第173話そうか──無事、だったか
「初めに私はフープとは違う国で勇者として召喚された。だが、色々あり私はあの国を抜け出したんだ」
「…………」
「色々ですか?」
「あぁ、まぁこれは今回の事には関係していないので省く、お前達には後で話すがな。だからそんな顔で睨むなよ白」
「……話すと言うなら今は良い。ただ──」
「物騒な顔をするな。私は平気だ。お前なら解るだろ?」
「ふぅ、とりあえずそう言う事にする。後の事は聞いてからだ」
「強情な奴め。まぁ、それを嬉しいと思ってしまう辺り、私も大概では在るがな。さて、では本題に入るか。国を抜けた私は土地勘など在る訳も無く、追っ手が掛かる可能性も考え、大きな森に入り彷徨い歩るいていた」
そんな語り出しから今回の事に付いて澪は語り始めた──。
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「はぁ、クソッ! あの勢いなら追っ手を放つと思って森に入ったが、失敗だったか? 明らかにダメなパターンな気がする」
追っ手を警戒し森に入ったは良いが、想定よりも森は深く、三日も彷徨うと流石の澪も後悔し始めていた。
「……もう三日か──。ははっ、私は何をやっているんだろうな。もう、生きる意味も無いと言うのに──」
澪はこの時この世界に呼ばれる前の事を思い出していた。
白亜の事故を知り、病院に駆け付けた時にはもう手遅れだった。そして何故か、もう一人の親友である瑠璃も消えてしまった。
驚く事にこれは比喩的な表現でも何でも無かった。
白亜の事故を知り病院に行く途中、澪は瑠璃にも電話で白亜の事故を知らせた。そして瑠璃はこちらに向かっている筈だったのに、何故か病院に現れる事は無かった。
白亜の死に身体も心も重く、動く気にはなれなかったが、それでも不審に思い瑠璃の家へと向かった。だが向かった瑠璃の家で、澪は何時もの様に家へと上がらせて貰ったが、瑠璃という娘などいないと言われてしまった。
正確には産まれてくる筈だった娘に、瑠璃と名付け様と考えていたが、事故に遭い死産してしまったらしい。
その話しを聞いた時、澪は目の前が暗くなり立ち上がる事さえ出来なかった。
それからの事はあまり覚えていない。
どこか現実感が無い夢の中に居た気分の澪は、次の日に執り行われた白亜の葬式に出て以来部屋から出る事は無かった。
そして、時間の感覚さえ無くなり、気が付いた時にはこの世界へとやって来た。
「……あの男達の言葉が確かなら、ここは異世界。そして、私は勇者として呼ばれた──か、守る物も守りたかった物ももう無くなった私が勇者とは──大した皮肉だな。勇者か……くだらない。生きている意味が在るのかどうかさえ分からないのに──いや、そんな自問さえ今となっては意味が無いか」
そんな負の思考に囚われ始めた澪だったが、その耳に微かな悲鳴が聞こえた気がした。そしてその時には、体が勝手に声の聞こえた方へと走り出していた。
だんだんと大きくなる声に、スピードを上げ駆け付ける。するとそこには二メートル以上ある熊の様な物に襲われている人間がいた。
澪はその時咄嗟に駆け寄り、獲物に夢中になり全く周りを気にしていない熊の側頭部、正確にはこめかみを狙い正確に蹴りを叩き込む。
瑠璃や白亜と共に習った武術は、こんな時でも体を正確に動かし的確にダメージを与える。そして、勇者としての補正という物なのか、自分では到底出せる筈の無い威力が出ていた。
蹴りを入れ着地した澪は、襲われていた人物の腰に短剣が吊るされているのを見付けると、それを素早く抜き去り漸く起き上がろうとしていた熊のうなじ部分を狙い、短剣を思いきり突き刺した。
生物に剣を突き刺した肉の感触と、確かな骨の手応えその二つを掌に感じながら、暴れるのも構わず正確に骨の隙間を狙い短剣を動かす。
熊の暴れた拍子に運良く骨の隙間に短剣の刃が滑り込んだのか、不意に骨の固い感触が無くなり、熊の体が一際大きくビクンッ! と震え、そのまま倒れ込む。
その勢いに地面に投げ出された澪は暗転する世界の中、今の戦闘を考える。
(殺す気で殺ったとはいえ、気持ちの良い物では無いな。それに──誰かを守りながら死ねるとも思ったが、勇者の体とは案外頑丈らしい)
そんな事を考えていると、暗くなる視界の中水色が広がった気がした。
(水色の髪? そうか──無事、だったか)
その髪を綺麗だと思いながら、澪は気を失った。
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