第150話 仲直りはキスの味

 俺は肩の力を抜き、とても自然な気持ちで言う。


「キスしないか?」

「うみゅ!?」


「もう決戦とかそういうの関係なしに……俺、お前とキスしたい」

「う、うみゅう……っ」


 唯花ゆいかは見る間に余裕を失い、頬を赤く染める。

 その肩を俺はそっと抱き寄せる。


「唯花……」

「や、ま、待ってよぉ……っ」


 慌てた様子で腕を伸ばし、俺をやんわり押し留めようとうする。

 だが力は入っていない。いつものことだ。


「そ、そんないきなり言われても困るっていうかぁ……」

「何が困るんだ?」


「だって、決戦はどうしたのよぅ?」

「終わりだ。ここからは和平交渉」


 肩にまわしていた手をさりげなく腰へ持っていき、さらに唯花を抱き寄せる。


「あうう……奏太そうたがさりげなく抱きしめようとしてくる」

「さりげなくないぞ。はっきり抱き締めようとしてる。ちゃんと宣言しようか?」

「宣言って?」


「お前を抱き締める!」

「はうっ!?」


 言葉と同時に両手でぎゅっと抱き締めた。

 唯花はビクンッとして硬直。


「ちょ、ちょっと! 奏太、調子乗り過ぎーっ!」

「自覚はしている。だが和平交渉だから仕方がない」


「こんなオオカミさんな和平交渉があってたまりますか!」

「死力を尽くしてぶつかり合った敵同士がハグをする、これが和平でなくてなんだと言うんだ?」


「圧倒的詭弁-っ! あたしをハグでその気にさせてチューしたいだけでしょう!?」

「そうですが?」

「秒で認めた!?」


「ちゃんと俺の魂胆を分かっているようで何よりだ。じゃあキスしよう」

「あれ!? なんかあたしが墓穴掘った感じになってるーっ!?」


 抱き締めながら唯花の黒髪に顔をうずめる。

 シャンプーのいい匂いがした。そのまま鼻先でツンツンと髪を突いてみる。


 唯花はすごく困った顔で身じろぎ。


「うぅ、なんか奏太がすごくそれっぽい雰囲気出してくるぅ……」

「俺は敗北を知って、ひとつ大人になったんだ」


「そんなこと言って、どうせチューで形勢逆転する気でしょ?」

「しないしない。ただ純粋にお前とキスしたいだけだ」


「本当にー?」

「本当」

「むー……」


 腕のなかでもじもじする唯花。


「ど、どうしよっかなぁ……」


 俺に抱き締められたまま、上目遣いで見つめてくる。


「そんなに……唯花ちゃんとチューしたいの?」


 うわ、やば、可愛い。


 瞳は熱っぽく潤んでいて、頬は春先に実った野苺のように赤い。

 ほつれた黒髪のおかげでちょっと色っぽくもある。

 あとパジャマの胸元からちらりと覗く鎖骨が眩しい。


 困ってるけど、嫌ではなくて、でも素直に受け入れるのもなんかアレで、という乙女の色んな感情が混ぜ合わせった表情だった。


 ……危ねえ。気を抜いたら久々にルパンダイブしたくなってきそうだ。密着していてよかった。距離がないとダイブは出来ないからな。


「あ、なんか今えっちな顔した!」

「げっ!? い、いやしてない! ぜんぜんしてナイゾ!」


「口調に図星が溢れてる! チューしてそのままあわよくば、とか思ってるんでしょーっ」

「思ってナイ! オモッテナイヨ!」


「口調に図星が噴水じゃばじゃば! 油断も隙もないんだから、まったくもう!」


 そう言うと、突然、唯花が手を伸ばしてきた。

 俺の頬が左右から挟まれる。


「やっぱり奏太からチューなんてさせてあげません!」


 叱るようにキリッと睨み、


「代わりに……」


 いきなり勢いを失くして、恥ずかしそうにちょっと俯いてつぶやく。


「……唯花ちゃんからしますです」


 ドキッとした。

 や、唯花からでもぜんぜんいいのだが、いやでもしかし……。


「はい、ここで奏太に警告! 嫌だって言ったらまた決戦が始まっちゃうからね? 分かってるよね?」

「む、むう、確かに……っ」


 今回の戦いは唇の奪い合いだった。

 今となってはなぜそんなことになったのかも思い出せないが、ここで俺がノーを言えば、また振り出しに戻ってしまうかもしれない。


 しかし俺からしたい気持ちも捨てきれないので。


「えーとだな、だったら……」

「なあに?」


「唯花からキスした後に、俺からもしたい。そういう条件なら譲歩しよう」

「え、ええー……」


「なにがええーなのだ。これぞ和平交渉だろう?」

「そうだけどぉ」


「けど?」

「うーんとね……」


 頬に触れていた手がするすると下りていき、唯花の指先が俺の胸で『の』の字を書く。

 いちいち仕草が可愛いな、おい。


 上目遣いでチラチラとこっちを窺い、唯花は囁く。

 すごく恥ずかしそうに。


「奏太……舌、入れたりするんでしょ?」

「……っ」


 うわ、ちょっと仰け反りそうになった。

 この雰囲気で言われて初めて気づいたぞ。


 俺はなんて恥ずかしいことを豪語していたんだろう。

 ちょっと前の自分に『羞恥心がないのか、お前は』と説教してやりたい。


 ……ああ、そういえば伊織いおりにも『唯花にキスして舌入れる』って宣言した気がする。なんてこった、純朴な弟分が真似しないことを祈るばかりだ。


 怒涛の後悔を抱え、俺は目を逸らす。


「べ、別に……」


 恥ずかしくて、ついぶっきら棒な口調になった。


「お前が嫌って言うなら、無理にはしねえし」

「べ、別に……」


 今度は唯花がぶっきら棒な口調になる。


「嫌だなんて言ってないし……」


 照れを誤魔化すように、さらに『の』の字。

 まじかおい、嫌じゃないのか。可愛いな、ちくしょう。


 高揚感を押し隠し、窺うようにチラリと見る。

 唯花も同じようにこっちをチラリと見ていた。


 ばっちり目が合ってしまう。

 超絶恥ずかしい。


「おう……」

「あう……」


 同時に目を逸らす。

 

 くっ、なんか気持ちがふわふわするぞ。

 幸せな気持ちに満たされて、攻め方が見えなくなってきた。


 くそう、早く唯花とキスしたい。

 しかしこのふんわりした空気も嫌いじゃない。


 まったく困っていないが、大変困っていると、ふいに唯花がワイシャツを引っ張ってきた。


 くいくい、と。


「……ねえ、奏太。もういーでしょ?」


 見下ろすと、小動物みたいに俺の胸にぺたっとひっつき、囁いてきた。

 耳まで赤くしながら。

 おねだりするように。



「早く……チューしたいよ」



 くらっときた。

 和平交渉とか条件とか一発でどうでもよくなった。


「だな」

「……うみゅ」


 気持ちの赴くまま、俺は屈んで顔を近づけていく。

 唯花も合わせるように少し背伸びをした。


 2人、同時に瞼を閉じる。


 1度目のキスは俺からの不意打ちだった。

 2度目の時は唯花のキス待ち顔に唇を重ねた。


 そして、3度目。


 今度のキスは――お互いに歩み寄るようにして、唇が触れ合った。


「ん……」


 こぼれるような唯花の吐息が愛おしい。


 こうして戦いは終わった。

 やっぱり平和が一番だな、うん。



                       次回更新:3/27(金)予定

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