第17話 食べてください!(1)
結局のところ、学校へは行ったものの授業を受けることはできませんでした。
校内へ入った瞬間、授業終了の鐘が鳴ってしまったのです。皆さんが下校する時間に、わたしは登校。ひなたには「だから言ったじゃないか」と呆れられました。そうは言っても、あのまま欠席するのは、なんと言いますか……わたしがわたしを許せなかったのですよね。これでも学校の先生がたには『真面目な生徒』として見られているはずなんですよ。休み時間に騒いで怒られたことは今までに一度もありませんしね。ええ、まあ、一緒になって騒ぐような友人がいないだけなのですけど。
……とにかく。あのまま欠席するより、授業に出られなくてもこうして登校したという事実が重要なのです。結果的には欠席になりましたけど、気分は違いますよね。一応、職員室へ行って担任の先生に事情を説明しました。もちろん叱られましたよ。森で迷っていた人を助けたと言っても、そんなこと知るかで終わってしまいましたし。ひどい先生です。おとぎ話の世界では、こういう人が悪役になるのでしょう。
……でも、まあ、今回の件に関しては、わたしが悪いことは自分でもよくわかっているので、猛省します。
そうそう、ひなたは大会が近いとかで、すぐに部活をしに体育館へ向かってしまいました。授業はどうでもいいくせに部活には一生懸命なのですよね。ひなたのそういうところ、嫌いではありません。むしろ好きです。頑張っているひなたの姿は、本当の本当に格好よくて……ああ、でも、こんなことを本人に言ったらとてつもなく面倒なことになりかねないので、内緒にしておきましょう。
さて、部活もなにもやっていないわたしはこのまま帰宅するしかありません。
先生に一礼し、職員室を出ます。昇降口へ向かうため、教室の前を通り過ぎようとしました。
……そのときです。教室の中から、巨乳ちゃんの声が聞こえてきました。玉を転がすような笑い声。クラスメイトとの楽しげな会話。……わたしと一緒に帰ったときにみたいに、いろんな話題を上げてみんなを楽しませています。
わたしはこぶしを握り締め……急いで廊下を走りました。今はまだ、彼女とお話しをする気にはなれません。悪いのは彼女ではないということは、充分に承知しています。ですが……どうしても、彼女を見ると気持ちが落ち着かなくなるのです。だってきっと、話せば思い出してしまいます。いい子なのだけど――わたしはあのとき、とっても傷ついた。……だから少しだけ、距離を置きたいと思ったのです。
昇降口で靴を履き替え、外に出ます。見上げると、今にも雨が降りそうな……暗く、重い、空でした。
ああ――大神さんは、ちゃんとあの女の人と会うことができたでしょうか。
……そんなこと、わたしにはもう、関係ないのですけれど。
ガタゴトと汽車に揺られ、一時間。家に着く頃には、もう外は真っ暗でした。すでに母が帰っていて、おいしそうなミネストローネを作って待っていました。夕飯の手伝いをしているうちに、父も仕事から帰ってきました。家族揃っての、あたたかな食事です。やっぱり家族で食べるごはんはとてもおいしいです。
笑いながら食卓を囲んでいると……ふいに、わたしのケータイが光りました。メールが届いたようです。
「ごちそうさまでした」
自分の食器を片づけて、部屋へと戻ります。ケータイを取り出し、メールを確認しました。……そこにあった名前を見て、わたしはくちびるをかたく結びます。
彼氏さんでした。久しぶりです。最後に連絡がきたのは、確か五日前でした。会おうという約束をすっぽかされて……そのあとメールが来たんでしたっけ。
今週末に会おうと、彼は言っていました。今来たメールの内容はまだ見ていませんが、たぶん、その件についてです。何時にするか、どこへ行くか、どんなことをするか……まだなにも決めていませんでした。
そうです、きっとそのメールに違いありません。
震える指でそっとメールを開きます。
そこに書いてあったのは。
「……ああ」
そうですね。そうですよね。わかっていました。わたしは、彼との約束なんて――とうに諦めていたのでしょう。……だって、ほら。わたしったら、さほどがっかりはしていないんですから。
メッセージは、たった一行。
「今週末は家の用事ができて会えなくなった」とのことでした。
かまいません。彼はとても忙しいかたですから。わかっています。こんなわたしとお付き合いしてくださっている時点で、わたしは感謝をすべきなのです。彼のような素敵なかたが……巨乳ちゃんもうらやむようなかたが、わたしなんかと一緒にいてくれるなんて。それだけでありがたいと思うべきなのです。
ケータイを、ぎゅっと握りしめました。たった一言「わかりました」とだけ打ちます。どうして、なんて言いません。彼が会えないと言ったら会えないのです。怒る? とんでもない。少し残念には思いますが……わたしは、大丈夫です。
送信ボタンを押し、ひとつ息を吐きました。そっとベッドに座り、そのままゆっくりと横になります。
不安じゃないと言ったら、嘘になります。でもわたしは……彼を信じたいのです。そう思ってここまでやってきました。たった数か月の関係ですが、わたしは彼をとても素敵な人だと思っています。あんなに綺麗な瞳を持って……わたしの世界を認めてくれた人、なのですから。
気になるのは、ひなたも、大神さんも、巨乳ちゃんも口にしていた女性関係のことだけですが……まわりがなにを言おうと、わたしがその光景を見たわけではないのです。疑うのはまだ早いです。
……そうです。信じなければ。わたしが信じなければ、誰が信じるというのでしょう。
大丈夫です。きっと。……わたしは自分にそう言い聞かせ、ケータイをそっと枕もとに置き、目を閉じます。
このまま寝てしまいましょうか。明日も、明後日も……なんの用事もありません。やっぱり友人は多いほうがいいのかもしれませんね。だって、きっと……一人では寂しくなってしまいます。
さあ、明日はなにをして過ごしましょうか……。
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