第177話「私はもう駄目だ。お家帰る」

「何も分かってない……だと? ふん! 馬鹿な事を、そいつ等が私達を殺そうと襲ったのは事実だろう。そんな奴等を無条件で信用しろと言う方がオカシイだろ!」

「まっ、言う事は一理あるけどね。ただ、コイツ等が私達の事を殺そうとしたってのは違うよ」

「何だと! 馬鹿な事を言うな! 実際に重傷者が出ているんだぞ!」

「刻炎や暁の人間ならわかるよね? あれだけ完璧な形で奇襲を受けて、こっちに死人が出ておらず、フープ側からしか死人が出ていないのがどれだけオカシイ事なのかは? それともただ単に運が良かっただけなんて、都合の良い幻想抱いてる奴はいないよな?」

「流石にそんな事言う奴は俺の仲間には居ないぜ。そっちの嬢ちゃんが最初に俺の仲間に言ったのも、ただの脅しだとわかったしな」


 ジャックはそう言いながら澪に笑いかける。


(あぁ、カークスとか言うのが話してたのはその事か、そういや私との一騎討ちに持ち込む為に脅してたっけ?)


「こっちもよ。流石にあの状況を、そんな楽観的に捉えるような馬鹿はいないわ」

「だよね。あの状況からわかるのは一つ、フープ側は最初から例え自分達が死ぬ事になろうとも、冒険者を殺す気は無かったって事だ」

「ふん! 例えそうだったとしてもそんなものはただの──」

「そう、ただの自己満足だ。恐らくは合流後の行動に少しでも遺恨を残さないようにする対処や、話しを円滑に進める為の作戦の内なのかも知れないけどね。でも、そんなものはやられた側からすれば関係の無いもの。それはフープ側が勝手にやって、勝手に満足してるだけのものだ」

「分かっているじゃないか。そう、その通りだ! だから私はこんな奴等を信用しないと言っている!」


 ハクアとゲイルのその言葉にフープの兵から殺気が漏れでる。

 それは当然だ。人類の敵に回る。その事を理解しそれでも最後の一線を超えない。確かに自己満足の行為ではあったが、命を賭したその覚悟を全くの無意味と吐き捨てられれば、死んで行った仲間を想い怒りも湧こうものだ。

 しかし──。


「でも、例えそうだったとしても私は支持する」

「なっ! 貴様! 何を言って──」

「だってそうだろう? コイツ等は何処ぞの馬鹿と違って、自分達が傷付いてもその上でやり通したんだ。あの状況のあの乱戦で、一人も殺さずに収めるなんて普通は出来ない。恐らくは私達を包囲した時の手際や、身のこなしからしても、死んだフープの兵は思わず殺しそうになって、手を止めた所で殺られたんだろう。それぐらいじゃなきゃ、あの状況下であれだけ組織的に動いていた奴等がやられる訳が無い。遠くから見てもそれ位の実力差があった」

「確かに、嬢ちゃんが言う通りだな」

「そしてコイツ等はそんな事をやりきった。気が付く人間なんて居ないかも知れない。そんな事に意味が無いかも知れない。それでもコイツ等は自分の仲間の命を使って、証明して見せた。それは何処ぞの功名心に駆られて、兵を無駄死にさせる所だった馬鹿よりも、余程高潔で信じられる行いだ。だから……例え他の誰が無意味な自己満足の行動だったと言っても、私はその命を賭した高潔さに全面的な信頼をもって報いる」

「で、でたらめだ! そんなものはただの結果論だ! そんな事で信じられるか!」

「とは言えだ。理由があろうと魔族側に寝返った事実は消せない」

「ハクアちゃんそれは……」


 その言葉にメルが反射的に反論しようとするが、ハクアは首を振って否定する。


「だから……。フープの人間にはこれから最前線に立ってもらう。その命を持って戦場で罪を贖え」

「……ああ、わかった。お前らも良いな」


 ハクアの言葉に同意した澪がフープの兵に向かってそう言い放つと、誰もが決意した表情で静かに頷いた。


「そんな事で、そんな事で私は騙されんぞ!」

「そこまでだゲイル!」


 ハクアの言葉に反射的に叫ぶゲイルに対し、今まで口を挟まず静観していたローレスが制止の言葉を投げ掛ける。


「何故ですかギルド長! 貴方は私の言葉よりも、この小娘の戯れ言を信じると言うのか!」

「いい加減にしないかゲイル! 君の言い分は分からなくもない。だが、実際はどうだ。確かにハクア君の言う事は状況証拠でしか無いが、君の言葉より余程状況を見てとれる。それよりも君の無謀な突撃、規律違反の方が余程重罪だ。聞く所によると刻炎、暁両クランの団員を脅し、ギルド副長の制止も聞かなかったそうだな?」

「そ、それは──」

「君には厳罰を下す。処分は戦いが終わってからアリスベルで執り行う。それまでは拘束させてもらう」

「ふ、巫山戯るな! 何故私が貴様のような奴のせいで──」

「おっと──」


 処分を聞きローレスに掴み掛かろうとするゲイルだが、その動きはいとも容易くジャックに止められ、地面へと叩き付けられる。更には叫ぶ口に無理矢理布を噛ませ、強制的に黙らされた。

 だが、ゲイルは憎しみの籠った目で周囲を威圧しながら、それでも声にならない声で叫び続けていた。


「コイツは暫くの間、刻炎の方で預かるぜ。後からギルドが来るからそしたら渡す」

「済まないなジャック君よろしく頼む」


(クソ真面目はキレると怖い──いや~、本当だね)


「相変わらず甘いな」

「面と向かって死兵になって突撃しろと言った人間の何処が甘いんだか……」

「元々、倒さなければいけない相手だ。それを考えればこの程度は甘いんだ沙汰だろう」

「知らんな」

「そうか……ありがとう。さて、この後はどうするんだ? 考えはあるのか白亜」


 小さな声でハクアにだけ聞こえるように礼を言った澪のは、切り替えるように切り出す。


 それには気が付かない振りをしながらハクアは少し考えると


「とりあえず、戦いが終わった段階で後方に置いてきたギルドの職員と、低級冒険者達を呼びに行かせてるから、それと合流してからだね。それよりもそっちの情報寄越せ」

「まあ、待て。そろそろ終わる頃だろう」


 澪がそう言うと、クシュラから情報を引き出していた内の一人が、こちらにやって来て澪に耳打ちしようとする。


「いや、構わん。そのまま伝えろ」

「分かりました。あの魔族から聞き出した所、我々の保有している情報と殆ど大差ありませんでした」

「そうですか──無駄骨になってしまいましたねミオ様」

「いや、そうでもない。私達の情報が正しいものだという証拠でもあるからな。それで?」

「ハッ! 一つだけ奇妙な事を言っていました。何でも奴個人の任務として、魔族に相応しい考えの人間を探していたとか」

「何だと? どういう事だ?」

「すいません。それ以上は奴自身も知らないようでして」

「分かった。下がって良いぞ。ご苦労だったな」

「ねえクー?」

「何じゃ主様?」

「人間を魔族にする方法ってあるのか?」


「「「なっ!」」」


「ご、ご主人様何を言って──」

「まあ、今の話から推測すればそれが一番可能性が高いか……」

「ミオまでそんな事──」

「……正確に言えば分からんのじゃ。だが、昔人間から魔族になった者が居た──と、いう噂は聞いた事があるのじゃ」

「そっか、あんがと」

「主様は軽いの~、皆は我の言葉で固まっているのに」

「まあ、なるようにしかならんしね。いざという時、知らなくて固まるよりは全然ましだし。何よりそれくらいならまだ予想の範疇でしょ」

「確かにその通りだな。さて、あいつから情報が出ないのなら私の情報を話そうか」


 そこから澪が語った情報は正にハクア達側が欲していたものだった。魔族の人数、モンスターの規模、罠、城砦の正確な見取図等、知っているといないとでは大きく差が付くような情報ばかりだった。


「と、まあこんな所か」

「凄いわね。これなら作戦の立て様があるわ」

「だな。正直こっちは魔族とモンスターがあの城砦に巣食ってる位の情報しか無かったからな」

「それで良く来る気になったものだな?」

「金が良かったからな」

「ああ、それとだ白亜」

「何?」

「お前にはサプライズゲストでグロスが来ているぞ」

「…………ガハッ!」

「うおぃ! いきなり吐血するなよ!」


 ハクアは澪の台詞にいきなり血を吐き膝から崩れ落ちる。

 しかもその後も泣きそうな顔でチワワのように小刻みに震えていた。


「チェンジで!」

「そんなシステムは無い!」

「私はもう駄目だ。お家帰る」

「いやいや、何言ってるのハクア」

「そうですよご主人様」

「が、頑張ろうよハクア」

「ガンバおねちゃん」

「因みにお前達にはカーチスカが来ているぞ?」

「「「ぶふっ!」」」

「帰りましょうご主人様」

「そうだね」

「ボ、ボクも遠慮したいかな?」

「お布団が待ってるゴブ」

「あ、アリシア達まで主様のようになるとは──何者じゃその二人」

「え~と、実はかくかくしかじかで──」

「うむ、かくかくしかじかとか言われても全く分からんのじゃ主様」

「何……だと!」

「ちゃんと説明しましょうご主人様。えっと少し前に──」


 こうしてハクア達の事情を詳しく知らない面々に、アリシアが説明を始める中、ハクアは一人。


(あぁ、もうやだ~)


 心の中で嘆いていた。

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