私は英雄王。この邪悪な世界を征服します!

新巻へもん

異世界へ

 ブンッ。

 空を切った剣の音が荒野に響いた。髪をなびかせながらヴァルクレアは魔剣をギリギリの線でかわす。反撃の突きを魔王の顔を目掛けて放つ。相手もかわし、頭髪が数本切れるにとどまったが、ヴァルクレアにとってはこれはフェイントに過ぎない。回避行動でガラ空きとなった胴体へ剣を持たない左手を突き出し、指先に魔力を集中する。

「魔弾の咆哮!」


 5本の指先からあふれた魔力が純白の輝きを帯びた子供の頭ほどの大きさの球となった。回避行動をとる魔王だが、僅かに遅い。魔王の脇腹にヴァルクレアの手から放たれた魔力の塊がぶつかり、ずぶずぶと鎧の中に潜り込んで弾けた。重い衝撃音が響き、魔王は吹き飛ばされ動かなくなる。

 今までの魔王に比べれば、いい線だったけど、やはり私には敵わないわね。


 今まであまりのスピードの切りあいに手を出しかねていた魔王の手下の一人が駆け寄り、回復の呪文を唱え始める。残りの仲間は魔王を庇うように立ちはだかった。その様子を見て、イラッとする感情を掻き立てられたヴァルクレアはもう1発魔法を打ち込もうかと考えたが考えなおす。魔王に深手を負わせたのは確かであるし、今日の出撃の目的は達した。思った以上に魔力の消費も激しいし、ここは深追いを避けよう。


 使おうとしていた魔力の放出方法を変え、地面に魔方陣を描く。ヴァルクレアの城にある魔方陣を思い浮かべ、同調したのを確認すると魔力を開放する。

「星辰の導きに従い、我が現身を魂の望むところへ。転瞬の煌めき」

 瞬時に城へと帰還した。ヴァルクレアを側近たちが出迎える。首尾を話して聞かせると口々に賞賛の言葉があふれた。


「さすがでございますな。陛下」

「性懲りもなく叩きのめされ、今頃は魔王も悔し泣きをしておることでしょう」

「当然だ。我を誰と心得る。ヴァルクレア・イグノードがあのような者に後れを取るわけがないだろう?」

「はっ。もちろんでございます。ただ……」


「なんだ?」

「此度の魔王はあの邪神により異世界から召喚されたとか。今までの者とは少々出来が違いました」

 不服そうなヴァルクレアの顔に気が付いたのだろう、慌てて言葉を続ける。


「もちろん、陛下には遠く及ばないことは当然でございますが、新たな動き、注意を払われてもよろしいかと」

「そうだな。その異世界にいる魔王を次々に呼び出されても確かに面倒だ」

 ヴァルクレアは左手の人指し指を曲げ、形の良い唇に当てると考え事を始める。これは考え事をするときの彼女の癖だ。


 その夜は、ヴァルクレアが魔王に勝利した祝賀会が開かれる。5度目ということもあり、ささやかなものではあったが、それでもお祭りムードに包まれた。何度目かの祝杯の後、頃合いは良し、とみたのか、先代から使えているナルスがいつもの話を切り出した。


「その、陛下。あー、そろそろ王配殿下をお迎えするお気持ちは……」

「ない」

 間髪入れず否定するヴァルクレアにナルスはなおも食い下がる。

「まだお若い陛下ですので、無理にとは申しませぬが、そろそろ、お世継ぎのこともお考えくだされ」


 ヴァルクレアは眉をあげて、

「そなたの忠勤を知る故、咎めはせぬが、少々出過ぎた発言だな」

 恐懼するナルスを見据え、言葉を継ぐ。

「それに、その言葉は、多少なりとも私にふさわしい者を探し出してからにして欲しいものだな」


 いつもの止めのセリフを吐き出す。そう、ヴァルクレアの城には、剣の腕、魔法の力、判断力、高潔さ、いずれの点でもヴァルクレアに及ぶ者がいない。忠誠心にあふれ臣下としては問題ないが、ヴァルクレアにしてみれば、側にあって支える存在には、せめて2つは及第点に達して欲しかった。


 いずれはそのような者が現れぬかと思っていたが、なかなか望みはかなわない。ヴァルクレア自身としては気楽でもあるし、まだしばらくはこのままでいいかと思わぬでもないが、周囲としては気が気でないのであろう。側近たちが万が一にもヴァルクレアに何かあったらと考えるのを責めるわけにもいかなかった。


 宴が終わり、私室に戻るとヴァルクレアは腰の剣を改める。鞘から剣を抜くとハラリと何か黒く細い物が落ちた。指で拾い上げて見ると髪の毛の一部だ。戦いの最中に切り落とした魔王の髪の毛なのだろう。侍女たちが手を動かし、鎧を脱がせ、身体を清拭するのに身を任せながら、その髪の毛を弄んでいるとあることを思いついた。これを媒体にしてやれば、魔王が元いたという異世界への門が開けるのではないか。


 翌日、ヴァルクレアが異世界に遠征すると告げると、側近たちはこの企てに色々と反対意見を唱えた。しかし、異世界の魔王の危険性を言ったのはお前たちではないかと詰問すると誰も反論できなくなる。しばらくは煩わしい婿取りの話も聞かずに済むと思うと、この計画にヴァルクレアの心は高鳴った。


 そして、数日後、城の広間一杯に描かれた魔方陣の中央にヴァルクレアは立っていた。これを描くのに城の魔術師達は総がかりだ。ヴァルクレアは魔の森に棲む強力な岩蜘蛛の糸で織ったしなやかでいて丈夫な短衣の上下に身を包み、魔王の髪の毛を持って、異界の門を開く呪文に耳を傾けていた。


 古き呪文書に金気のものは異界の門を越える障害となるとあったので、今日は剣は身に着けていない。うねるような呪文の旋律に身を委ね、体がその旋律と一体になるのを待つ。ヴァルクレアの光り輝く髪の毛が旋律に合わせて宙に舞う。魔方陣の発する淡く青い光が自分の体からも発するのを確認し、ヴァルクレアは扉を開く呪文を唱える。


「この世界の王ヴァルクレア・イグノードの名において、大地と星々の間に浮かぶ虚ろの扉に命ずる。我が手にありしものが本来ありし世界への道を拓き、我が魂魄と現身をその地へと導くべし」


 魔方陣と自分の体から光があふれ、その輝きの中に自分の体が溶け込む。そして、高く高く体が持ち上げられる感覚が始まった。高く高くどこまでも高くあがっていく。そして、すべての感覚が無くなった。


 ***


 気づくと古ぼけた木造の建物のそばにヴァルクレアは立っている。ここが、異世界か。ヴァルクレアは物珍しそうに辺りを見回す。古ぼけた建物の庇には鈴がぶら下げてあり、そこから紐が垂れ下がっていた。その紐の下あたりには大きな木の箱がある。振り返ると石造りの下り階段があり、その先にその上に横木を渡した赤い柱が2本立っていた。


 周囲をうっそうとした木々が囲んでいる。木々からは小鳥のさえずりが聞こえた。空気は少々肌寒く、かすかに嗅いだことのないちょっと不快な感じの匂いが混じる。ただ、その不快な感じにはすぐに慣れて気にならなくなった。


 ヴァルクレアは考える。転位魔法で消耗し、私の体内に蓄えた魔力もほぼ底をついている。早めに魔力を何とかしなくてはな。それと何か武器が欲しい。

 周辺を探知する限りこの世界はあまり魔力が濃くはないようだ。もちろん万物の中に魔力は存在する。ただ、元居た世界に比べるとかなり薄い。地中にも魔力の流れである魔脈が感じられぬし、魔力が比較的にも高いものと言えば、木造の建物の中に1つ。それと柱の向こうに2つしか無い。


 薄暗いがこれは夜明け間近ということなのだろう。少し冷たい空気の中で、ヴァルクレアが見回す色々な物がやけに大きいなと思われた。そして、あることに気づく。違う。私が小さいのだ。ヴァルクレアは手足を慌てて確認する。見慣れた自分の手足はそこにない。すべてが小さくなっている。転位に不足した魔力を体を退縮させて補ったか。身体を見ると幸いなことに短衣はだぶつきながらも体を覆っていた。


 首筋に触ってみて、革ひもとその先の宝石に触れて安堵する。元居た世界と自分をつなぐ重要な物だ。これがある限り、ヴァルクレアは比較的容易に帰還をすることが可能になる。短衣のベルトに下げた革袋の中の魔晶石は3つとも光を失っている。出発時には強い魔力を宿していたが、それも使い切ったのか。転位は想像以上に魔力を消費するものらしい。


 ペタペタという足音にヴァルクレアが振り返ると木造の建物の裏から、一人の人間が姿を現したところだった。あまり身なりの良くない人間はヴァルクレアの姿を見て、驚いた顔をしたが、周囲を見渡すとニヤリと笑った。なにか言っているが全く意味は分からない。それでもヴァルクレアの本能がこいつは敵だと告げていた。


 なおも何か言いながらヴァルクレアの方に手を伸ばしてくる男。転位した途端に早速このような歓迎か。なかなか腐った世界のようだ。仕方がない。ヴァルクレアは少し後ろに下がりながら、左右の手で空中に魔球の印を刻みつつ呪文を唱える。

「古の理に従い、我が目の前の敵を打ち倒せ。魔弾の咆哮!」


 右手に魔力を集中させ、男に向かって突き出した。拳より二回り小さい魔球が放たれ、男に当たり吹き飛ばす。男は人の背丈ほどの距離を飛び、地面に転がって動きを止める。


 まずいな。念のため、印を刻み呪文を唱えたのにこの程度の威力か。一応相手の戦闘能力は奪ったようだが、体内の魔力はほぼ残量無し。無手でも戦えるが、体が小さくなっている分、パワーが落ちるだろう。早急に魔力を回復させ、武器を見つけなければ。そう考えるヴァルクレアの目は先ほど吹き飛ばした男の体がピクリと動くのを見た。この場は離れた方がいいだろう。


 8段ほどの石段を苦労して降りる。1段ごとの段差が今のヴァルクレアには高すぎるのだ。背に腹は代えられない。ヴァルクレアは後ろ向きになり、這うようにして1段ずつ降りた。階段を降りきって立ち上がったところで、赤い柱の向こう側、木立に隠れて見えない左手から足早に歩いてくる足音がする。カッカッカッカッ。ヴァルクレアが身を隠す間もなく、その相手が姿を現した。 


 

   

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