好きなものを好きになって 何が悪い

@FuuZinR

開幕

第1話 なんてこった

3度目のワープアウトの後、気付いたら恒星間航行用燃料は空になっていた。


「ちっ、あれだけ積み込んだのにもう空かよ?! 」


いや、違うな。よくよくパネル表示を確認してみれば、どうやらコンテナが残存燃料を自動的に宇宙空間に放出したらしい。


「な、んだと?! 」


彼が驚愕の表情をみせた時、不意に額に嵌め込まれているクリスタルが光り輝き、青白い広角を飛ばすと小さな少女の姿となる。


「これは失敗でした。どうやらコンテナが自立判断したようですね」


「どういうことだ? 」


「ご主人様が機体に3連続で亜空間跳躍をさせたので、恐らく機体限界を超えたと判断したのでしょう。航行異常につき、積み荷を守るために、これ以上の跳躍を避けようと、恒星間航行用燃料を放出したと思われます」


実に合理的な判断ですね、とさり気なく付け加える事も忘れない。


「お前は、一体どっちの味方だよ! 」


「と言われましても…… 」


二人? が乗っているこの機体は、そもそも人間が宇宙を航行するための船ではない。帝国から賜って領土にしていた小惑星帯は遥か彼方後方。不意に宇宙軍隊アリアーミーアントの群れに急襲され、積めるだけの物を積み込んで恒星間航行用コンテナで脱出したのだ。恒星間航行用コンテナとはいえ、恒星間の定期航路を物資を積んで往来するだけの用途でつくられた箱である。乗員の乗り心地などは考慮していないし、手動で航行する事は一応できるものの、3連続で亜空間跳躍をする事など、恐らく想定していなかったのだろう。


さて、こうなってしまった以上、取る事が出来る手段は限られている。


「アン、通常航行でたどり着ける範囲内に星系はあるか? 」


数瞬の間をおいて、アンの答えが脳内に返ってくる。


「星間ネットワークに繋ぐことができませんので少々、古い記録ですが、ひとつありますね」


星間ネットワークに繋ぐためには重力波通信ユニットが必要になるのだが、このコンテナには付いていない。このコンテナ船がつくられた時のオフラインデータだと思われるのだが、それによると、500~600年前に帝国に廃棄された星系が近くにあるらしい……のだが。


「……確認したが、ここ以外にないの、まじで? 」


「私も、そう思わないではないですが、選択肢はありません……」


そもそも彼の元々の領地からして辺境の小惑星帯だったのだ。そこで彼は辺境騎士伯として資源リソース管理をしながら採掘と商売と辺境探査を生業にしていた。そこから更に宇宙軍隊アリアーミーアントによって追い立てられ、無秩序に亜空間跳躍を繰り返したので、帝国外縁部から更に外側にきてしまっている。


溜息をつきながらも、彼はコンソールを器用に操ると恒星間航行用コンテナの進路を、その星系に向ける。


「ご主人様? 私の投影はカロリー消費が激しいので、しばらく中にいますね? 」


彼がうなづくと同時に、薄青色の少女であるアンの姿が消えた。彼女は実は彼の体内で共生するナノマシン人格で、品質指標クリアランスSSSのtypeZZ。ナノマシンとしては最高水準にまで進化している。


そして彼はと言うと、辺境開拓に特化した有機サイボーグで帝国騎士でもある。


有機サイボーグとは、文字通り有機体で四肢や内骨格を形作られているサイボーグで、見た目は人間と変わりはない。生殖機能も有しているし、睡眠もとれば疲労もする。ただナノマシンとの共生に特化した有機体で四肢が形成されていて、様々な特殊能力を発揮する事が出来る。


額に嵌め込まれているクリスタルは戦闘用ナノマシンを制御するためのもので、品質指標クリアランスA以上のナノマシンは、このクリスタル無しでは制御できないし、それ以上の進化もできないという優れもの。彼の先々代が開発して世界に普及させたものである。当時は画期的ナノマシン制御システムとして莫大な富を得たらしいのだが、先代が資産を食い散らかして彼にはこのクリスタルしか残さなかった。


ちなみにナノマシンの品質指標クリアランスは、上からSSS・SS・S・AA・A・B・C・D・E・Fの10段階があり、上位に進化するためには一定数のナノマシンが群体となって数を増やし進化する必要がある。先程も述べたがAランク以上の進化には制御クリスタルも必要になってくる。Aランク以上になると自我が発生し、感情を表す事もあるというのだが、そもそも全宇宙広しと言えどもSランク以上のナノマシンを保有している人物は数えるほどしかおらず、宇宙伝説の類と思われていた。


まあ、彼のアンがそれなのだが。


「まいったよなー、しかもこの星系、廃棄前に第3惑星に流刑星がひとつと小惑星帯に採掘所がひとつあったきりじゃないか」


彼が所属する帝国は昨今、成長が停滞しており、100年単位で領土が縮小しているのは知っている。恐らく、この星系もそういった中で廃棄された内のひとつなのだろう。


「何か補給できる可能性も薄いか……」


高カロリーの非常食スティックをかじりつつ、脱出時に積み込んだ数少ない探査プローブを飛ばす。帝国が廃棄する以前に流刑星として使われていたという星に先行させ、念のために大気成分や資源含有をスペクトル分析させる為だ。


程なく彼が乗る恒星間航行用コンテナも星系内に突入し、簿妙な軌道修正を終えながら目標の第3惑星軌道上で周回するように航路設定を終える。


「……あっ」


コンソールを叩きながら、このコンテナの性能を確認していた彼が不意に声をあげた。


「こいつ、大気圏内に降下できないんじゃね? 」


アンに問い掛けたつもりだったのだが、彼女からの応答は無かった。


「…… 」

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