第216話愛しの白亜さんの重みでも感じてれば良いと思うよ

「貴様罪人か?」


 そう聞いてきた男に信也は必死で事情を説明する。それは何も男を信じた訳でもなく、ましてこの男なら自分を一言で救ってくれると思った訳でも無い。


 男から溢れ出る他者を威圧する空気に自身の死が頭を過る。男の機嫌を損ね殺されない様に信也はただただソレを振り払い説明を続けたのだった。


 信也の話しが終わると男は一言「そうか」と、言って何かを考え始める。何十分にも感じた物は時間はおそらく数秒程の時間しか経っていなかったのだろう。それでも今、まさに死の淵に立っている信也に取っては永遠に感じられた。


 そして、男の口にした言葉は信也の想像を越える物だった。


 男の名前はマハドル。人間や他の種族の敵たる魔族だと名乗った。そのマハドルは信也の力を自分の為に使えと言ってきたのだった。


 幾つかの条件も提示された。従えば気に入った人間や物などは優先的に回す事、自分の部下として優遇するって事、そして何よりも共に召還された勇者や自分達を勝手に召還し、身勝手に自分を放り出したロークラの人間達に復讐する手伝いをしてくれる事、これを聞いた信也には是以外の答えは無かった。


 この時の信也には殺される立場から一転、自分を裏切った奴等に復讐する機会を与えられた事は何よりも行幸だった。


 ……それが恐怖と憎しみから来た考えだとも気が付かずに。


 それから信也はマハドルと契約を交わし共に行動した。


 信也が受けた契約は澪の物と違い、契約を違えると体に毒が回り苦しんで死ぬという物だったが、どうせ死ぬ運命に有った信也にとって、契約さえ守れば良いだけの物ならばもはやあまり関係無かった。


 信也の仕事は主にマハドルの意に沿わぬ魔族をギフトを使い仲間に引き込む事が仕事だった。


 そして、その仕事が一段落しようやく集めた戦力を半ば放置されていた砦を奪いそこに集めた頃、信也に取って思いもよらぬ事態が起こった。


 同じくマハドルに使えていた魔族クシュラが、信也達とは別行動で違う仕事をしていたのは知っていた。

 そしてそれが人間自体も配下に加え互いに争わせようという物だとも聞いていた。だが、そこに自分が思いを寄せていた相手、安形 澪が居るとは思っても見なかった。


「どうして……」


 その姿を見つけた時思わずそんな言葉が漏れてしまった。


 その言葉が聞こえたのか澪がこちらを見つめる。そしてあの今となっては懐かしさすら覚える教室でのやり取りの様に、あの頃の笑顔のままで話し掛けてくる。


「お前もここに居たとはな驚いたぞ児島。長年クラス委員をやらされて今はこんな所に居るとはな。どうやらお互いツキは無いようだな。それでお前の立ち位置は何だ?」


 探るような目をした彼女を見た瞬間、信也は彼女もまたこの状況では誰も信用できなくなっているのだと悟る。そして同時に、今の自分の立場と力なら彼女を助ける事も出来るのではと考えた。


 彼女はクシュラの潜入した国の人間と共に行動していた。きっと彼女も良いように使われているだけなのだ。と、自分にとってあまりにも都合の良い考えが働く。


 だから信也はこれまでの事を話した。


 ロークラでの出来事、勇者としての自分の力、その後の兵に殺され掛けマハドルに助けられた事、そこからマハドルと共に行動しどれだけ自分が彼に役立ったのかその全てを、丁寧にゆっくりと内心の興奮を抑えながら。


 僕は強くなった。


 もうあの頃の様に誰かに理不尽を押し付けられるだけじゃない。


 ここでなら君を守れる。


 弱かった何も無い僕では釣り合わないけどここでなら──。


 僕は、君の事を守りたい。


 そんな思いを言葉に乗せて澪に語る。澪はただ黙ってそれを聞いてくれた。


「そうか……」


 何も発せずただ聞いてくれていた澪は話が終わると一言そう言った。


 通じた。解ってくれた。自分が勝手な理由で奪われたもう戻ってこないと諦めていたあの幸せだった日々が戻る。そう信也は思った。


「お前は溺れて仕舞ったんだな……」


 この言葉と顔を見るまでは……。


「えっ?」


 意味が解らなかった。理解が及ばなかった。ただ信也の目には今まで見た事が無い、悲しげな澪の顔が一瞬写った気がした。だが、それも直ぐに元の何時もの顔に戻る。




 …………それ以降、彼女が信也に笑い掛けることは無くなった。




 何がいけなかったのか、どうすれば良かったのか、ただ必死に生きてきた。それだけなのに彼女は何も言わなくなった。あの笑顔ももうずっと見れていない。


 彼女は自分が死ぬ事を望んでいたのか? 魔族に屈する事がいけなかったのか? 色々な考えが頭を過る。


 そして、澪が砦に来てから幾ばくか過ぎた頃、人間が砦を襲う計画を建てている事を知る。マハドルはその作戦を逆に使い、挟撃しようとしている人間を片方ずつ潰す作戦を練る。


 勿論信也にも役割が回って来た。そして、信也はマハドルに願ってしまう。それが、今までの自分と完全に決別してしまう言葉と思わずに、この作戦が終わったら澪が欲しい──と。


 そして、信也は役割通りに騎士国の人間達を奇襲して壊滅状態に追い込み撤退させる事に成功する。


 これで、これでまた元通りに──そう思って砦に帰った信也に澪の裏切りが伝わる。


「何で……何でだよ……」


 報告を聞き信也は思った。彼女はきっと一緒にいる国の人間に騙されているのだと。そして、そんな彼女を救う為に一時的にでも自分のギフトを使う事を決意する。


 しかし、そんな決意は直ぐに消える事になる。翌日向かってくる人間に差し向けるモンスター達を待機させ居た所に、空から特大の氷柱や炎が降り注ぎ至る所で大小の爆発が起こる。


「うわぁぁぁ!」


 鳴り響く爆音、降り注ぐ致死の攻撃、飛び散る血液に信也の頭は一瞬でパニックを起こす。側に居たモンスターを盾に何とか建物に避難するが、そこも直ぐに火の海に包まれる。


 何とかしなければ──と、考えるが体は動かず頭もまともに働かない。そうこうしているうちに近くで起こった一際大きな爆発の爆風に煽られ信也は意識を失ってしまった。


 気が付いた時には何時かの様に目の前に立つマハドルと無数の死体が散乱していた。


 ひっ! と息を飲む信也。


 マハドルも冒険者も信也が起きた事には気が付いていない。そう思った瞬間信也の足は勝手に動き、マハドルと共に行動する事で上がっていたステータスをフルに使い砦から逃げ出した。


 怖い。死んでしまう。嫌だ。嫌だ。死にたくない。死にたくない。早く逃げなきゃ。


 頭を支配するのはそれだけだった。


 何も変わらない。変わっていない。自分は弱いままだった。


 信也は泣きながら逃げた。生きる為に、死なない為に、マハドルとの契約が在る事も忘れて……。


 レベルと共に上がったステータスは信也を砦からかなり離れた所まで逃亡させた。


 ここまで来れば……そう思った瞬間、信也は体の力が抜け無様に顔から倒れ込む。何故? 何が? 力の入らなくなった体を必死に動かしながら考える。そして、その答えは激痛となって現れた。


「いっ、あぁぁぁあぁあ!」


 痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。


 埋め尽くされる思考。その激痛の中自分の首元が光りを放っている事に気が付いて、その段になってようやく自分が契約を違えマハドルの事から逃げたしたのだと悟る。


 違う。そうじゃない。逃げて無い。裏切って無い。違う。違う。違う。僕は何も悪くない。


 痛みが激しさをまし体が震える。


 痛みはあった。だが、頭の中に何かが響き痛みが少なくなった気がする。それと同時に、他人事の様に自身の終わりが近いのだと悟る。


 痛みが振りきれたのか、毒が体に回り何も感じなくなったのかは分からない。だが、地獄の様な苦しみから解放された信也は何が悪かったのかを考える。


 それは、信也がここの所よく考える事だ。


 ロークラでの出来事、その後の出来事きっと色々あった。でも多分その何れもが違う。そして、きっとそれは──彼女の笑顔を見れなくなったあの時が、引き返す最後の時だったのだと信也は思った。



 音が聞こえた。



 少しの動きで痛みが体を襲う。

 それでも信也は必死に顔を動かし音の方を向いた。そこには、機械の羽根を生やした銀髪の人形の様に美しい少女、白い髪に片目の部分だけ壊れた仮面の少女、そして、この世界に来て変わった水色の髪をした少女、安形 澪が目の前に立って居た。


 何処かでこうなると思っていた。自分と彼女はきっとこうなると。だから信也は安形 澪が自分を殺しに来たのだと確信した。


 痛みはあった。だけど最後くらいは頑張ろうと思った。だから、必死に痛みを堪えて立ち上がる。彼女は何も言わない、あの時の様にじっと自分の事を見ていた。そして、立ち上がるのを確認すると一言。


「お前を殺しに来た」

「うん。よろしく安形さん」


 こう、答えると彼女は少し驚きの表情を作った。そして懐かしむ様に、苦しむ様に、悔しそうに、様々な感情をごちゃ混ぜにした表情をして。


「やっと、だな。遅すぎだ馬鹿者……」


 何が、とも言わず、何を、とも聞か無い。


 きっと彼女はこの世界で、本当の意味で僕の事を僕以上に知っていたからあんな顔をしたんだ。


 色々間違えた。


 けど、生きようとしたのは間違いじゃない。


 でも、それ以上に僕は僕のこの力に酔っていたんだと思う。強くなった気でいた。自分を正当化する為にこの力を使った。

 魔族に使い、人間に使い、有用性を見せ付けようとした。必要も無い所で自分の為にも使っていた。彼女には多分それが見えていた。そして僕は見ないふりをしていた。僕自身が考えない様にしていた事もきっと……。


 澪の手が信也に触れる。その瞬間、痛みが引き同時に足元から氷が体を這って上がってくる。ピキパキと音を立てながら次第に凍り付いていく信也は、澪を見詰める。


 言うべきじゃ無いかも知れない。


 苦しめるかも。


 迷惑かも知れない。


 けれどどうしても伝えたかった。


 だから──。


「安形 澪さん、僕は君が好きでした」


 一瞬驚きそして……。


「ありがとう」


 答えでは無かった。でも、それでも信也は満足だった。こんな状況で、こんな時にもう死ぬ人間に言われた言葉。欲しかった物でも、予想していた物でもない言葉は、彼女の誠意だと信也には感じられた。そして何よりも、あの時からずっと見れていなかったの彼女笑顔が見れた。


「あぁ、やっぱり綺麗だな……」


 その一言を残し信也は眠る様に目を閉じた。





 自分で凍らせた旧友を前に佇む澪の胸中は様々な思いが過っていた。


 やれる事は無かったか、あの時ああしていれば、突き放すべきでは無かったのかと色々な考えが頭を過っては消えて行く。

 その何れもが現実的では無い、理想と願望から来る都合の良い考えだと自分でも思う。だが、その都合の良い考えにすがってしまいそうになってしまうと同時に、それがもうどうにもならないと事だと言う現実が澪の体を縛る。


 その時、トンっ! と澪の背中に何かが寄りかかって来る。


「……何をしてる」

「えっ? いやいや。丁度良い所に寄りかかれそうな物が有ったからつい」

「つい、で寄り掛かるな」

「ん~。私ここに来るまでで疲れたから、皆の所に行く前にこのままちょっとタイムね? その間、愛しの白亜さんの重みでも感じてれば良いと思うよ」

「お前と言うやつは……勝手にしろ」

「うん。勝手にするよ。私はサボる事にはついては定評が在るからね。まっ、体勢が辛くなったら言えよ。……それまでこうやってサボってる」


 勝手な事を言うハクアをそのままに、背中に重みと暖かさを感じながら、心の中で感謝の言葉を呟き自身の心を静めるのだった。

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