After11 ダブルデートの帰り道と唯花の本音


 駅前のカフェでダブルデートした後。

 俺と唯花ゆいか伊織いおりあおいはロータリーのところで別れることにした。


 伊織は葵を家に送っていき、唯花もいつものごとくウチにくる。

 別れ際、葵からこっそりお礼を言われた。


「あの、今日はありがとうございました。色々アレなことはありましたけど、本当にかなりアレでしたけど、最終的には助かりました」


 俺は小さく頷き、隣の唯花もVサイン。

 ついでに唯花が葵に耳打ちする。


「また爆誕したくなったらいつでも貸してあげるからね?」

「……っ!? え、いや、それはえっと……」


 葵はしばらく目をさ迷わせた後、蚊の鳴くような声で囁き返した。


「……伊織くんも気に入ってくれたみたいなので……もしも機会があれば、お願いします」

「かしこまりっ」


 どうやら葵のなかで新しい扉が開いたようだ。


 ううむ、良いことなのか悪いことなのか……唯花にゃんと葵にゃんが群を成したら、俺たち男子は一網打尽にされるかもしれんぞ。やれ恐ろしいことじゃわい。


 一方、少し先にいる伊織がこちらに向かって言う。


「お姉ちゃーん、今日は遅くならずに帰ってくるんだよ。いいね、奏太そうた兄ちゃん?」


 唯花に言ってると思ったら、最終的に俺に念押しする辺り、実に伊織だった。


 そうして中学生カップルと別れ、俺たちは家路に着く。

 時刻はすでに夕方。赤い夕焼けがアスファルトの道を優しげに照らしてくれている。


 並んで歩きながら、俺は隣の唯花に言った。


「しっかし、ネコグッズなんていつの間に生徒会室に持ち込んでたんだ?」


「くくく、こんなこともあろうかとこっそり準備しておいたのです」


「こんなこと、の想定がさっぱり分からん」

「あらゆる状況を想定し、念入りに準備しておくのが一流の軍師なんだよー?」


「恐るべきは諸葛ゆい明……。葵だけじゃなく、後輩たちも今後似たような目に遭うのかもしれないと思うと、生徒会長の俺は胸が痛いぞ」


「へ? なに言ってるのよ?」


 なぜか唯花は大きく目を見開いた。


「可愛い後輩の前で唯花にゃんするわけないでしょ?」

「え、しないのか?」


 というか、『唯花にゃんする』って『唯花にゃん』は動詞だったのか。

 今世紀最大の大発見だ。


「するわけないでしょー。伊織はともかく、義妹いもうとの葵ちゃんでギリギリ。それ以上はないのです」

「ギリギリって……なんでまた?」


 俺は目をパチクリ。

 唯花ならところ構わずネコ耳つけて、俺に向かって唯花にゃんしてきそうだが。


 しかしウチの彼女は予想外に唇を尖らせる。


「だって恥ずかしいもん」

「なん、だと……?」


 本当に予想外だった。

 ネコ耳つけて乱舞する唯花に羞恥心なんてあったのか……!?


 思わず表情に出てしまったようだ。

 俺の考えてることを瞬時に察し、唯花が「こらーっ」とお怒りになられる。


「あたしをなんだと思ってるのよぉ! 奏太以外の前でああいう格好するの、すっごく恥ずかしいんだからねっ」


「馬鹿な!? 今日だってノリノリで唯花にゃんしてたじゃないか!」


「あたしがノリノリしてなきゃ、葵ちゃんが伊織の前で葵にゃんできないでしょっ」


「な……っ。だからあえてノリノリしてたのか!?」

「そうだよっ。わざと元気よくノリノリしてたのっ」


 なんてこった……。

 『唯花にゃん』だけでなく、『葵にゃん』や『ノリノリ』まで動詞になってしまった。


 いや違う。

 そこじゃない。


「じゃあ唯花、お前……今日、葵の前で唯花にゃんしてた時も本当は恥ずかしかったのか?」


「当ったり前でしょー! あたしが奏太に放った肉球ぱんちは恥ずかしさと使命感を込めた、愛と正義と羞恥心の肉球ぱんちだったんだからね!」


「Oh、なんてこった……っ」


 それは攻撃力があるはずだ。


「分かった? 分かったら反省して唯花ちゃんの鞄をお持ちなさい」

「……分かった。反省して今日はお前の鞄持ちに徹しよう」


 ほれ、と差し出された通学鞄を恭しく受け取った。


 ううむ、しかしそうか。

 本当は恥ずかしかったのか。


 まあ考えてみれば、唯花は根っからの人見知りだ。

 心を許した相手にならなんでもアリなのかと思ってたが、そんなわけはないか。


 幼馴染として長年一緒にいて、恋人同士になってからもそこそこ経つが、それでもまだこういう発見があるっていうのは感慨深いな。


 だが。

 しかし。

 そういう感慨はさて置いて。


「惜しいことをした……」

「んー?」


 てっきりいつものノリだと思っていたのに、実は恥ずかしがっていたなんて。


 ノリノリの唯花にゃんをしながら本当は羞恥心でいっぱいの唯花をちゃんと堪能したかったぞ……っ。


 よく観察していれば、ちょっとぎこちないところとか微妙に照れくさそうなところにも気づけただろうに。


 そんな可愛い唯花を堪能できただろうに。


「くっ、考えれば考えるほどに口惜しい……っ」

「もしもーし、奏太ー? 聞いてるー?」


 もう一度、あの状況を作り出す方法はないだろうか。


 考えろ。

 考えるんだ、三上みかみ奏太。


 そうだ、ネコグッズは生徒会室の『ゆいか箱』に置いてきたが、巫女服や幼妻セットはまだ唯花の部屋にあるはずだ。


 俺が如月きさらぎ家にいった時、上手いこと伊織が葵を家に連れてくれば、今日のような状況を再現できるかもしれない。


 ああ、そうだ、メイド服もあるぞ。

 あれはもともと俺が文化祭の女装カフェで着させられたものだから、ウチに置いてある。


 メシでも食おうと言って、伊織と葵をウチに誘えば、条件は簡単に整う。


 あとは如何にして唯花がそれらの衣服を装備する状況にするか。

 それが問題だ。


「……巫女服……幼妻……メイド服……」

「にゃんですと!?」


「……今日の感じだと、おそらく葵は篭絡できる……問題は伊織……いや伊織も紳士協定でゴリ押しすれば……あいつも葵の色んな格好は見たいはず……」

「ちょっと、ちょっと、ちょっとーっ!」


 突然、唯花が前方に躍り出た。

 俺の正面でくるっと振り向き、黒髪とスカートがふわりと舞う。


 うん、やっぱり高校の制服もいいな!


 と思っていたら、ぺちこんっ、とデコピンされた。


「あいてっ!? なんだ!? なんでデコピン!?」

「良からぬことを考えてた罰なのです」


 腰に手を当てて仁王立ち。

 そのまま唯花はずいっと顔を覗き込んでくる。


 長いまつ毛が夕日に照らされてきれいだった。


「今、如何にしてあたしを恥ずかしい目に遭わせるか考えてたでしょー?」


「な……っ!? ウチの彼女はエスパーか!?」

「いや思いっきり口に出してたから」


「え、マジで?」

「マジマジ」


 まさかこんなことで計画が露見してしまうとは。

 ちくしょう、俺は一流軍師にはなれないかもしれん。


 イタズラっ子を叱るように、唯花の指先が顔の前にくる。


「悪の計画は圧倒的にNO! いい? ああいう格好をしてあげるのは奏太の前だけです」

「ぬう……」


 残念だ。

 かなり残念だ。


 でもそのセリフは結構グッとくるぞ、うん。


 そっかー。

 俺の前だけなのかー。


「? なんでニヤニヤしてるの?」

「気にしなくていい。こっちのことだ」


 笑いをかみ殺し、俺は唯花の横をするりと抜けて歩きだす。

 するとすぐに追いかけてきて、腕にしがみついてきた。


「いや気になるからっ。なによー、なんのよー」

「なんでもないって」


「やー。言ってー」

「言ーわーなーいー」


「も~」

「もー」


「真似しないのー」

「真似しないのー」


「また真似してるっ」

「また真似してるっ」


 きゃっきゃとじゃれ合いながら並んで歩く。


 しかし右手に通学鞄を二つ抱え、左手に唯花がぶらぶらしてる状態だとかなり歩きにくい。


 仕方ない。

 ここは素直に白状するか。


「俺の前では恥ずかしい格好もしてくれるんだろ?」

「ふみゅ?」


「実はな、唯花。ウチにはメイド服があるんだ」

「ふえっ!?」


 俺の思っていることを察したのだろう、途端に顔が真っ赤になった。


 うむ、かわゆい。

 これはいじめたくなってしまう。


「着てほしいなー。着てくれるよなー?」

「え、や、そりゃ奏太の部屋にメイド服があるのは知ってるけど、以前まえに着てあげたこともあるけど、改めてお願いされると恥ずかしいっていうか……っ」


 しどろもどろになる唯花。


 YES!

 その顔が見たかった!


「葵はいないし、伊織もいない。俺だけぞ? ほら、何を恥ずかしがることがあるのだね?」


「そ、そうだけどーっ。でもでもっ、自分から着るんじゃなくて、奏太にお願いされて着るのはなんか、なんか……」

「なんか?」


 唯花はますます赤くなり、俺の腕に顔を埋めて、ぼそっと。


「……えっちぃ感じがする」

「~~っ」


 はい、可愛い!


 いかん。

 この場で悶絶してしまいそうだ。


 以前の未熟な俺なら即ルパンダイブしてるぞ。


 しかし昔とは違い、俺は成長している。

 冷静にキリッと真顔を向けた。


「えっちくない、えっちくない。見よ、この紳士の顔を」

「さっき紳士協定で伊織をどうのって言ってたのに、どの口が!?」


「かつてアリストテレスはこう言った。『それはそれ、これはこれ』」

「言ってない、ぜったい言ってない! も~、男の子な感じの奏太は信用できませんっ」


 ぱっと腕から離れ、唯花は小走りで逃げるように駆けていく。


 くっ、なんてこった。

 このジェントル三上ともあろう者がレディの信用を失ってしまった。


 しかしそうして意気消沈していると、トトトッと駆けていた唯花が少し先でぴたっと止まった。


 肩越しに振り向いてくる。


「ほら、早く帰るよ」


 夕焼けに映える黒髪を恥ずかしそうに手いじりしながら。

 チラッと上目遣いにこちらを見て。



「……可愛いメイドさんが奏太のこと待ってるんだから」



 ジェントル三上の大勝利!

 俺は見えない位置でガッツポーズ。


「よし帰ろう。今すぐ帰ろう。なんなら走るか? ダッシュするか?」

「もう~、すっごいニヤニヤしてるーっ」


「してない、してない」

「してるってばー! 伊織や葵ちゃんには言っちゃダメだからねー?」


 唯花がまた腕を絡ませてきた。

 唇を尖らせて念を押す顔が大変かわゆい。


 なんていうか、幸せだ。


 夕焼けのなか、そうして俺たちは寄り添ってウチへと帰る――。

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