第186話「……そうですか。じゃあ大人しく私に殺されて下さい」
「……グロス……カーチスカ」
かつて自分達を圧倒した二人を前にエレオノは呻く様に名前を呼ぶ。
(……前と全然違う、やっぱり前は全くと言っても良い位本気じゃ無かったんだ)
予想の範疇だったとはいえ、かつて圧倒されたにも関わらず全くと言っていいほど感じる威圧感の違いに知らず体が強張る。
自分達も少しは成長した。その実感があるからこそ改めて感じた実力の差に、震えを必死に抑えながら対峙する。
(……エレオノちゃん、アレがハーちゃん達が言っていた?)
グロス達に警戒しながらも小声で話して来た瑠璃に首肯する。
すると瑠璃は「……そうですか」と言って少し考え込む素振りをする。その行動を不思議に思ったエレオノは、瑠璃に話し掛けようとするがその前にグロスが話し始める。
「アあ、何だやっぱりハクアは上の方かヨ。それにあのミオとか言う勇者もいねぇナ。まあ、しょうがねぇカ」
「まあ、私としてはこの子達だけでも良いけどね。少しは私の人形に成れる位強くなったかしら?」
その言葉にエレオノが答えを返そうとすると、それよりも早く何故か瑠璃が前に進み出る。
「貴方がグロスですか?」
「アァ! 何だてメェは!」
「貴方がハーちゃんとみーちゃん。白亜と澪を狙っているんですか?」
その場違いとも言える質問にグロスは面白い物でも見るような顔で「そうだ」と、答える。
その瞬間、辺りを濃密な殺気が満た。
エレオノはその誰の物か分からない殺気に思わず背筋を凍らせ茫然としてしまう。
しかし、目の前で瑠璃の事を眺めながら、口を楽しげに歪め嗤うグロスの顔を見て、ようやくこの濃密な殺気が瑠璃の発した物だとエレオノは遅まきながら理解した。
「ほぉ、クカカ! おもしれぇ! その通り、お前の言う通りだゼ! 俺がハクアを殺す! クカカ! ハクア達以外にも面白そうなのが居るじゃねぇカ!」
そう答えるグロスにマズイ──と思いながらエレオノは瑠璃を止めようとする。
何故なら、ハクアとの事前の打ち合わせではハクア達が戻る前にグロス達と戦闘になってしまった場合、第一の目的であるハクア達がこの場に居なければ、興味の無いエレオノ達だけならばハクア達が戻るまで待たせる事が可能かも知れない。
その為、安全を第一にまずは会話でその事を探ってみる。と、言う方針だった。
しかしこれはさきのグロスの発言からして望みは薄そうだった。
だからこそ戦闘自体はしょうがない流れだったが、次案では戦闘になる場合はフロストがハクア達が戻るまでの間グロスの相手をする事になっていたのだ。
理由としてはハクア達の中で経験も実力も頭一つ抜けているフロストが、一番グロス相手でも生存率が高いだろうというハクアの判断からの指示っだった。
その事をここに来て思い出したエレオノは、瑠璃に声をかけようとした。
しかし瑠璃が訓練中に取得していた【念話】スキルの呼び掛けで、エレオノはその動きを止められてしまう。
(エレオノちゃん、皆、勝手な事をしてすいません。私の我が儘ですが、このままやらせて下さい。ハーちゃんは言いませんでしたけど、この方法が一番合理的なんです。フロストさんが自由になれば、最初の作戦がそのまま使えますから。それに──)
瑠璃の言う作戦とはグロス達との戦闘がハクア達の合流後だった場合の物である。
その場合はハクアと澪でグロスを相手する事で、残りのメンバーでカーチスカと戦い、作戦の中核として人形使いのカーチスカの人形を、フロストと結衣で可能な限り素早く処理する事で、数的にも有利にするというものだった。
なので瑠璃の言っている事自体は正しくはあった。
あったのだがだが、それをするには誰かがグロスを一人で押さえる必要がある。エレオノは瑠璃のステータスでそれが出来るとは思えず、やはり瑠璃を止めようとするが、それよりも早く瑠璃がグロスの言葉に答えを返す。
「……そうですか。じゃあ大人しく私に殺されて下さい」
「生意気な!」
瞬間、瑠璃の言葉に苛立ちを隠さず、カーチスカが魔法で炎弾を放つ。
その炎弾はカーチスカの魔力の高さからかなりの威力を発揮した。
そして、その攻撃は無防備にグロスを見詰める瑠璃へと向かっていく。
「ルリ!?」
エレオノ達は瑠璃の物とは思えない台詞と、カーチスカの突然の攻撃に行動が遅れ、それでも懸命に瑠璃の命を刈り取らんとする魔法をに向かおうとする。
──だが、どんなに足掻こうとそれを覆す事は出来ずに、魔法は無慈悲にも瑠璃を焼き尽くさんと迫って行く。
しかし、瑠璃は慌てる素振りすら無く、自分に向かう炎弾に両手を翳すと、炎弾を挟み込む様に手を開き、その手に【結界】を発動して、炎弾を包み込む様に覆ってしまう。
「何!」
その光景に、誰とも知れず驚きの声が漏れる。
瑠璃の行動は未だ止まらずそのまま、炎弾の向かって来るスピードを殺さぬ様に、自身もその場で一回転しながら【結界】ごと炎弾を圧縮して手の平サイズの大きさにまですると、そのまま勢いを殺さずに圧縮した炎弾をグロスに向い投げ付ける。
ドゴオォォア!!
これが瑠璃が異世界に来て編み出した技、我流水転流結界術【水鏡】だ。
純魔力の放射系魔法や魔力を【結界】で無理矢理包み込み、圧縮して威力を上げながら相手に投げ返す技である。
弱点としては、氷や土等の物質的な攻撃には使用できず、また自分の【結界】のキャパシティ(魔法を受け止められる限界)以上の攻撃には使用できないくらいだった。
因みにこの技はハクアと共に編み出したが、ハクアをもってしても刹那のコントロールと技術に習得出来ず。身体中を火傷する羽目になった。
突然の攻撃に対する瑠璃の絶技共呼べるような返し技に、その場の人間は優秀であるが為、その有り得ないほどの難易度の技を、事も無げに行った瑠璃に対し全員が絶句と共に時を止める。
しかし、その技を放たれたグロスは、モウモウと立ち込める砂ぼこりの中から弾かれた様に飛び出し、喰らえば一瞬にして肉塊になるだろうと思える程の圧力を持って瑠璃へと肉薄し、その猛威を拳に乗せて降り下ろす。
誰が発したか分からない「避け──」と言う声を聞きながら、瑠璃は迫り来る必殺の拳に、自らの掌をスピードを合せながら触れると、同時にその必殺の拳の威力を全く殺さずに力のベクトルを変え、一本背負いの様な投げ技に移行する。
何故、一本背負いの様な? なのか、それは普通の一本背負いが背中から落とすのに対し、瑠璃の投げは自分の体重すら利用しながら、脳天を地面へと叩き付ける様に投げたからだ。
しかし、グロスも流石の反射で掴まれていない方の手で、地面へと手を付き頭からの落下を阻止しようとする。
だが、瑠璃は【結界】でその腕を体に絞め付ける様に張る事で、グロスの腕を封じ込める。しかし、瑠璃レベルの【結界】では、ほんの一瞬しか拘束出来ずに直ぐに破られてしまう。
──が、瑠璃はそれでも構わなかった。何故ならその一瞬があれば、ガードをする前に投げは完成するからだ。
ドゴォ! そんな音と共にグロスは自分の拳の威力+自分の体重+瑠璃の投げの威力+瑠璃の体重+大地への激突のダメージを、脳天に全て受け仰向けに倒れ込む。
そして、瑠璃は倒れる直前にグロスから離れ、一気に近付きながら何時の間にか取り出した鉄扇でグロスの首を落としに掛かる。
瑠璃の鉄扇がグロスの首に当たるその時、瑠璃がいきなり攻撃を止め首を反らす、その瞬間グロスの顔の位置から、魔力その物が砲撃の様に放たれ、瑠璃が顔を反らす前の位置を通過する。
砲撃を避けた瑠璃は首を反らす勢いをそのままに、バック転を繰り返しグロスとの距離を取る。
「随分と味なマネすんじゃネェかヨ!」
「しぶといですね。ハーちゃんにもみーちゃんにも会わせる気無いので、さっさと死んでくれませんか?」
「クカカ! イイゼ! ハクアやミオとは違うタイプだ! おもしろェ!」
(凄い──)
その言葉に瑠璃は更に殺気を強めグロスを睨み付ける。
その光景をみてエレオノは、今まで瑠璃はハクアの友達とはいえやはりハクアとは考えも行動も違い普通だと思っていた。
そして昨日は澪と出合い、瑠璃と違って何となくハクアの友達だ! と、思う性格や喋り、考えをしている所を見て、瑠璃はあの二人と違い普通なのだ──と、改めて思っていた。
だが、今この瞬間グロスに相対する瑠璃を見て、何故か瑠璃の後ろに夜叉の様な物を幻視するエレオノは、やっぱり瑠璃もハクアの友達で、普通のカテゴリーでは無さそうだな~。と、戦闘中にもかかわらず思わず遠い目をしてしまうのだった。
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