第138話 如月家・家族会議!(父代理:朝ちゃん)Ⅲ

 ……ZZZ…………ZZZ……


 ……ZZZ……ZZZ…………はっ!?


 首がかくんっとなり、我に返った。

 あれ!? なんでウトウトしてるんだ、俺は!?


「ここはどこだ……?」

「奏ちゃん? どうしたの、突然? こんな時間からお寝むなの?」

「な、撫子なでしこさん……?」


 正面のリクライニングに撫子さんが座っていた。


 辺りを見回す。

 如月きさらぎ家のリビングだった。


 隣では伊織いおりがブラックコーヒーを啜っており、テーブルのスマホは朝ちゃんに繋がっている。


 ……そうだ。


 俺は今、唯花とのやり取りをみんなに話してる最中だった。

 不思議だ。なんでこんな状況で眠ったりしていたのだろう?


「……わりぃ、撫子さん。コーヒーくれるか?」

「はいはい、どうぞ」


 すでに準備していたらしく、撫子さんは温かいマグカップを手渡してくれた。


「話してる途中で突然、寝始めちゃったからびっくりしたわよ?」

「『たるんでる証拠だ。私の授業中だったらチョークを投げてるぞ』」


 朝ちゃんもスマホから小言を言ってくる。

 実際、中学時代に投げられたことがあるから笑えない話だ。


 俺はズズッとコーヒーを啜る。


「や、夢だと思うんだが、なんかここではないどこかに召喚されてた気がするんだ……」


「まだ寝ぼけまなこなの? 撫子さんが膝枕してあげましょうか?」

「『もしくは私が耳元で渇を入れてやろうか?』」

「どっちも遠慮しておく……」


 よし、変な夢のことは置いといて、切り替えていこう。

 コーヒーを飲み干し、マグカップをテーブルに置く。


「それでどこまで話したっけ?」

「僕が教えてあげる」


 口を開いたのは、隣の伊織。


「あのね……奏太にゃんがお姉ちゃんに口移しでチョコレート食べさせてもらったところだよ」


 弟分はなぜか思いっきり目が死んでいた。

 なるほど、そこまで話してたか。


「だったらこれでほぼ全部だ。唯花ゆいかが昨日、劇的に力を取り戻して、俺は翻弄され、結局手も足も出なかった……それで今日に至る」

「奏太にゃん……」


 伊織が虚ろな目でつぶやき、向かいでは撫子さんが小さく吐息をこぼした。


「そう、唯花は自分から階段を下りるまでになったのね……。それは気づかなかったわ。惜しいことしちゃった。私も階段のそばにいたら久しぶりに娘の顔を見られたかもしれないのに……」

「奏太にゃん……」


「『撫子先輩、気持ちは分かります。でも焦る必要はありません。見守ることも戦いです』」

「奏太にゃん……」


 何やらつぶやき続け、伊織が助けを求めるような顔をする。


「ねえ、これが気になるの、僕だけなの?」


 その隣で俺は座り直す。

 指を組んでやや前屈みになり、大人組へ尋ねた。


「で、結局のところどうなんだ? 一応、最近の顛末は全部話したけど、俺は別に唯花に去勢されたりしてないだろ?」


 確かに圧倒はされている。

 しかしそれは唯花がパワーアップしてるだけであって、俺自身にはなんの変化もない。


 つまり今回の事態は喜びこそすれ、撫子さんが真顔になって心配するようなことではない。と、俺は思っているのだが……。


「残念だけど……奏ちゃん、やっぱりあなたはとても危機的な状況にあるわ」


 撫子さんの険しい雰囲気は消えなかった。


「あのね、今の奏ちゃんは唯花にやられちゃってる匂いがすごくするの。上手く説明できないけれど……」

「『撫子先輩、ここは私が』」


 言い淀む撫子さんに対して、朝ちゃんが言葉を引き継いだ。


「『順を追っていこう。さっきも言ったが、如月家の女性は魔性の女だ。それが良い方向に働けば人を成長させるが、悪い方向に働けばグダグダなダメ人間を製造してしまう。――如月』」

「え、あ、はいっ」


 教師の口調で呼ばれ、伊織が条件反射のように返事をした。


「『今日の三上を見ていて、何か違和感のようなものがあったろう? まずはそれを教えてくれ』」

「違和感……ですか? それほどのことは……」


「『よく考えるんだ。お前はまわりの人のことをいつもよく見ている。何か気づくことがあったはずだ』」

「んー……」


 伊織は宙を見て考える。


「えっと……まずはやっぱりお母さんが『おかしい』って言い始めたきっかけ、奏太兄ちゃんの『唯花の部屋にずっと住みたい』って発言かな。あれは普段の奏太兄ちゃんだったら絶対言わない言葉だと思います」


 ……まあ、確かに珍しい発言だったかもしれない。

 俺があの部屋に住んだりしたら、唯花が部屋から出る理由がなくなってしまうから。


 けど、あれは流れでつい出てきただけの言葉だ。

 それほど深い意味はないんだが……。


「それから……あ、そうだ。今日、僕が帰ってきて、開口一番にお姉ちゃんがあざとくなって困ってる、って相談してきたこと。あの時点でそもそもおかしかったと思います」


「や、なんでだよ? 俺だって相談事ぐらいはするだろ?」

「しないよ」


 思わず口を挟んだ俺へ、伊織は首を振る。


「奏太兄ちゃん、いつも僕の前では格好つけたがってるもん。僕から相談することはあっても、奏太兄ちゃんからしてくることなんて滅多にない。それがお姉ちゃんのことなら尚更だよ」

「…………」


 俺、格好つけたがってる奴だ、と伊織に思われた?

 マジかおい。可愛い笑顔でざっくり刺された気分だぞ……っ。


「じゃあ、私からも一つ」


 向かいの撫子さんも重ねてくる。


「奏ちゃん、一度いおりんのこと売ろうとしたでしょう? 私にお姉ちゃんの相談をするのが嫌で、代わりにいおりんとあおいちゃんが付き合ってることを喋っちゃおうとしたわね? あれも普段の奏ちゃんなら絶対にしないことだわ」

「いやそれは……」


 たまたまノリと勢いで言いかけてしまっただけだ。

 確かに普段はしないと言われたらそうかもしれないが、それほど大きな変化だとも思えない。


「……ああ、やっぱり付き合ってること、お母さんにバレてるぅ……」


 伊織が隣で母親バレを再確認して、ズーンとしてる。

 ……と、そのポケットが細かく振動し始めた。スマホが鳴っているようだ。「わわ、びっくりした」と伊織は自分のスマホを取り出す。


「アプリのメッセージがきたのかな? いや……着信? ――っ!? おね……」


 突然、立ち上がった。

 なぜかひどく慌ててる顔だ。


「先生! ちょっと僕、トイレにいってもいいですか!?」

「『ん? 仕方のない奴め。次はちゃんと授業前に済ませておくんだぞ』」

「はいっ、すみません!」


 伊織はパタパタと慌ただしくリビングを出ていく。

 どうしたんだ急に? と思ったが、深く考える間もなく、朝ちゃんが話を続けた。


「『ここまでの話を聞いていて分かったろ、三上。如月姉の影響で、お前は確実に変化しつつある』」

「いや待ってくれよ、朝ちゃん」


 断定的な物言いに、俺は眉を寄せる。


「どれも日常のちょっとしたことに過ぎないだろ。俺には撫子さんと朝ちゃんが何を心配してるのか、いまだにさっぱりだぞ」

「『……そうか。分かった。ならばはっきりと言おう』」


 一拍、心の準備を促すような間が置かれた。


「『三上、お前は強い。だが他者から影響を受けないわけじゃない』」


 それは当たり前だ。


 強いかどうかは知らないが、伊織にそっぽ向かれたり、葵に変態扱いされるとべっこりヘコむし、いつだったか、唯花に『嫌い』と言われた時なんて、危うく正気を失うところだった。


「だからなんなんだ?」

「『子供の頃からそうだったが、お前はとくに如月姉からの言葉に左右される。自覚はないかもしれないが、お前の強さの本質は如月姉からの揺るぎない信頼だ』」

「む…………」


 とっさに反論の言葉が浮かばなかった。

 上手く喋れないまま、朝ちゃんの言葉に聞き入ってしまう。


「『その本質が今、揺らごうとしている。きっかけは何気ない言葉だ。お前の話のなかで如月姉が言っていたことをそのまま引用しよう』」


 言葉通り、朝ちゃんは唯花の言葉をそのままなぞる。


「『――奏太にだって、本当は自分の弱いところを見せられる相手が必要なんだよ。だって奏太も人間なんだから』」


 ピクッと自分の肩が一瞬上がったのが分かった。

 

 どういうことだ……?


 頭はまだ理解できてない。

 でも俺のなかの何かが確実に反応している。


 心臓を鷲掴みにされたような気がして、思わず胸を押さえた。

 朝ちゃんはもう一度、繰り返す。


「『だって奏太も人間なんだから、、、、、、、、、、』」


 無意識に唇を噛んだ。

 聞きたくない。いや理解したくない。


 なんとなく察してしまった。朝ちゃんが伝えようとしているものは、俺にとって受け止め方すら分からない事柄だ。


「朝ちゃん、もういい」

「『駄目だ』」


 とても強い口調だった。

 でも同時に深い優しさも伝わってくる。


 教師としてだけではなく、俺たちをずっと見守ってくれている、姉のような存在としての言葉だった。


「『聞きなさい。――奏太』」


 たぶんこれは撫子さんには上手く表現できないこと。

 如月家に深く関わっている俺と朝ちゃんだからこそ、通じること。


「『唯花はお前にこう言ってるんだ』」


 先人は告げる。

 厳しい現実を真っ直ぐに。



「『――ありがとう。奏太は人間だから、もうあたしのヒーローじゃなくて大丈夫だよ、と』」



 唇を噛み締めた。

 唯花の成長を思う上で、それはとても喜ばしいことだ。

 けれど。


 ――俺はヒーローじゃない。


 ずっとそう言い続けてきた三上奏太にとっては……大きな矛盾と戸惑いを生み出す宣告だった。



                         次回更新:2/20(木)予定

                         書籍1巻:3/1(日)発売

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