は言ってしまえば平凡。勉強も運動も社交性もほどほど、そんな感じだった。
人は自分が劣っているとは思いたくない。特に好意を寄せる相手にならば尚更だろう。
それでも彼は澪に対し卑屈になり仕事を任せたり、良い所を見せようと抱え込む訳でも無く、やるべき所はキッカリとやり、自分で抱えきれない物に関しては任せる所は任せる。そんな当たり前の事を精一杯やっていた。
それを澪の側に居た私は知っていた。だから、私自身彼の事は好感が持てた。澪もきっとそこが気に入って居たんだと思う。
彼とは違い恋愛に対する好意を持っていた訳では無いだろう。それでも、多分クラスや学校の中では一番そういう対象には近かったのかな? とも思う。
私はチラリと後ろを覗き今はもう凍り付き、もうこれから先ずっと動く事の無いクラスメイトを見る。
見付けた当初は毒に苦しみ苦悶の表情を浮かべていたが、澪の氷は最後の最後に全ての感覚を奪い去ったのだろう。今彼の顔は憑き物が落ち昔の私が覚えている彼の顔になり、まるで眠るかの様に凍り付いている。
最後の最後に想いを伝え苦しまなかったのなら、私達が出来る事としては最上級だろうと思う。
ふむ。私も少しらしく無い……かな?
そんな事を思いながら、もう少しだけ澪の背中に体重を掛けると──いきなり退かれた。
「ギャース! 何をする!」
私は思い切り仰向けに倒れ背中と後頭部を強打する。
痛い! 地味に痛いよ!
「何時までも人に体重を掛けているお前が悪い」
だからっていきなり退くとか!
うぅ~、と唸りながら睨むと手を貸して起こし上げてくれる。そして、聞こえるかどうかの小さな声で「ありがとう」と、言った。
その後、勇者を倒した事で澪のギフトは少し強化されて氷の強度が少し上がったらしい。私は私でスキルを使って児嶋君を回収しておいた。
ぶっちゃければ前回と違い抵抗は有ったが、勇者に付いてはカリグが何やら動いているので、利用される状況は出来るだけ作りたく無かったのも事実だ。そんな訳で澪にも確認を取り、児嶋君を取り込んだのだった。
まあ、私も生き残る為には強くならないとだしね? 故人の為何てのは余裕がないとどうにもね?
勿論ヘルさんは何も言わずに最後まで私達に付き合ってくれた。
流石出来る女である。
そして私達は皆の戦っている戦場へと急いで向かうのだった。
「ヘルさん、向こうの状況分かる?」
「外のモンスターは粗方退治したようです。刻炎、暁、フープは多少の被害があり何人かが下がっているようです。冒険者は現在戦いに参加しているのが1/4程ですね。後は怪我の為同じく下がっているようです。死者も今の所は数名しか出ていません」
「思った通り以上に優秀だな。このままなら行けるか?」
「魔族は?」
「討伐が確認されているのは十体の内の六体です。マハドルは未だ健在です」
「そっか」
「どうする。一度アレクトラ達と合流するか?」
「いや、時間が惜しい。このまま戦場に突入して捜そう」
「わかった」
「了解です」
方針を決めた私達は更にスピードを上げ急ぐ。しばらく進むとようやく砦が見えてくる。私達はスピードを落とさず戦場の上を飛び仲間達と合流を果たす。
「三人とも!」
いち早く私達に気が付いたエレオノが私達に近付き皆も駆け寄ってくる。フロストと結衣ちゃん、フーリィーも一緒だった。
「すいません先輩達。倒し切れませんでした」
「無事なら良いよ」
「ミオ様もご無事で何よりです」
「あぁ、お前の方も魔族を倒したみたいだな」
「はい、現在居場所の判明している魔族三体とフープ、刻炎、暁の上位者がそれぞれ戦闘中です。ランクの低い冒険者並びにステータスの低い物は外のモンスターを、中位の物は砦内部の捜索に当たらせています」
「そうか苦労」
「ハッ!」
澪に報告していたフーリィーが澪に労われると右肘を曲げ左胸に拳を当てながら姿勢を正す。
これがこの世界の敬礼かな? にしてもコイツすっかり騎士団掌握してやがるな。
そんな事を思っていると、ドガァァア! と一際大きな音が響き、その音源に目を向けると砦が崩れているのが見える。
「なんだ!?」
「何……アレ?」
「ウソ……」
そこには、砦を破壊内側から破壊した高さ50メートルは在りそうな巨大な人影が立っていた。
「帰りたくなって来たゴブ」
ホントそれな!? わかりますその気持ち!
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