第102話 目覚めよ、三上伝説の後継者②(伊織視点)
これ、法定速度とか本当に大丈夫? と思うのだけど、交番の前を通ってもお咎めなしだった。
交番の前で立哨しているお巡りさんに奏太兄ちゃんが軽く手を振り、うむという頷きが返ってきて、そのまま素通り。
え、本当なにこれ? 奏太兄ちゃんって何者なの?
そしてさらに僕を驚かせる事態が始まった。
奏太兄ちゃんがスマホに『作戦会議だ』と宣言した途端、グループモードで通話してるたくさんの人たちが一斉に反応した。
スマホをバイクのホルダーにセットし、奏太兄ちゃんが中心になって会議を始める。バイクをすごいスピードで走らせながら。
「概要は最初にメッセージでざっと送った通りだ。変更はない。目的地は京都。ターゲットは
「『やれやれ、ついに
「『はぁ~、三上ちゃんのストライクってそこだったのかぁ。年齢退行薬でも開発しようかな……科学部の部費のすべてを費やしてでも』」
「『うそーん! 三っちゃんてば、本当にそっち系なのぉ!? バイト代、80%ぐらいカットしちゃおうかしら!』」
「『三上殿! 拙者は応援しますぞ! 義妹、それは現代に残された不朽のエデン!』」
「『ミカミさーん、ワターシの国では死刑デスけどネー!』」
「誰が犯罪者で、誰が死刑だ!? あと店長、80%カットなんてしやがったら労基に訴えますよ!?」
とりあえずツッコミみたいなのを叫ぶ、奏太兄ちゃん。
いま声を上げた人たちはほんの一部で、スマホの画面を見ると、グループで繋がってる人数はまだまだいる。何が起きてるのか、僕にはワケが分からない。
気を取り直して、という顔で奏太兄ちゃんは振り返る。
「
「え、あ、うん! そうだよ……っ」
お姉ちゃんを部屋に寝かせた後、家を出るまでに奏太兄ちゃんには今日のことを話しておいた。
「じゃあ、その約束は何がなんでも果たさないとな?」
「え、でもそんなこと無理だよね? だって……」
ホルダーのスマホの時計を見れば、日付が変わるまでほとんど時間がない。
葵ちゃんの誕生日だった今日はもうすぐ終わる。
しかもここから京都まで新幹線で何時間も掛かる距離だ。終電だってもうあるはずない。
なのに奏太兄ちゃんはにやりと笑って、会議に戻る。
「まずはターゲットの現在地を確認しよう。――先輩、また頼めるか?」
「『はいはーい、女バスの部長先輩だよ! ちょっと待ってね、中学校のバスケ部とはよく合同練習するから後輩がたくさんいるんだ。一斉送信で確認してみる。星川葵ちゃんだよね。さっきはホテルのロビーにいたみたいだから、まだそこだと思うけど……』」
「そ、奏太兄ちゃん、確認ってどういうこと!? それにさっきって……っ」
「ああ、唯花のところに駆けつけながら、中学校の女子に顔が利く先輩に頼んで、葵がどこにいるか確認しといてもらったんだ。お前がこっちに帰ってきてるぐらいだ。葵のことも心配だろ?」
「あ……」
言葉が出なかった。
先回りして葵ちゃんのことまで考えてたなんて……奏太兄ちゃんは僕の何歩も先をいっている。
「『三上君、大変大変! 星川さん、ホテルにいないみたい! 彼女の友達がこっそりホテルから抜け出すのを手伝ったんだって。星川さん、どこかにいっちゃったみたいだよ!』」
「葵ちゃんが!? うそ、どこに!? まさか僕みたいに……っ」
「落ち着け、伊織。予想の範囲内だ。如月家の血族じゃないんだから、葵はあほみたいな遠方にはいったりしない。アー子さん」
「『ほいほーい、なんだい、幼女趣味な鈍感主人公の三上ちゃん』」
「……え、なんでちょっと機嫌悪いんだ? 俺、アー子さんになんかしたっけ?」
「『うっさいです。知らなくていいから用件を言いなよ。ちなみにホテル周辺の監視カメラならもうハッキングしてるからね』」
「さっすが科学部のエース! 頼りになるぜ!」
「『まったく調子のいい……はぁ、なんだかんだ頼らせてあげちゃう、年下趣味は私の方か。この一時間強でホテルの敷地外に出た女子中学生はひとりだけ。動画送るよ、ほい』」
その声と同時に、ホテルの裏庭から外に出ていく女の子の動画がスマホ上に再生された。
小柄な体、ふわふわの髪、ウチの学校の制服、間違いない。
「こ、この子です! この子が葵ちゃんです!」
「『ビンゴだね。周辺地域の監視カメラで追跡してみると……あー、星川ちゃんは近くの神社にいったみたいだね』」
「神社……? あのっ、その神社の名前って……っ!」
「『んー、ちょっと待って、えっとね、名前は――』」
通話先の女の人が教えてくれたのは、まさしく僕と葵ちゃんが行こうとしていた、縁結びの神社だった。
あまりに驚きすぎて、呆然としてしまう。
「どうして……? なんで葵ちゃんがあの神社に……?」
「そんなの分かりきってるだろ。お前が来るかもしれないと思って待ってるんじゃないか? 2人で約束した、自分の誕生日であるうちに」
「そんな……!?」
はっとし、胸が押しつぶされるみたいに苦しくなった。
もしも奏太兄ちゃんの言う通りだとしたら……。
「何やってるんだろう、僕は……っ」
「おいおい、何をそんなに悔しがってるんだ、伊織」
「だって僕がこうしてこっちに帰ってきちゃったせいで、もう間に合わない……っ。葵ちゃんの誕生日に、2人の約束に……っ」
「まだそうとは決まってないだろ?」
あまりにも自然な口調で言われて、一瞬意味が分からなかった。
「何言ってるの、奏太兄ちゃん……? 葵ちゃんがいるのは京都だよ? もうどう考えたって……」
「不可能ってのは確かにこの世に存在する……と思うだろ? でも実はたった一つだけ、その不可能を覆す方法があるんだ」
それは――と奏太兄ちゃん言った瞬間のことだった。
周囲にものすごい風が吹いた。
街路樹が揺れ、砂埃が舞い、僕は思わず首をすくめる。
でも奏太兄ちゃんはまったく動揺せず、言葉を続けた。
この世の不可能を覆せる、たった一つの方法、それは――。
「仲間と力を合わせることさ」
その言葉と同時に、僕らの上空に大きなヘリコプターが現れた。
ローターを目まぐるしく回転させ、バイクに並走するように飛んでいる。
同時にスマホから新しい人の声が響いてきた。
「『やあ、三上。ハリウッド女優たちとの船上パーティーが思いのほか退屈でな。ヘリで帰ってきてしまったよ。こんなにつまらん夜は初めてだ。何か心躍ることはないか?』」
「おー、偶然だな、学級委員長。ちょうど心躍ることがあるぜ。今なら期間限定大サービス、そのヘリでさっと京都に送ってくれるだけで、『中学生カップルの恋愛を手助けしたナイスガイ』って栄誉が与えられるぞ?」
「『ほほう、大英帝国勲章並みの偉大な栄誉じゃないか! これは心躍る話だ。伏して頼もう、ぜひ俺のヘリを使ってくれ。フルオーダーした特別な機体だからな。最短15分で京都につけるぞ』」
打てば響くような会話。
どう聞いてもヘリコプターがやってきたのは偶然じゃない。
「サンキュー、委員長。――ってわけだ、伊織。不可能が可能になったろ?」
ドヤ顔でサムズアップ。
いやいやいや、元々とんでもない人だとは思ってたけど、今日の奏太兄ちゃんは僕の想像……いや常識を軽々と超えてくる。
ヘリコプターの轟音が響くなか、僕はもう叫ぶしかなかった。
「な、なんなのこれーっ!?」
知らない方が良かったような扉が僕の前でどんどん開いていく。
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