bake 第5話
この小さな街に来て、初めて意識した女性。その人と仲良くなり楽しい思い出も出来た。そして時を共にするにつれ自分の中では、より意識する様になった人。
その自分にとって、より思い入れのある女性が悲しい姿で自分の隣に座っている。
何となく本来の姿を見たいが為に、勢いだけで呼び出したものの……
久しぶりに声を交わし、ユウさんの店[Pig Pen]で会えたのに。
そんな悲しげな目をされると、何も言えなくなってしまう。言いたい事は、沢山あるのに……
ユウさんは、気を遣ったのか奥の厨房に行ってしまった。
自分とカオリさんにウイスキーの水割りを出した後に……
MACALLAN [マッカラン]の12年。
アキさんが、ボトルで置いていたウイスキー。
アキさんの好きなウイスキーを…… あえて出したユウさん。
カウンターで、カオリさんと二人きりで暫く無言の時間が過ぎた。
カオリさんは、ウイスキーの入ったグラスを見つめ。
その様子を見たのを最後に、その日はカオリさんの顔を見る事は無かった。
自分もカオリさんの悲しげな目を見るのが辛かったし、顔を見ない方が お互い話易いだろうと思ったから……
この店の主が居ないカウンターの棚を見ながら話をきり出した。
「やっぱり、つらいですか? 」
「別に…… マコは私にフラれた時、ツラかった? 」
「……正直言うと、自分は告白するつもりなかったんで…… つらいより恥ずかしいというか」
「ふんっ! 告白するつもり無いって言った割には、マサユキには言えるんだ! 」
う〜む、痛い所 突かれた。
ただ、思ったよりカオリさんが話してくれて、少し嬉しかった。
「諦めてしまうんですか? アキさんの事」
「やっぱ、馬鹿だね〜〜 マコは……。諦められないから…… ツラいのに」
「やっぱり、ツラいんですね! 」
カオリさんに突っ込んでみた。
「腹立つ! 帰るよ! からかうなら」
「駄目です! 帰ったら。まだ終わってないし、グーパンチしたんだからもう少し居て下さい」
じんわり痛みが出てきた左頰を、冷たいタオルで冷やしながら強気で言ってみた。
カオリさんは返事をしなかったが、水割りを一口飲んだ様なのでホッとした。
今、帰られると意味がない気がして。
「はぁ〜〜、なんでこのウイスキーだすかな〜〜。あのジジィ! 嫌味だよね? 」
はやくもユウさんをジジイと……
厄介だ、早目に話を進めないと。
でも、何て話を続ければいいのか……
「亡くなった人には、勝てないか〜〜 」
ボソっとカオリさんが、言った。
「まだ、2年位みたいだからアキさんにとっては、簡単にはいかないのでは? 」
「なんかさ〜〜、月日とか関係ない気がする。多分、アキさんはずっと変わらない気がする。実はさ〜〜、私もさ〜〜 何かアキさんと上手くいく自信は、なかった気がしてたんだ〜〜。結構前から。いつも違うとこ見てた気がしてたし、私が踏み込めないアキさんの世界があったのも、実感してたし…… 」
「あの、生意気かも知れないけど自分の考え、言っていいっすか? 」
「ダメ! マコは既に生意気だし! 」
あぅ!
そこは突っ込む所じゃないでしょ!
言わせてくださいよ〜〜。
「で? 何? 」
ぶっ、『ダメ』って言っておきながら。
言っていいのですね? 言いますよ!
「自分が思うに、アキさんツラいんだと思いますよ。亡くした事もそうだけど、自分が愛した人がそういう運命になってしまった事に…… また、そういう事になるんじゃないのでは的な。だから敢えてカオリさんにキツく言ったのだと…… 」
「ふんっ。私がそんなヤワに見える?
私は、簡単には死なない。見る目ないんじゃないあのパン屋は」
「ですね、全くヤワには……。でもアキさん自分に言った事があって、人生何があるか わからないって。それにカオリさんの事、ちゃんと見てましたよ! いいオンナだって言ってたし。ただのパン屋では無いですよ! 」
「パン屋って言うなよ! アキ…… さ…… んの…… こと…… 」
声をつまらせながら……
自分がパン屋と言った事に…… 強く……涙ながらに反論した。
カオリさんがアキさんの事、『パン屋』と呼ぶのは愛情表現。
自分は、それでも真っ直ぐ前を見ていたが…… カオリさんは、泣いて…… 泣き崩れたのを横目で感じていた。
ユウさんが、やっと出てきてカオリさんの前にティッシュの箱を置いた。
何も言わないユウさん。
静かに自分のグラスにウイスキーを入れ
ロックグラスにもウイスキーを注ぎ自分のグラスに軽く当て、ユウさんがそのロックグラスに入ったウイスキーをストレートで飲み干した。
自分が、グラスに入った水割りを飲み干したぐらいに、
「マコ…… 帰るから、送って? 」
意外にもカオリさんが、そう言った。
「はい」とだけ言ってユウさんの店を出た。
何も話す事無く、カオリさんの2、3歩、後ろを歩き……
今、自分にとって一番大事な女性の背中を見ながら…… どうか幸せになってください。
そう思った時、ふと思い出した。
以前、アキさんがくれた革のキーホルダーとプレッツェル。
キーホルダーに彫られた
『幸せを運ぶフクロウ』
独特の形のパン
『祈りの姿のプレッツェル』
まさに今その気持ち、そのまま。
無言のまま、カオリさんを家まで送った。
カオリさんは、自分に軽く右手を上げ……
右手を上げてくれただけで、安心した。
会って良かったんだよなと、思いながら。
ユウさんは、何故アキさんのウイスキーを敢えて出したんだろう。何も語らなかったユウさんも気になった。次から次へと考えれば考える程、色んな事が気になった。
雪が降りそうで降らない、師走の初めの寒空の様に懐疑だった。
第5章 終
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