月だけが知っている

音水薫

第1話

 私は月です。

 太陽の周りを回っている地球の、そのまた周りを回っている衛星。それが私です。皆さんはもうご存知でしょうけれど、地球の公転速度は十万七千五百キロです。これはとてつもない速さです。具体的に言うならば、一時間で赤道を二周半できる速さです。私はその速度に合わせてついていくことでいつも精一杯でした。自転し公転しながら地球に置いていかれまいと必死で、自分のことなど気にしている余裕はありませんでした。

 いつしかそんな生活に疲れを感じ始めました。

そんなときです。彼女を見つけたのは。その少女はぼろぼろに傷つき、疲れ果てていました。彼女を形作っていたあらゆる要素を打ち砕かれ、悲しみだけが残されていたのです。私にとてもよく似ていると思いました。そして、あろうことか私は公転をやめ、地球に降り立ったのです。そして、暗い夜の公園でブランコに腰掛けていながらそれを漕ぐこともせずに呆然と虚ろな瞳で地面を眺めていた彼女に近づきました。

「こんばんは、お嬢さん」

 私に気がついた少女は顔を上げ、焦点の合わない目で私を見つめました。彼女の頬には涙の跡がありました。もう涙も出なくなるほど、彼女の心は衰弱していたのでしょう。全てはここで終わりだと言わんばかりに。私はお辞儀し、彼女にほほ笑みかけました。

「私が力になりましょう」

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