bake 第4話

アキさんに会いに行って…… 結果的に良かったのだろうか。自分が感じていた違和感の様なものは多少解消されたが、アキさんのハッキリとした想いを聞かされると辛いものがあった。


ふと、秋に行った温泉旅行を思い出し楽しかったあの時が、懐かしく恨めしく。

もうあの様な時間は、皆んなで過ごせないのだろうか。

カオリさんのキツいツッコミが、無い日々はつまらなく、寂しい。

カオリさんと恋愛関係にならなくても、また楽しくお酒を飲みたい。

アキさんとアキさんを見続けるカオリさんと、語り合いたい。

ユウさんとユウさんを慕う三人で、美味しい物を食べ、賑やかに過ごしたい。


自分が動けば、そんな状況をつくりだせるのだろうか。でもカオリさんには、避けられたし。

いや! 避けられても、強引にカオリさんに会わねば!

アキさんにだって、会い辛い思いがあったのに強引に押しかけた自分なのに。


カオリさんに ”グーパンチ” を食らう覚悟で。


……やめとこうかな、マジにパンチしそうだし。それも腰が入った重いパンチ。

痛そうだ…… 泣くかもしれない。


うーむ。一旦ユウさんに相談だな!


こんな状況でも、『ヘタレマコ発動』だなんて…… 情けない。


とりあえず、グーパンチを食らう事が無い電話で。 ……でない。


まぁそうだろうな。じゃメールで。


(カオリさんらしくないっすよ! 失恋パーティーやってあげるんで、飲みにでも行きません? )


ちょっと今のカオリさんには、キツい文章かな? でも殴られる事は無いし。


ええぃ! 送ってやれ!

ポチッと……


……


返事ないですか。

メールでも避けられますか!


むぅ! 強引に会いに行ってのグーパンチは、避けたい……

なので、少し様子を見る事にしよう。

出来ればメールの返信、お願いします。


来ない。


寝るか…… また明日メールしよっ!


あ〜〜、眠れない。


くそっ! もう破れかぶれだ!

殴られる気、満々で会いにいこう!

どうぞカオリ様、思いっきりやっちゃって下さい。そのかわり自分は、言いたい事 言いますからね!

カオリさんも覚悟して下さいよ! ふふっ


いや待てよ、もの凄いパンチ食らったらヤバイだろ! 痛すぎて泣いちゃったら、その後カオリさんに言いたい事 言えなくなるかも。歯が折れたら、どうしよう。あーー、口の中血だらけで…… 嫌だ〜〜!


寒さなのか、恐怖なのかブルブル震えてしまった。『恐怖ですけど』


と、携帯が鳴る。


おもわず、「ひぃ〜!」と声が出る。


ん? メールの返信だ。

良かった〜〜。

色んな意味で良かった〜〜。

自分の頬をさすりながら、返信を見る。


(マコのくせに! )


ん? それだけ?

もう、それだけじゃ怒ってるのか落ち込んでいるのかも、わからないんですけど!


(その通りです。その自分が慰めてあげると言ってあげてるのです。どうです? 悔しいでしょ? 悔しかったら明日ユウさんの店、来たらどうです? )


開き直りと、らしくないカオリさんに対して強気にメールした。


……


結局その後、返信が来る事は無かった。


『ふふっ、カオリさん。自分の強気な姿勢にビビりましたね』


とは思いつつ、しばらく眠れなかった。


恐怖と後悔で……


完全に寝不足。まだ今日は、金曜日。

あくびをしながら仕事。

周りには、二日酔いだと思われ、上司にも嫌味と喝を入れられ。


夕方になるにつれ、ドキドキしだした。

大体、カオリさんは来るのかな?

返信も無かったし。

来たら来たで、ちょっと怖い。

どう話を切り出せばいいのだろうか。

そんな事を考えてたら…… ユウさんの店に行きたくなくなった。

いやいや、行かねば!

カオリさんが来なくても、自分は行ってドンと構えて…… 来るならこい!


ん? 話が変わってきたか…… 呼んだのは自分だし、言いたい事あるのも自分だし。


仕事が終わりに近づくにつれ、手に汗を掻き出した。気のせいか手や足が震える。

『武者震いですな! 』 そう言い聞かす。


恐怖とアッサリ無視された場合の虚しさが重なり、体が色んな反応を……


仕事が終わった。終わってしまった。


むぅ、行くか! 行くしかないか。行かないといけないか。行き…… たく…… な、ダメダメ! 行くと決めたんだから。


いざ、戦場へ!


そ〜〜っと[ピッグペン]のドアを開ける。ほっ! 誰もいない。


「おーー、早いな! 」ユウさん。


「あ、はい。実は…… カオリさんに今日ここで待ってると、メールして。来るかどうかは、分からないですけど」


「ほぅーー 」微妙な笑顔を見せるユウさん。


「あっそうだ! ユウさんの店[Pig Pen]って、どんな意味なんすか? 」


気を紛らわせる感じで、訊いてみた。


「意味は無い。スヌーピー知ってる? あれに出てるキャラ。あまり出ないから知らないと思うけど。埃を吸い寄せるキャラらしい。何となくその名前が、引っかかっただけ」


意外とあっさりとした答えだった。

ただ、ユウさんの口から『スヌーピー』が出てきたのは意外……

ちょっとニヤけてしまった。


その時、ドアが開いた。


ニヤけていた顔が、一瞬で引きつった。


入り口近くで、仁王立ちの……カオリさん。自分も席を立ち、カオリさんの方を向く。


カオリさんが一歩踏み出したと思ったら、いきなり自分の襟元を掴む。

カオリさんは、表情一つ変えず……


ボコッ!


あまりにも急で、何が起こったかわからなかった。ただ自分は、床に這いつくばっていた。


ん? 痛い……


カオリさんの不意打ち。

見事な、グーパンチ!


拳が、見えませんでしたよ!

自分の想像を遥かに超えた、恐ろしい……

“グーパンチ”


痛かった、徐々に痛みが増してきた。

ただ、不意打ちだったせいか自分が想像していたより大丈夫だった。


「マコのくせに! 」


メールで返信してきた言葉を今度は直接、声に出して言ってきた。


「カオリさん! 今度は自分の番です。今夜は、トコトン付き合って貰います。言いたい事、言わして貰います。覚悟して下さいよ! いつまでもヘタレマコだと思ってた…… ら…… 」


バコッ! 「痛〜っ! 」


自分がまだ話してる最中、それもいい感じで。

なのに今度は頭をグーで、ど突く!


「うるさい! マコのくせに! 」


また、それですか!

というか暴力は、やめましょ!

グーパンチを一度なら覚悟してましたが、それ以上は想定外です。勘弁して下さい。


「カオリ! もう、いいだろ? 座れよ、とりあえず。マコちゃんも。冷たいタオル持って来るから」

ありがとうです、ユウさん。

ボコボコにされる前に、止めてくれて。


「ほらっ! 言いたい事あるんでしょ! 言いなさいよ! 」


椅子に座り、そう強めの口調で言ったカオリさんだが…… その目は、今にも……


泣き出しそうな……

悲しげな目をしていた。



第4章 終

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