第101話 目覚めよ、三上伝説の後継者①(伊織視点)
お姉ちゃんを部屋に寝かせて、
目指すは京都、
バイクを手配したって奏太兄ちゃんは言ってたけど……玄関に出てみると、本当に大型バイクが置いてあった。
さすがに驚いて、僕は目を丸くする。
「奏太兄ちゃん、これどうしたの?」
「届けてもらったんだ。使いたいから貸してくれって」
「か、貸してくれって……こんな夜遅くに? 誰が届けてくれたの?」
「あー、親切な妖精さん? とか?」
「とかって……」
「それより
僕にヘルメットを投げて寄こし、奏太兄ちゃんはバイクに跨ると、道路の奥を見て手を振った。
なんだろう、と思って僕もそっちへ視線を向けると……。
「「「
「へ……っ!?」
なんか暗がりに不良っぽい人たちがいて、一斉にこっちに頭を下げた。
真ん中には特攻服の女の人がいて、後ろ手に手を振ると、不良の人たちを引き連れて去っていく。
「そ、奏太兄ちゃん! 今の人たち、ぜったい妖精さんじゃないよね!?」
「妖精さんだぞ? ちょっと喧嘩上等で血の気が多くて隙あらば生徒会長をぶっ殺そうとしている、恥ずかしがり屋の妖精さんたちだぞ?」
「妖精要素が皆無だよ!? 清々しいくらいヤンキー要素しかない説明だったよ!?」
「大丈夫、大丈夫。あれで筋は通った連中だから。今も『アタシらなんかと会うのは中学生の教育に悪い』って言って、バイクだけ置いて抗争に戻るくらいだから」
「抗争って言った? 今、抗争って言ったよね? ものの数秒で妖精要素の説明諦めたよね!?」
「いいから掴まってろ。法定速度ギリギリ&ちょっぴりオーバーでぶっ飛ばすぞ!」
「オーバーするって言った!? あと奏太兄ちゃんのヘルメットは!? っていうか、そもそも免許持っ――きゃーっ!?」
銃弾のような勢いでバイクが急発進した。
思わず女の子みたいな悲鳴を上げ、僕は奏太兄ちゃんの背中にしがみつく。
すごいスピードだった。
景色が風のように流れていく。
格好良く髪をなびかせて、奏太兄ちゃんが肩越しに振り向いてくる。
「安心しろ、警察とは話がついてる! だいたいのことはオッケーだ!」
「説明がざっくり過ぎて安心要素がないよぅ!? ってか、警察と話がついてるってどういうこと!?」
「まあ、そういうことだ!」
「だからどういうことぅ!?」
ぶかぶかのヘルメットを揺らしながら僕は絶叫。
そんな様子が面白いのか、奏太兄ちゃんは大笑いする。
「ははっ、細かいことは気にすんなって! お前は
「あっ、奏太兄ちゃん、それについて一言!」
「ん? なんだ?」
これだけは言っとかなきゃ、と僕は身を乗り出す。
「『ハートブレイク』は『失恋』って意味だよ! すごいキメ顔で言ってくれたから心苦しいんだけど、不吉過ぎます!」
「…………あっ」
言われて気づいた、という顔だった。
「奏太兄ちゃん……ノリで言っちゃって、意味まで深く考えてなかったでしょ?」
「…………」
「どうなのかな?」
「……伊織さんや」
「……なんだい、奏太兄ちゃんさんや」
間を置き、いきなりキリッとしたキメ顔。
「俺が教えてやる。とびっきりの――コークスクリュー・パンチの打ち方ってやつをな!」
と同時にバイクが加速!
ゴオッと風の圧力が増し、吹っ飛ばされそうになりながら僕は絶叫。
「うわぁぁぁぁっ、誤魔化した! バイクのスピードと言い直しで誤魔化した! コークスクリュー・パンチの打ち方教えてもらうって、僕、意味分かんないんだけど!?」
「気にすんな! その意味は葵が知ってる!」
「え、葵ちゃん!? どういうこと!? あっ、コークスクリューってことは……こないだのファミレス!? あの時、葵ちゃんと何か話したの!?」
「ああ、色々と話したぞ! でも伊織、お前がその内容を知る必要はない。なんでか分かるか!?」
「な、なんで!?」
奏太兄ちゃんは髪を振り乱しながら、ニッと笑う。
「唯花がご機嫌ナナメになると、よく俺に言ってるだろ? 『奏太が悪い!』って。男と女の仲なんてのはそれでいいんだ。何かあったら『男が悪い!』、それで良し! だから伊織、今回もお前が悪い! そんだけ分かってりゃいい」
「それが……コークスクリュー・パンチ?」
「いいやパンチの打ち方はここからだ。ってか、もっと単純だ」
「ど、どうするの? 僕は……どうしたら葵ちゃんのハートを撃ち抜けるの!?」
「簡単だ。――人生懸けろ」
街灯のライトが光の帯のように夜を彩っていた。
夜風は激しく、強く、でもバイクはそれらを物ともせずに一直線に走っていく。
まるで奏太兄ちゃんの生き様そのものみたいに。僕の兄貴分は芯の通った声で言う。
「惚れた女が出来たなら、その子のために人生のすべてを懸けろ。過去も未来もぜんぶひっくるめて、幸せにしてやれる方法を考えて、考えて、考えて、やり遂げろ。決意して、実行する。ハッピーエンドに必要なもんなんてそれぐらいだ」
「…………」
それはすごく重い言葉だった。
どう考えても並大抵のことじゃない。一年半前、お姉ちゃんが部屋にこもってしまい、何も出来ずに打ちひしがれた僕だからこそ、その途方もなさが分かる。
でも僕は知ってる。
ずっと見てきた。
奏太兄ちゃんはその言葉通り、ずっとお姉ちゃんを幸せにしようとしてきた。
それが見事に実を結び、今日、お姉ちゃんは部屋から出て、僕のところに駆けつけてくれた。
真っ直ぐハッピーエンドに向かっている。どんな障害も物ともせず、一直線に。
目の前の背中がとてつもなく大きいものに思えた。
分かっていた。
もちろん分かっていたつもりだけど……僕の想像よりもこの人はさらに大きい人だった。
「……でも負けないよ」
「ほう?」
「僕と葵ちゃんはこれからなんだ。だから奏太兄ちゃんとお姉ちゃんにはまだまだ負けない!」
吹きすさぶ風を受け止めるように声を張った。
ここで怯んでたら絶対、目の前の背中に追いつけない。そう思って唇を引き結んだ。
奏太兄ちゃんは楽しそうに振り向く。
「いい覚悟だ。やっぱ弟分は兄貴分を越えようとしてこそ、だな」
それじゃあ、と奏太兄ちゃんはジャンパーのポケットからスマホを取り出した。
見れば、通話中になっている。しかもグループモードで大勢の人と繋がっていた。
え、どういうこと? と目を瞬く僕の前で、奏太兄ちゃんはスマホへ話しかける。
「待たせたな、作戦会議を始めるぞ。俺の弟分の復縁大作戦だ。つーわけで――みんな! 力を貸してくれ!」
その呼びかけに一斉に返事の声が上がった。
奏太兄ちゃんは僕が思っていたよりずっと大きい人だった……と思った矢先だったのに、この後、僕はさらにとんでもないものを見ることになった――。
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