第164話私は私のこの血に誓い恥ずべき事はしていない

「まさか、まさかまさかまさかまさかまさかまさか! き、貴様ーー!! わ、私を! この私を騙したのかーー!」


 澪の正体を知ったゲイルは叫び、鬼の様な形相で澪に近付こうとする。──が、流石にハクアに止められ、地面に叩き付けられてしまう。


(この様子やっぱりか──まったく、良い年してハニートラップに掛かるとか。いや、逆にこのタイプなら簡単に掛かるか、普段から誰にもまともに話を聞いて貰えない、認めて貰えない。そんな鬱屈したプライドだけが高い人間が酒を煽って酩酊した状態で、澪みたいな奴に認められたり肯定されれば、自己承認欲求を充たされて簡単に堕ちるか。しかも自尊心も強いから余計に)


「騙した──とは心外だな。私はただ貴様とは酒の席で話をしただけだと記憶しているが? 酒を飲んで色々喋ったのは貴様だろう?」

「うっ、ぐっ」

「まっ、そんな事はどうでも良いよ。大体予想の範疇だし」

「だろうな」

「見逃す気は?」

「在ると思うか?」

「ですよね~」


 ハクアは会話で何とか主導権を握ろうとするも、やはり互いのやり口を知り尽くしている澪はそんな事を赦しはしない。しかしそんなハクアと澪の会話を聞いて、納得のいかない人間が居た。


「せ、先輩! 何でそんなに冷静に話ているんですか!? 安形先輩が先輩の私達の敵になってるんですよ! きっと──きっと何か事情があるんですよ!」

「ふむ。誰かと思えば一年の神城 結衣じゃ無いか。そうか君も来ていたか、フフッ、後輩に慕われてるじゃ無いか白亜。私とお前の事をいちいち心配するなんて良い後輩だな」

「まあね。自慢の後輩ちゃんだよ。それじゃあ、後輩の為に一つだけ聞こうかな?」

「ああ何でも答えてやるぞ」

「じゃ、遠慮無く。お前はこの今の状況で、私や瑠璃に少しでも罪悪感や後ろめたさを感じているか?」

「何を言っているんですかご主人様! そんなの友達なら当然──」

「ふっ。いいや、全く無いな。むしろ少し楽しんでるぞ。詩的に言うなら『頭は間違うことがあっても、血は間違わない 』と言った所か? 私は私のこの血に誓い恥ずべき事はしていない」

「だろうね。しかし相変わらず面倒な言い回しだな。中島 敦の光と風と夢の一節だったか? つー訳で結衣ちゃん。私や瑠璃だってあいつが苦しそうにしてるなら何とかするさ。でもあいつは今も楽しんでる。なら私がする事もまた変わらない。辛そうな顔で死んでくれと言われるよりは、百倍ましだ。それに……この行動は何よりもあいつらしい」

「そんな──」


 結衣は澪の言葉を聞き、ハクアの考えが理解できないのか顔を歪める──しかし、それは当然の反応で何よりも自然な反応だと、ハクアはむしろ好感を持っていた。


 そしてその言葉はアレクトラの感情を逆撫でる物だった。


「貴女は──貴女はこんな事をしでかしておいて、恥ずべき事はしていないと言うのですか! 私は信じていたのに──お姉さまを返して!! 返してよ!!」

「アレクトラか──ただ利用されるだけの愚物が、この私と対等に言葉を交わすな。それにお前のモチベーションは無駄な物だろう? なあ?」

「な、何を。お姉様! 目を、目を覚まして下さいお姉様! お姉様はその女に操られているのです!」


 澪の言葉に前に進み出た高貴な印象の女に向いアレクトラは叫ぶ。だが──。


「アレクトラ。何を勘違いしているかは知らないけれど、私は操られて何ていないわよ? 私は私の意思で澪に協力しているの」

「お……姉……様?」

「まだわからないのね? 私は私の意思で行動しているわ。魔族の力は強大、逆らえば領民は苦しむ事になるわ。私はこの地を管理する人間として、そんな事を許す事は出来ないの。だからこそこの計画に自ら乗ったわ。まあ、中には反対する兵士もいたけれど、それは黙らせ今はちゃんと国の為に動いている。貴女こそ何をしているのアレクトラ? 国民の為その他を切り捨てる。それが出来無くて王族を語るのは辞めなさい」

「そんな……そんな事って……」


 その言葉にアレクトラは崩れ落ち、うわ言の様に否定の言葉を繰り返す。


「ご主人様。ここは無理矢理にでも撤退するべきでは?」

「それは無理だぜエルフの嬢ちゃん」

「ジャックの言う通りだよアリシア。仮に後ろを無理矢理に突破しても、こっちの被害は洒落になんないレベルになる。そうなればもう建て直し何て出来ないから、それこそ魔族に総崩れにされる」

「でも、ジャックさんやメルさんがいれば何とかなるんじゃないのハクア?」

「頼られるのは嬉しいのだけど、それも無理ね」

「この二人はこっちの切り札だけど、向こうもこの二人を抑える事が出来る鬼札がある。仮にそれが無くてもこの状況じゃねー。運が良くて半壊、悪ければ最初の一撃でほぼ全滅レベルだね。だからこそ、こんな状況を作らない様に動く積りだったんだけどね~」

「確かにな、白亜。お前達と私の兵の数はこちらの方が約二倍強、それを覆すには奇襲と陽動を織り混ぜた、ゲリラ戦でこちらの戦力を削りつつ、またその一方でこの──ギルドの人間や冒険者を取り返す為に、少数精鋭で奪還作戦に出る積りだったんだろ? まあ、私も予想してたからこそそいつに近付いたが、まさかここまで愚かとは思わなくて、正直、慌ててここまでの包囲を完成させたぞ。普通に焦った。ある程度はちゃんと管理してくれよ。マジで」

「それについてはこっちも被害者だい!」

「だろうな。それで? 相談はもういいのか?」

「こっちはね。次はそっちの話を聞きたいな。在るんだろう? この状況で私に傾く出目が──」


 澪はハクアの言葉にその端整な唇を三日月の様に歪め愉しそうに嗤い、言葉を紡いだ──。

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