第151話 キスがもう終わりといつから錯覚していた?

「ん……」


 こぼれるような唯花ゆいかの吐息が愛おしい。


 今、俺たちは人生で三度目のキスをした。


 もう戦う気なんて起きない。

 胸にあるのは甘やかな喜びだけだ。


「えへ……」


 唯花が嬉しそうに微笑む。


「ちゅーって気持ちいいね」


 はにかんだ笑顔が大変可愛い。

 ああもう、なんでそんな可愛いんだよ、お前は!


 ひそかに悶絶していると、さらりと髪を揺らして囁く。


「もっかい……する?」


 尋ねるような口調だが、瞳は『したいよぉ』とおねだりしている。

 はい、可愛い。倍率ドンでさらに可愛い。


 俺はキスしたばかりの至近距離で見つめ合いながら、手いじりのように前髪を梳いてやる。


「いいのか? 3回目した後にすぐ4回目なんて」

「だって奏太そうた、すっごくしたそうな顔してるから」


「お、俺はそんな顔してねえですよ」

「えー、してますですよー?」


「唯花だって、したそうな顔してるぞ?」

「あたしは……」


 ちょっと俯き、甘えた視線でこっちを見つめる。


「……したいですよー?」


 くらり、ときた。

 おかげでぽろりと白状してしまう。


「俺も……したいでございます」

「じゃあ……」


 俺のシャツをきゅっと握る。


「しない理由……ありますか?」

「……ないですな」


 大変こそばゆい気持ちで頷いた。

 そして唯花のあごをクイッと持ち上げる。


「……いくぞ?」

「うみゅ……」


 再び顔を近づけていく。

 さっきよりは少し心の余裕があって、『まつ毛長いな』なんてことを思ったりしていると……。


「てへぺろりん♪」

「はうわっ!?」


 キスの直前で、いきなりぺろっと唇を舐められた。


 今日までの人生で感じたことのない、鋭いようで柔らかい、激しいようでじれったい、不思議な快感が背筋を突き抜ける。

 

 半分仰け反り、唯花みたいな口調で叫んでしまう。


「な、何をするのかね、君は!」

「えっへへー」


 お姫様は大変お満悦。


「イタズラ大成功♪」

「い、いたずら?」


「唇ぺろりんするチャンスをずっーと狙ってたの」

「わ、わけ分からん。なんでそんなこと……っ」


「奏太が舌入れるって言うから。だったらあたしは唇ぺろりんしてやるのです」

「あー……」


 なるほど、そういうことか。

 どうやら今のぺろり行為は決戦に関する唯花の秘密兵器だったらしい。


 それにしても恐るべき攻撃力だった。

 思わず自分の唇に触れて戦慄する。


 ぺろられた瞬間、気持ち良さに魂が持ってかれそうになった。

 あれを決戦のなかでやられていたら、我が軍はもっと早期に壊滅させられていたかもしれん。


「唯花、恐ろしい奴め……」

「ふふん、唯花ちゃんを舐めてはいかんのだぜ?」


 にやりとドヤ顔。

 いや舐めたのはお前の方だけれども。


 やりたいことをやって気が済んだらしい。

 何食わぬ顔で、しなだれ掛かってくる。


「はい、じゃあちゃんとチューしよ、チュー」


 無論キスすることは構わぬが、このままでは俺も男として悔しい。

 なのでちょっと意趣返しだ。


「分かった。じゃあ、するぞ」


 と言ってパジャマの肩に手を置きつつ、背伸びをしてみる。

 すぐに「およ?」と目を丸くする唯花。


「あれ? あれれ?」

「ほら早くキスしようじゃないか」


「え、え、だって……」

「ほれ早く」

「とーどーかーないーよーっ!」


 俺と唯花は多少の身長差がある。

 キスする時、俺が屈んで、唯花が背伸びをするとちょうどいいくらいだ。


 よって俺が反り返って背伸びをしてしまえば、もう唯花は届かない。

 手も足も出ないとはこのことである。


「もう~、奏太のいじわるーっ。これじゃチューできない~!」

「えー、そうかー?」


「そうだよぉ! しゃがんで、しゃがんでっ」

「はっはっは、唯花はちびっ子だなぁ」


「ちびっ子じゃないもん! 奏太がいじわるなんだもん!」

「まーまー、落ち着きたまえ、ちびっ子唯花よ」


 反り返って見下ろしたまま、頭をなでなでと撫でてやる。

 唯花は「むー」と満更でもなさそうにむくれている。


 ふっ、いとおかし。

 最後には正義が勝つのだ。


「もう怒った! っていうか、もう我慢できなくなった! ので……唯花ちゃん、フライハーイ!」

「は? フライハ――いっ!?」


 突然、唯花が垂直ジャンプしてきた。

 抱き着くように飛び込んできて、勢いよく唇が重なる。


「――っ!?」


 さらには勢いがつきすぎて、口のなかに艶めかしいものが飛び込んできた。


 舌だ。

 唯花の舌が入ってきた。


 次は俺から仕掛けて入れてやろうと思ってたのに、ところがどっこい、唯花から舌を入れられてしまった。


 お互いの舌が。

 たいへんリアルな感触で。

 触れ合う。


「「~~っ」」


 ご本人も驚き顔。

 どうやら唯花にとっても予想外だったらしい。


 条件反射でいつものごとく受け止めたが、そこからどうしたらいいか分からず、


「は、はにゃー……」


 唯花はずりずりとずり落ちていく。

 俺も茫然自失だ。


 とりあえず胸の辺りまで落ちてきたところで、唯花を抱え直した。

 しかし舌の感触ってやばいな……ちょっと触れ合っただけなのにクラクラするぞ。


 こんなことを堂々と豪語していたなんて、まったく何を考えてたんだ、俺は。


 唯花も同じことを思ったらしく、熱に浮かされてぼんやりした目で見上げてくる。


「奏太のウルトラえっちさんめ……」

「そのそしりは甘んじて受け止めるが、結局、やらかしちゃったのはお前だろうと」

「うー……」


 どうやら思考力が低下しているようだ。

 もぞもぞと身じろぎし、素直に頷く唯花さん。


「ごめんにゃさい。あたしもウルトラえっちさんです……」

「…………さよか」


 厳かに頷きつつ、『なんかエロいセリフだなぁ!』と思ったことは墓の下まで持っていこうと心に誓った。

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