第117話 引きこもり美少女とお家デート④

 私たちはいるのです、考える、撮ることを、写真のツーショット、共に肩を並べながら。


 ……えー、いきなり英語の自動翻訳みたいになってしまったが、どうか勘弁願いたい。

 

 これには理由があるのだ。

 海よりも深く、腐海よりも深い、とにかく深い深い理由があるのだ。

 

 つまり、気恥ずかしいのである。

 勢い込んでツーショット写真を撮ると豪語したのだが、いざやってみようとしたら想像以上に気恥ずかしいのである!


「えーと……唯花ゆいか、ちょっと遠すぎないか?」

「そ、そうかな?」

「ああ、俺たちそれぞれ顔半分しか映ってないぞ」


 俺が右手で掲げたスマホは自撮りモードにしてあり、カメラの捉えた画像が表示されている。


 で、俺も唯花もそれぞれ画面の端にいて、顔が半分しか映ってない。画像を切り張りしたらナントカ男爵にできそうな塩梅だ。


 そんなスマホの画面を見つめ、次に俺の横顔をチラッと見て、唯花がつぶやく。


「えーと、じゃあもうちょっと奏太そうたの方に寄ります……えいっ」


 掛け声と共にぴょんと飛ぶ。

 黒髪とスカートがふわっと舞って大変かわゆい。


 うん、唯花がかわゆい、ってなんか語呂いいな。

 これからもちょいちょい使っていこう。


 それはともかくほぼ垂直ジャンプだったので、あんまり位置が変わってない。

 移動距離としては俺側に5センチといったところだ。


「唯花、焼け石に水って言葉を知ってるか……?」

「だ、だったら今度は奏太が寄ってきてよ。あたしの近くに」


 来い来い、と両手で手招き。


「え、俺が?」

「そうだよ、奏太が。今、あたしが寄っていったから、順番こ」

「ぬう、順番こと言われては反論できん」


 俺は膝を曲げ、高らかにジャンプ。


「とう!」

「おー、ベルトの風車に風を受けてるかのようなジャンプ」


「すたっと着地!」

「おー、仮面の運転手に変身したかのような見事な着地。……って、移動してないじゃない! 勢いよくその場で跳んだだけだから!」


「え、5センチぐらいは唯花側に寄ってないか?」

「微々たるもの! ほら見て! あたしたち、まだ顔が半々なまま!」

「ぬう……っ」


 見れば、再度掲げたスマホのなかで俺と唯花はまだ画面端におり、2人の間には拳二つ分ぐらいの距離がある。

 

「くっ、あな難しや……こんなぎこちない写真じゃ伊織いおりあおいに送れんぞ」

「そうね、こんな写真を絶賛らぶらぶ中の伊織と葵ちゃんに送ったら笑われちゃいそう……って、待ちたまへ!」


 ぐりんっと唯花がこっちを向いた。


「伊織と葵ちゃんに送る!? え、この自撮り写真って送るの!? なにそれ聞いてない!」

「ああ、言ってない。なぜならば今思いついたから」


「思いつきで即行動って、あたしじゃないんだから!」

「あ、一応、自覚はあるのな」


「ありまくるわー! そして『あたしが思いつきで行動して奏太が巻き込まれる』っていうのが黄金パターンでしょ!? その逆はナッシング! 主導権を握られるのが不服なので、大宇宙の意思が許してもこの唯花ちゃんが許さないのです!」

「おお、ここまで堂々と理不尽なこと言われると逆に尊敬してしまいそうになるぞ……」

 

 戦慄しつつ、まあまあ落ち着け、と俺はジェスチャーで示す。


「お前だって葵の写真もらったんだから、お返ししてもよかろうて。そもそも葵は唯花の顔知らんかもだし、未来の義妹いもうとに写真の一枚ぐらい送ってやってもいいだろう?」

「むう、そう言われると良さげなアイデアな気がするです」


「あと俺の女装写真を送った報いを受けるがいい」

「さらっと小悪党のような発言!? おのれ、それが本音かーっ!」


 ビシッと指を突きつけられ、俺はニヒルにフッと笑った。

 直後に全力全開で叫び返す。


「当たり前だーっ! 弟分に女装写真を見られるとか、兄貴分として哀し過ぎるだろうがーっ! 伊織が今、俺のことどう思ってんのか考えだしたら夜も眠れないぞ!? なんなの!? 大丈夫なの!? 伊織のなかの俺の株は暴落してないですよね!? 誰か教えてくれーっ!」


「だ、大丈夫だよっ。伊織のなかの奏太株の銘柄は暴落知らずの安心、安全! お姉ちゃんには分かる! きっと今だって『あー、奏太兄ちゃん……。あー……』って思ってる程度だよ、うん!」


「メチャメチャ言葉にならない何かが湧き上がってるじゃねえか!? 辛い! とても辛い!」

「とにかく! 伊織のことは置いとくとして、葵ちゃんにも送るんならちょっとタイム!」


 唯花はシュバッと手でタイムポーズをし、わたわたと洋服ダンスの方へ駆けていく。


「あたし今、中学の制服だから、ちゃんとしたのに着替えるよ! ううん、どんな格好がいいかなぁ……」


 頭を抱えて悶絶していた俺は「んあ?」と我に返り、洋服ダンスの方を向く。


「いや、いらんだろう。むしろその制服の方がサプライズになっていいと思うぞ」

「そんなこと言って、奏太があたしの制服姿を写真に収めておきたいだけでしょーが」


「ああ、そうさ、その通りさ! 俺がお前の制服姿を写真として手元に置いておきたいから言ってるのさ! 真正面から認めるので着替えるなんて言わないで下さい。お願いします」

「ぬ、ぬう……急に素直になりおって」


 俺の真顔のお願いを聞き、洋服ダンスを開けようとしていた手が止まる。

 困りつつも嬉しそうな唯花だった。


「じゃあ、せめてお化粧する。お母さんからコスメのポーチをかっぱらってきて」

「当たり前みたいな顔でドメスティックな窃盗の依頼をするんじゃねえですよ……。それに化粧もいらんて」


「でもー」

「でもじゃない。唯花はありのままで綺麗だから大丈夫だ」

「……」


 ピクッとブレザーの肩が反応した。

 なんだ? と思っていると、唯花は俺に向かっておずおずと人差し指を立てる。


「もっかい」

「ん?」

「……もっかい言ってほしー」


 ……ああ。

 なるほどと思ったが……改めてリクエストされると、照れくさいな。


 普段なら今みたいに平然と言えるだろうが、デートという地形効果が俺の口をもごつかせた。


 頭をかき、明後日の方向を向いてつぶやく。


「化粧なんてしなくていい。中学の頃だってしてなかったし、伊織や葵もそのままの唯花が見たいだろうし……」

「だろうし……それでそれで?」


「唯花は……ありのままで綺麗だよ」

「~~っ」


 噛み締めるように身を縮こませたかと思うと、唯花は赤い顔でぴょんぴょん飛び跳ねだした。どうやらお気に召したようだ。


 デートの開始前もこの言葉で喜んでいたし、何やら唯花のなかで俺に綺麗と言われることがツボにハマってるらしい。


 ……あー、そういや『可愛い』はよく言うけど、今まで『綺麗』はあんまり言ってなかった気がする。


 純粋に仕草やリアクションが可愛いからそればっかりになってただけだが、これからは綺麗って褒めることも忘れないようにしよう。実際、唯花は美人だしな。


 そんなことを考えていたら、ご機嫌な幼馴染さんがトトト……とこっちに駆けてきた。そしてピタッと俺の腕に寄り添う。


「お、おお。どうした突然?」

「嬉しくて甘えん坊モードが発動したのです」


 少し恥ずかしそうな上目遣い。

 こっちも照れくささで身じろぎしたくなるが、美少女コアラが引っ付いているので動けない。


 しかしこれはシャッターチャンスだ。


「じゃあ、今のうちに撮っておくか。甘えん坊モードが発動してるうちに」

「うみゅ。綺麗に撮ってね?」

「へいへい。任せとけ」


 左腕に唯花を引っつかせたまま、右手のスマホを掲げる。


 だがシャッターボタンを押す寸前、左側から小さな囁きが聞こえてきた。

 

「ね、奏太。甘えん坊ついでにさ、せっかくだから……」


 秘密のイタズラを思いついたみたいな、ひそひそ声。


「チュウとか……しちゃう?」

「――っ!?」


 思わずスマホを落としそうになった。


 チュウの自撮り写真だと!? お前これ中学生に送る写真だって分かってるのか!? あ、頬っぺた!? 頬っぺたってことか!? だったらまあギリセーフと言えなくもないこともない! ……かな!


 と怒涛の返事が一瞬で脳内を駆け抜けて、最終的に俺はこう言った。


 ちょっと斜に構えたような、大変ぎこちない口調で。


「……お、俺は別に構わねえけど?」


 直後、キョドり過ぎな自分が恥ずかしくなって頭を抱えた。穴があったら入りたい。



                         次回更新:12/19(木)予定

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