第115話 引きこもり美少女とお家デート②
メーデー、メーデー。
最前線から作戦本部へ。
救援を要請する。誰か助けてくれ!
俺は紅茶を飲んで平静を装いつつ、心のなかで絶叫していた。
現在、お
その間、一切会話なし……っ!
俺と制服姿の
自分でもなぜこんなことになっているのか、と思う。
だってつい15分前、唯花に『綺麗だ』とかのたまって、状況を回復したばかりなんだぞ。そのままいい感じにデートっぽいムードになってもいいじゃないか。
……と思うのだが、そう上手くはいかなかった。
白状します。
デートだと意識すると、何を話していいか分かりません。
そう、何を話していいのか分からないんだよ……っ。
俺だけじゃなく、唯花も同じような状態なのが雰囲気で伝わってくる。
開始を告げる『デートを始めます』宣言と同時に、俺たちはまるで戦場に放り出された新兵のように固まってしまった。もはや機銃の一丁もあれば全滅させられてしまいかねない空気だ。
これはもう心のなかで救援要請を出すしかない。
よって俺はメーデー信号を飛ばして現実逃避している。
すると、ふいに唯花がつぶやいた。
「……ねえ、
「お、おう」
ビクッと肩を跳ねさせて現実に戻った。
唯花はティーカップでやや顔を隠しながら、こちらをチラ見している。
「……なんか面白い話してよ」
「お、おう……!?」
だ、男子が女子に言われて困るセリフ、ナンバーワンのやつじゃねえかーっ!
もうそれ機銃の一斉掃射だぞ!? 友軍の唯花少尉殿は我が隊を全滅させる気か!?
……い、いや分かってる。唯花もこの膠着状態をどうにかしようと必死なのだ。
しかし自分ではどうにも出来ないから、苦肉の策で俺にパスを送ってきたのだろう。
となれば、何か考えださなければならない。
それが男の仕事だ。
「えーと、そうだな、京都で……」
「うん。なになに? 京都で、なあに?」
無茶ぶりだという自覚はあったらしく、俺を援護するように、唯花は前屈みで話を聞こうとしてくる。
しかしなんも思いつかん……っ。
とっさに『京都で』と言ってしまったが、デートの話題にできるようなことなんて何も起こってないぞ。
それでも何かしら言葉を発さないといけない。
戦場からの撤退は許されない。俺が退いたらこのデート戦線そのものが崩壊してしまうのだ。
「きょ、京都で……」
「うんうん、京都で?」
考えろ、考えろ。
とにかく絞り出せ。
デートの話題に適した、京都の出来事を!
脳がショートしそうなほど頭を回転させ、やがて俺は記憶の断片を吐き出した。
「……京都で
直後、『やべこれ違う!』と気づいた。
姉とのデートで弟の恋路の話をしてどうするんだ!?
しかしこれが予想外の方向に転がった。
聞こえてくるのは言葉にならない、唯花の絶句。
「……じゅっ……ろっ……!?」
動揺でティーカップを落としそうになっていた。
俺は反射的に手を伸ばす。
「こぼれるぞ、おい」
「わわっ」
唯花自身が危ういところでティーカップを持ち直した。
とぷん、と紅茶が空中を舞い、またティーカップへ戻っていく。
紅茶はこぼれなかった。ただ、
「「――っ!?」」
俺と唯花は息の掛かりそうな距離でにらめっこする形になった。
目に映るのは、リップで色づいた、桜色の唇。
至近距離で見つめながら、ふと思う。
そういえばなんでリップなんだ……?
化粧をするなら他にも色々あるだろうし、道具だって夜中に
そのなかで、あえてリップ。
まさか……唯花も準備万端ということか!? 俺だけじゃなく、唯花も3回目のキスを期待していたっていうことなのか!?
空気が変わった。
不意打ちの至近距離にプラスして、唯花は弟たちの16回というとんでもない数字によって、俺は今さらながらの気づきによって、2人とも一気に浮足立つ。
どちらともなく顔色を伺い、バチッと目が合った。
「お……っ」
「あう……っ」
同時にぐりんっと逆方向を向く。
「い、いきなりなんの話してるのよっ。ぜんぜん面白い話じゃないじゃない!」
「いやなんだ、正直すまん!」
「で、でも……」
身じろぎする気配。
唯花はティーカップをテーブルに置き、体育座りでチラチラとこっちを見る。
「ほ、本当なの? 伊織と葵ちゃんが16回って……」
「間違いない。目の前で数えた」
「目の前って……変態さんですか」
「違うっての。ほら電話で話したろ? 柱時計が倒れてきた時、伊織が葵に覆いかぶさって、俺がこっそり支えてる間に告白からのキスをしたって。その時の数だ」
「初めてで16回……軍曹、機銃の一斉掃射か何かかね」
「……自分もそう思います、少尉殿」
むう、とうなり、2人で中学生の恐ろしさに震え上がる。
そして唯花が再度こっちをチラリと見た。
体育座りの膝の上から美少女の瞳が見つめてくる。
そして何を言うかと思えば。
「……あたしたちの回数、越えられちゃったね」
「お……っ!? お、おう」
心臓が跳ね上がった。
まさか唯花の方からそこに言及してくるとは。
動揺を必死に押し隠して、俺は頷く。
「そ、そうだな」
「……参っちゃったね」
「ああ、参っちまうな……」
そう言って、どちらともなくまた目を逸らした。
気まずい。でも嫌な気まずさじゃない。気持ちが同じ方向を向いてる気がする。
こ、これは……チャンスなのか?
もしかして伊織と葵をごぼう抜きにする、大チャンスが巡ってきているのか?
いや待て!
落ち着け、俺……っ。
さっきキスしようとした時は『考えがある』とか言って唯花に止められてしまった。今のままではまた同じことになる可能性大だ。
だからここは焦らず、慎重にデートを進めていくべきだろう。
とりあえずクッキーでも食べて時間を稼ぎ、その間にさらなるデートっぽい会話を考えるのだ。
俺はうわの空でお菓子の皿に手を伸ばす。
すると突然、指先がクッキーではないものに触れた。
「「あ……」」
唯花の手だ。
どうやら同じことを考えていたらしい。
不意打ちで伝わってくる体温と、柔らかい手の感触。
鼓動がさらに跳ね上がる。
「す、すまん!」
「いえこちらこそ!」
同時にばっと手を引っ込めた。
なんか焦る。すごい焦る!
唯花の手だったら何度も握ってるのに、なんだこれ。なんなんだ、この感じ!?
「えっと、奏太……クッキー食べたいの?」
「い、いやまあ、ちょっと摘まもうかと」
「だったら……」
もう一度手を伸ばし、唯花はクッキーを掴んだ。
「あたしが食べさせたげる」
「はっ!?」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
俺から唯花へ餌付けのように食べさせることはある。しかしその逆は滅多にない。
「なんでだ? そんな突然……っ」
「だ、だって……」
クッキーがおずおずと俺へ向けられた。
「これ、デートだもん。あーんぐらいするでしょ……普通」
「な、なるほど……」
反論の言葉が浮かばず、俺は目の前のクッキーをただただ見つめる。
撫子さんが用意してくれたクッキーには色んな形があった。星、クマ、月、犬、四角、色々あるなかで唯花が手にしたのは……ハートのクッキー。
なんつかーか、その……嬉しいな。
視線から俺の考えてることに気づいたらしく、唯花は赤くなって目逸らした。
そして急かすように言う。
「ほ、ほら。はい、あーん」
く……っ、照れくさい。
メチャクチャ照れくさいぞっ。
「は、早くっ。あたしだって恥ずかしいんだぞっ」
「お、おう、分かってるってばよ!」
死ぬほど恥ずかしいが、これはデートだ。お
こうなったらもう是非もない。
「あ、あーん」
あとで振り返ったら黒歴史になりそうな擬音を言いながら、俺はクッキーをもぐっと口にした。
だが勢い余って、ついでに唯花の指先も『はむっ』と咥えてしまった。
「ひゃう!? あ、あたしの指まで食べないでよぉ!」
「うわ、すまん。目測を誤った!」
「もう……っ」
唯花はドキドキした顔で指をさする。
「それで……お味の方は?」
「え……お、お味?」
そうか、食べたらそう訊かれるよな。
むしろそんな質問でもしないと唯花も間が保たないだろうし。
俺はクッキーを飲み込んだ。そして明後日の方を向いて頬をかく。
「…………の味がした」
「え? なんの味?」
「……唯花の味がした」
「にゃ……っ」
ボォッと一気に赤くなる、唯花さん。
「ば、ばかばか、何言ってるのよ、もーっ!」
怒った顔でぽかぽかされた。
え、デートだとこういうこと言うべきなのかと思ったが、違うのか!?
いやでも唯花も怒りつつ、まんざらでもなさそうな顔してるし……正解が分からん!
お互いに完全に手探りのまま、俺たちのわちゃわちゃしたデートは続く。
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【お知らせ】
書籍化にあたってタイトルがちょこっと変わりました!
旧)幼馴染が引きこもり美少女なので、放課後は彼女の部屋で一緒にダラダラ過ごしている(が、恋人ではない)
↓
新)幼馴染が引きこもり美少女なので、放課後は彼女の部屋で過ごしている(が、恋人ではない!)
長すぎたので後半を削ってちょっと短くなりました(ノ>∀<)ノ
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