第134話 幼馴染があざとく俺を甘やかしてくる件③
恐るべき拷問を俺はどうにか耐えきった。
今は
膝枕をされ、肉球ぱんちを雨あられと放たれて息も絶え絶えだったのだが、ようやく唯花もスタミナが切れたらしい。
大きなニクキュー手袋がぺたんと俺の顔の横で落ち着いた。
ちなみに唯花は現在、ネコさんパジャマで唯花にゃんになっている。
うん、何を言っているか分からないと思うが、心で感じ取ってくれ。
「はぁはぁ……き、気は済んだか?」
息を整え、確認のように俺は問う。
これで唯花が『へへん、今日はこのぐらいにしといてやるのです』と言ってドヤ顔すれば、ニクキューの刑は終了。俺も晴れて解放される。
だいたいそれがいつもの流れだ。
だから当然、今日もそうなると思っていた。
しかし予想外に唯花はツンッと唇を尖らせた。
「うにゅう、納得いかないのです……」
「え」
ウソだろ。まだ終わらないのか!?
息もつかせぬ肉球ラッシュで太ももの柔らかさをこっそり堪能する余裕もないんだぞ!?
「あのね、あたしは真面目なお話をしているの」
「真面目なお話をしている奴はニクキュー手袋なんてつけてちゃいけないと思うんだ」
「え、
「言ってない、言ってない」
いや待てよ、ニクキュー手袋で俺が唯花をニキュニキュするのはアリ……か?
そんなことを考えていたら、逆に俺が左右のニクキューで頬を挟まれた。
ニキュニキュ、ニキュニキュ。
もこもこ素材のニクキューが気持ちいい。
「これ好き?」
「だいぶ好きだ」
「そっか。好き、かぁ……」
……ん?
あれ?
今、この部屋では滅多に出ない単語がぽろっとこぼれてしまったような……。
「ふふ、迂闊なやつめ」
俺が周回遅れで気づいたことをあざ笑うように、目の前で美少女の唇が弧を描く。
……んん、ちょっと待て。……美少女?
いや確かに唯花は美少女なんだが、誰がどう見ても完全無欠の美しい女の子なんだが、俺がはっきり『美少女』っていうことも滅多にないよな?
何かがズレ始めているのを感じた。
俺と唯花のバランスが。
ずっと安定していたその均衡が。
唐突に変化しようとし始めていた。
いやひょっとしたら唐突なんかじゃなく……最初から唯花はこれを狙っていたのか?
「やっと奏太の鉄壁ガードに風穴を開けられたね」
顔を覗き込んでくる。
黒髪がこぼれて頬に触れた。
上下逆さまで見つめてくる瞳は楽しそうに笑んでいる。
「あたしね、結構本気で考えてるんだよ?」
シャンプーの匂いが鼻をくすぐる。
「奏太は人生のぜんぶを懸けて、あたしを幸せにしようとしてくれてる。だったらあたしはその倍、奏太を幸せにしてあげないと気が済まないよ」
……なんてこと考えてんだよ、お前。
手を伸ばす。
こぼれてくる黒髪を指先ですくい、くるくる巻いて手いじりする。
「だったらまずは自分のことを大切にしてくれ。俺のことを考えるのは五年先、十年先でいい」
「奏太がそう言うのも分かってる。無茶せずに、ちゃんと奏太に甘えるところは甘えた方がいいってことも分かってるの。……でも今のあたしにだって出来ることはあるはずだよ。だってあたしだから分かることがあるもん」
右の手袋をすぽっと脱ぎ、唯花が指先を重ねてきた。
黒髪を二人でくるくると手いじりする。
俺の指が髪を巻き、唯花の指がその下の髪をさらにくるくるして、お互いの指先がちょん、ちょん、と時折くっつく。
くっついて、離れて、またひっついて、焦らすようにちょっと離れて、その繰り返し。
「……奏太はさ、この部屋の外ではどう過ごしてるの?」
「部屋の外?」
「きっとみんなから頼りにされてるんでしょ? 昔からそういうところあったし」
「あー……」
まあ、うっかり弟分を一晩で京都に届けたりとかはしちゃっているが。
しかしさすがに昔はもう少し常識的だったし、唯花の想像は越えてしまっているかもしれない。
「きっとあたしの想像なんて越えたことをしちゃってるんだろうね」
「……む」
……お見通しか。
唯花の細い指が黒髪をまとって、俺の指に触れる。
指先から指の根元まで、つー……っとなぞるように。
「みんなが奏太のこと頼ってる……。だとしたら奏太は誰を頼ればいいの?」
「俺もちゃんと仲間を頼ってるさ。力を貸してほしい時は素直にみんなに呼びかけてる」
「そういうことじゃないんだよ……」
指先で手のひらをぐりぐりされた。
まるで、とがめるように。
「あたしにしてくれてるように……奏太にだって、本当は自分の弱いところを見せられる相手が必要なんだよ。だって奏太も人間なんだから」
「や、それは……」
……確かにあんまり考えたことはなかったかもしれない。
男子なら誰だってそうだろうが、俺は人に甘えるのがあまり得意じゃない。
それこそ
「だからそれが唯花にゃんのお役目なのです」
こっちの思考を読み取ったように、にやりと笑った。
唯花は俺の指を黒髪からするりと抜いて立ち上がる。
「でも今のままじゃあたしは奏太に太刀打ちできない。もうちょっと強くならないと、奏太も安心して甘えられないよね」
ベッドが深く沈んで軋んだ。
唯花は颯爽と飛び下り、部屋の真ん中にすっと立つ。
フードを被り直した表情が鋭い。
いやこれは鋭さではなく、緊張……か?
……なんだ? 何をする気なんだ?
「唯花……?」
「良いことを教えて進ぜよう。唯花にゃんはまだ二回、変身を残しているのです」
こっちを見ずに言い、深く深呼吸。
視線の先は……部屋の扉?
「お、おい。唯花っ」
「ちょっくら強くなってくるぜぃ」
黒髪をなびかせてこっちを向く。
ビシッと指を突きつけられた。
「奏太のこと、あっまあまの甘えん坊にしてやるから覚悟しとけよな!」
そう宣言した直後、唯花は――全力疾走で走り始めた!
向かう先は部屋の扉……!?
「おい、冗談だろ!? 何する気だ!? 落ち着け、唯花ーっ!」
そのままの勢いで細い手がドアノブに掛かる。
「引きこもりの呼吸もオンリーフラワー・スターパンチももういらぬ! すべては血肉となって我が内にあり! 見てろよ、世界! これがアルティメット唯花にゃんだーっ!」
「変身二回残してるとか言いながら、原作単体最強のやつーっ!?」
扉が開け放たれた。
なんと唯花はそのまま飛び出していく。
う、嘘だろ!?
愕然とした。
遅まきながら俺も転げ落ちるようにベッドから下りる。
いや待て落ち着け、俺……っ。
唯花は普段、伊織が学校にいってる間に部屋の『ToRoveる』を漁ったりしている。
当の伊織は今も修学旅行で京都だ。
かち合うことがないと分かっているなら、廊下を行き来するくらいは日常的な行動のはず。
そう考えた矢先、俺はさらに度肝を抜かれた。
「なっ!?」
唯花が伊織の部屋の前を通過したのだ。
その先には階段があり、一階のリビングには
もう声を上げることもできない。
伊織と会った時、唯花は過呼吸になった。撫子さんと接触してもきっと同じことになってしまう。
「(唯花! どうしたんだ、お前!? 唯花……っ!)」
撫子さんに二階の異常を知られるわけにはいかないから、声無き声で叫ぶ。
唯花は階段へ足を踏み入れ、とうとう――その姿が視界から消えた。
と思ったら、すごい速さで戻ってきた。
「(にゃああああああああああっ!)」
超絶泣きべそをかいていた。
嵐のように廊下を駆け抜け、部屋へ帰還。
バタンッと扉が閉じ、ミサイルのように俺の腹へダイブ。
「ごはーっ!?」
「奏太ぁぁあぁぁあぁっ! 超怖かったよぉぉおぉぉおぉっ!」
床に尻もちを付き、どうにか受け止めた。
唯花は頭を俺の腹へぐりぐりしながら自分を褒め称えている。
「でもすごいすごいすごーい! 階段の途中までいって戻ってきたーっ! 新記録っ! あたし、つおい! 最強! 宇宙一! アルティメット唯花にゃんは銀河を救うのだーっ!」
「銀河が救われる代償に、俺の内臓が滅びそうだぞ、おい……」
いや本当、唯花の奇行には慣れてるつもりだが……今日のはいくらなんでも極めつけだ。
俺がそばにいるからすぐに対処はしてやれるが、もしも過呼吸にでもなったらしんどいのは自分だろうに。
そう思いながらとりあえず唯花の頭を撫でる。
すると呼吸を整えたらしく、ふいに落ち着いた声でつぶやく。
「よーし、新記録を出して自信が漲ってきたぞー……」
「へ?」
妙に声に張りがあった。
過呼吸になるどころか、力が溢れている感じだ。
そういえば。
先日、伊織に会ってからというもの、唯花は急激に成長し始めた。
俺が思わず目を見張るほど、次々に変化を見せてくれた。
でも考えてみれば、それは……厳密には成長ではないのだ。
昔の制服を着ることも、伊織にアプリのメッセージを送ることも、かつての唯花が当たり前に出来ていたことだ。
つまり唯花は取り戻しつつある。
昔の生き様を、かつての生き生きとした毎日を。
「感じる。アルティメット唯花にゃんの力が体に馴染んできてるのです……っ」
ゴゴゴゴゴゴゴ……ッ。
うつ伏せになった唯花からそんな効果音が聞こえてくる。
「お、おい。まさか……」
俺は思い出していた。
中学時代、唯花は『奏太許すまじ』とか言って、最終的に生徒たちの勢力を真っ二つにする、男子VS女子の大戦争を引き起こした。
同じく中学時代の修学旅行では京都中を巻き込んだ、大逃走劇を繰り広げた。
この一年半、引きこもっていたせいですっかり忘れていたが、そもそも唯花は……俺をてんてこ舞いにさせるほどの爆発力を持った美少女なのだ。
「奏太、覚悟はいいかにゃー?」
顔を上げ、キランッと瞳を輝かせる。
ゾッとした。なんたることだ。
あの力の一端が目覚め、俺にぶつけられようとしている。
マズいぞ、これは本当の窮地だ。
このままでは俺はあっまあまの甘えん坊にされてしまうかもしれない……っ!
次回更新:2/8(土)予定
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