第190話直ぐに済ますここで待っているのじゃ

「大丈夫か?」

「えっ?」


(えっ? えっ? 誰? 本当に誰?!)


 特大の火球を回避出来ないと悟り衝撃に備えていたコロは、突然目の前に現れた黒髪の美女の登場に、そんな場合では無いと思いつつも最大級の混乱に陥ってしまっていた。

 しかし、改めてよく自分の状況を見れば、自分はこの美女が作ったとおぼしき空中の足場の上に美女に抱き抱えられたまま空中におり、あの特大の火球の攻撃から助けられたのだと理解ができた。

 まあ、それが理解出来た所でコロの混乱は収まる事は無かったが。


「無事で良かった」

「あ、あの、ありがとうございます」

「何故そんな他人行儀なのじゃ?」


(ええ?! 初対面でいきなり助けられたら、これが普通の反応のじゃないかな!? ………………アレ? この顔?)


「も、もしかて……クー?」

「ああ、何じゃ分かっておらんかったのか」

「そ、そりゃそうだよ! 何でそんなに美人さんになってるのかな!」

「ウムウム。嬉しい事を言ってくれるのじゃ。しかし、あまり大声を出すのは止めるのじゃ。あやつに気付かれる」

「あっ、う、うん。ごめんかな」

「まあ、何じゃ。これが我の本来の姿じゃ。我にも主様に話していない隠し玉が在ると言う事じゃな」


 イタズラが成功したとでも、言うように口の端を上げたクーに「そうだったんだ」と、呟きながら納得するコロ。

 しかし、自分を抱き抱えるクーは女神にも引けを取らない美しさを持ち、漆黒の黒髪は長く決め細やかなストレート、同じく漆黒の瞳は普段の幼さが残る瞳では無く、知性と品性を感じさせながら、見る者を魅了するような美しさを感じられた。


 そんなクーに戦闘中にも関わらず思わず見蕩れてしまったコロは、頭を振り戦闘中だからと気を引き締め直す。

 だが、そのクーに抱き抱えられているのが、急に恥ずかしくなるのは仕方が無い事だった。そして、そうは言っても満身創痍のコロに抜け出す術は無く、ただただ顔を赤するしか無かった。


「……何か、ハクアが見たら喜びそうだね?」

「かもしれんな。おっと」


 恥ずかしさを誤魔化す為に喋る事しか出来なかったコロがクーと話していると、遂にクー達を見付けたローブの男が、先程コロに止めを差す為に放った火球よりも更に一回り大きい火球を二人に向い放つ。


 しかし、攻撃されたクーは今までの苦戦が嘘の様に軽く手を振るうだけで、その特大の火球を掻き消してしまう。

 そのあまりにも軽い処理の仕方に、一瞬突如乱入してきた者の力を測る為に攻撃の威力を下げたのか? とも思ったが、コロはその考えを即座に捨て去る。


 それは曲がりなりにも今まで一人で戦ったコロが、そんな生易しい攻撃で無かった事を知っていたからだ。そんなクーの元魔王としての力に驚きと戦慄を覚えるコロ。だが、事も無げにクーは会話を続ける。


「全く、姿は戻っても力はまだまだじゃな。それに、いい加減直視に堪えん。気持ち悪いのじゃ」

「……クーはあの系統のモンスターの親玉だったんじゃ無いのかな?」

「怖いものは怖いし。気持ち悪い物は気持ち悪いのじゃ。さて、ではそろそろ終わらせるとするか。コロよ。守ってくれて感謝するぞ。直ぐに済ます。ここで待っているのじゃ」


 そう言って地面へと下り、コロをそっと下ろすとその周りに【結界】を貼りコロを守る。

 だがそんなクーの余裕の行動を狙う様に攻撃を仕掛けたローブの男の攻撃がコロの目に写る。


「危ない!」


 と、声を張り上げ叫ぶコロ。

 その瞬間を狙った様に火、風、闇、土の様々な属性の魔法攻撃がクーに殺到する。


 クーの貼った【結界】の中にいるコロの前で、様々な魔法攻撃を受けるクーの姿は、余波により起った土煙に紛れ見えなくなってしまう。

 しかし、コロにとってその永遠の様に感じた攻撃が終ると「温いな」そんな言葉と共に、いつの間にか全ての光を吸収する様な深い闇色のドレスを纏った無傷のクーが現れた。


 そんなクーに先程コロに向かって撃ったような、数と早さ重視の火球を倍以上の物量で打ち出すローブの男。

 しかしその攻撃の全ては闇色のドレスに触れた瞬間、その闇に溶け込む様に何の効果も表す事無く掻き消えて行く。

 その光景に物量ではどうにもならないと感じたのか、ローブの男はこれまでで最大級の火球を作り出しクーを仕留め様とする。


「ふん。たかが人形如きがこの我に傷一つ付けられると思うなよ!」


 その言葉と共にクーが軽く手を振るうと、その軌跡をなぞる様に漆黒の刃が空中に産まれる。

 それと同時にまるで生き物の様に宙を駈けた漆黒の刃は、今まさにクーへと迫っていた火球を切り裂き、その奥に居たローブの男の体をも切り裂いた。

 そして、そのままローブの男に手を翳したクーは一言「【黒棺】」と呟くと、ローブの男を中心とした空間に、凄まじい数の漆黒の杭の様な物が360℃の全てを覆い尽くす。


 そして──。


「消えろ」


 今まで聞いた事の無い様な抑揚も感情も感じさせない声が、対して大きくも無い筈なのに、いやにハッキリとコロの耳に届く。


 それと同時、その全ての空間を埋め尽くしていた漆黒の杭が、一斉に中心に居たローブの男の体を突き刺し貫いていく。


 一斉に刺さった杭は男をありとあらゆる方向から貫いていき、一瞬の間にまるで形の歪な箱の様になっていた。その光景を見たコロはまるでその黒く歪な箱が棺桶の様に写り不気味に思えてならなかった。


「クッフフフ! フハハハハ!」


 今まで苦戦しいた敵を、その苦労は何だったのかと言いたくなるほど、一瞬の内に倒したクーは、愉快だと言わんばかりに笑い声を上げる。


 その姿はコロに昔本で読んだ魔王の姿その物の様に写り、コロの背中に先程までとは違う冷たい汗が流れる。そして、その汗を自覚した瞬間、コロは今まで仲間として接していたクーに恐怖を抱いてしまう。


 仲間に対して恐怖を抱く。


 そんな事は許される事では無いと必死に恐怖を抑えるが、頭では理解できても体が言う事を効かない。

 この瞬間、今も変わらず笑い声を上げ続けるクーに、コロはもう先までの様に普通に会話など出来る訳が無かった。

 下手をすればクーはこのまま魔王として復活するのでは? とまでコロのは思ってしまうのだった──クーの最後の一言を聞くまでは……。


「クッフフフ! これなら! これならいけるのじゃ! 今の我なら主様に腹パンの恨みを返せるのじゃ!! いや、むしろ我が主様に腹パンしてその痛みを味合わせる事も……クッフフフフフ!!」


(………………ん? えっと……ん?)


 今も一人興奮ぎみに笑いながら、ハクアに腹パンされた恨み辛みを叫び続けるクーに、先程までの魔王の威厳や風格等まるで無く、ただただ残念な感じの美女になっていた。

 そしてその言葉を聞いた瞬間に、コロの中でも魔王のイメージは粉々に崩れ去り、呆れた眼差しでクーの事を眺めていた。


「さあ早く主様の所に行くぞコロ! 我達も時間が掛かったから、もう全員殆んど終わっているのじゃ。早く主様に積年の「ボフンッ!」恨みを、って!? 何でもう元に戻っているのじゃ~!? アレ? 何か体のあちこちが! アイタタタタタ! 何で? 何で身体がこんなに痛いのじゃー!?」


 興奮ぎみにコロの事を急かしていたクーは、会話の途中に元の姿に戻りいきなり倒れてしまい、夏場ひっくり返って暴れる蝉の様に地面に転がりながら体を痙攣させピクピクしていた。

 思わず心配になりクーの体に触って見ると筋肉がビキッ! となり、その衝撃で更に全身の筋肉がビキッ! となり、更に苦しむ。


「これってもしかして……筋肉痛?」


 確かお父さんも素材を取りに行く為に久しぶりにダンジョンに行った二日後に同じ様になってたな~。と、思いながら推測を口にするコロ。


「ま、まさか、急激な成長とパワーアップ、無理な魔力運用で体に想像以上の負荷が掛かって?! アイタタタタタ!」

「えっと、筋肉痛にも回復魔法は効く筈だから、暫くじっとしていた方がいいかな」

「うぅ、腰が~、腹筋が~、太ももが~、ハウッ!」

「あ、あははは……えっと、ハクアの所、行く?」

「ハッ! …………コロ! コロッ! 頼むのじゃ! さっきの暴言は聞かなかった事に! 我も身体が大きくなってついでに気も大きくなっていただけなのじゃ~!!」


 痛みも忘れてコロの足元にすがり付き遂には見事な土下座までし始めたクーに、先までの魔王としての威厳は悲しいまでに全く無くなっていた。

 コロは今も「腹パンは……腹パンだけは……」と、震えながら土下座するクーの事を、必死に「大丈夫だから、言わないかな」と励ましつつ、先までのクーは幻だったのでは? と、残念な様なホッとした様なと考えずにはいられなかったのだった。

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