第95話 SOSコール

「はあ!?  伊織いおりが修学旅行先からいなくなったぁ!?」


 声を張り上げて、俺は自室のベッドから跳ね起きた。

 スマホで通話している相手は、伊織のクラスメートの男子。


 中学生たちは今、修学旅行で京都にいっている。

 その最中に伊織がいなくなったというのだ。


 迷子か!? 迷子なのか!? 如月家の血は姉に続いて、弟にまで同じ経験を強いるのか!?

 しかし男子の話を聞くと、どうやらそうではなさそうだ。


「『如月きさらぎ君って男女問わず人気があって、俺たちにとってはアイドルみたいな存在なんです。だからその……如月君と星川ほしかわさん、最近仲良いよねって話になって、ちょっとみんなで盛り上がり過ぎちゃって……』」


「ああ、あおいとのことか。気持ちは分かるが何やってんだ……それで?」

「『自由行動中に星川さんが飛び出していっちゃったんです。如月君はそれを追いかけていって……』」


 ……あれ? なんかそれ覚えがあるぞ。

 もしかして下校中に俺がぼんやり状態で電話した、あの時か?

 伊織、『今こっちは大変なんだ!』とか言ってたもんな。


「『たぶん如月君は追いついたと思うんです。2人揃ってちゃんと帰ってきたんで。でもどっちも落ち込んでる感じで……』」

「……ふむ」


 話が見えてきた。

 その時、2人の間で何かあったな。


 思い出すのはファミレスでの葵との会話。

 俺の義妹いもうとは伊織の気持ちが自分に向いているか、自信がないと言っていた。


 その上で修学旅行中に周囲からはやし立てられ、逃げ出して、伊織が迎えにいったが……帰ってきた2人は落ち込んでいた、と。


「確認するが、いなくなったのは葵じゃなくて、伊織なんだな?」

「『そうなんです! 夕飯の時、気づいたら如月君の姿がどこにもなくて……っ』」


 そういうことか。

 ファミレスの時、俺は葵を励ましたが、その俺に今日、葵は電話で確か……『ごめんなさい』って言っていた。

 で、しばらくして伊織が姿を消したという。


 となると……何が起きたかはだいたい把握できた。


「『先生の点呼は俺たちで誤魔化しました! でも消灯時間過ぎてるのにまだ帰ってこないし、電話も出ないし、俺たちもうどうしたらいいか分からなくて……それで伝説の三上先輩が如月君の兄貴分さんだから、もう頼るしかないって話になって』」


「分かった。葵はどうしてる?」

「『星川さんはたぶんちゃんと女子部屋にいると思います』」


「よし、お前たちは宿で待機してろ。俺の方で心当たりを探ってみる」

「『あ、ありがとうございます……!』」


 通話を切り、ベッドで細く息をはく。


 まさか伊織がな……いや、唯花ゆいかも迷子になったし、撫子なでしこさんも夜這いをしたとか言ってたし、修学旅行で騒ぎを起こすのは如月家の血筋なのかもしれない。


 心当たりを探ってみる、とは言ったものの、ここから京都までは新幹線で数時間。

 壁の時計を見てみれば、今から俺が向かっても途中で在来線の終電にぶつかるような時間だった。


「さて、どうしたもんか」


 伊織の担任は、20代のサバサバ系女教師。

 俺と唯花の担任もしてくれていた、信頼できる先生だ。俺から連絡すれば、ある程度事情を汲みつつ、先生が伊織を探してくれると思う。


 まずは俺から伊織に連絡してみて、電話に出なければ先生に……いやその前に葵にも掛けてみるか。


 頭のなかで段取りをつけ、アドレス欄から伊織の番号を出そうとする。

 だがその直前だ。


 着信がきた。


 伊織じゃない。

 表示された名前は『如月唯花』。


「な――っ!?」


 一瞬、虚を突かれた。

 唯花は俺に決して電話をしてこない。メールもしないし、メッセージも送らない。

 

 なぜなら。

 そんなことをしなくても毎日、俺が必ず会いにいくから。

 365日、欠かさず会いにいくから。


 だからこの一年半、俺たちはスマホを介した連絡をしていない。

 それが2人の絆の証明のようになっていた。


 だが、しかし。

 今、この画面には唯花の名前が表示されている。

 つまりは俺を呼び出すほどの緊急事態だ。


 呆気に取られたのは、ほんの一瞬。

 瞬時に頭のスイッチが切り替わって、俺は部屋から飛び出した。

 ジャンパーだけを引っ掴み、廊下を走りながら通話ボタンを押す。


「どうした!? 今そっちに向かってる!」


 尋ねながらも、点と点が繋がったような気がしていた。

 いなくなった伊織と、突然の唯花からのコール。

 今、何が起きているのか、長年の経験から推測できる。


 スマホのスピーカーからは唯花のすがるような声が聞こえてきた――。

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