第87話 閃いてしまった! 弟分のカノジョということは――② 

 さて、俺は現在、あおいちゃんとファミレスにいる。

 役目としては伊織いおりがくるまでの場繋ぎだ。


 注文後、程なくしてパフェが運ばれてきて、俺と葵ちゃんは正反対のリアクションになった。


「マジか……」

「わぁーっ!」


 コークスクリュー・ジャンボパフェ。

 その名の通り、スクリューしている。ねじれにねじれまくってる。


 こんもりと盛られたクリーム、イチゴを中心にしたフルーツ類のカット、ハリネズミのように突き刺さった棒状の菓子、果てはパフェの容器まで、すべてが見事なまでにスクリューしていた。


 あと大きい。

 容赦なしのバケツサイズだ。

 とてもじゃないが、女子中学生ひとりで食べきれるとは思えない。


 しかしどうやら食べるのが目的ではないらしい。

 パフェを見た瞬間、葵ちゃんはテンションが爆上がりして、撮影を始めた。


「わ~っ! 本当にスクリューしてるっ。『何かの呪いですか?』ってぐらい無駄にきりもみ回転してる! 見て見て、奏太そうた兄ちゃんさん! これ絶対、えますよっ」

「あー、うん、見てる見てる。なんかもう『直線運動に親でも殺されたのか?』ってぐらいのねじれっぷりだな。闇落ちしたユニコーンでもこうはならないぞ、たぶん」


 俺はコーヒーをずずっと一口。

 その間も葵ちゃんはきゃーきゃー言いながら撮影をしている。たぶん流行りの写真共有アプリにでも上げるのだろう。


 唯花ゆいかがやらないから俺もあんまり馴染みはないが、学校の女子たちがよく写真を撮ってるのは見かける。葵ちゃんもご多分に漏れず、流行りに乗っているらしい。


 とりあえずテンション高くなった勢いで笑顔を見せてくれているので、俺的には万々歳だ。


「ここのコークスクリュー・ジャンボパフェの写真を上げるのがクラスで流行ってるんですっ。でもわたしひとりじゃ絶対食べきれないから困ってて」

「ああ、それで今日は伊織と来ようとしてたのか。けどそれでもキツくないか? 伊織、小食だし」


「そうなんですっ。2人でも厳しいかもって話してて……でも奏太兄ちゃんさんも入れて三人ならなんとかいけますよねっ」

「え、俺も食っていいの?」


「もちろんです! 実は食べ切ると容器の底にマスコットの『コークスクリューちゃん』のフィニッシュブローポーズが描かれてて、それも絶対撮りたいんですっ。協力してもらえますか?」


「もちろんそりゃ構わんが」

「やったぁ、助かりますっ! ありがとうございます!」

「お、おお……いいってことよ」


 本当にテンションが高い。キラキラした笑顔で言われて、お兄さん、ちょっと嬉しくなっちゃったぞ。


「キラキラした笑顔で言われて、お兄さん、ちょっと嬉しくなっちゃったぞ」


 ……あ、しまった。慣れない嬉しさのせいで、考えてることを喋ってしまった。

 葵ちゃんも自分のテンションに気づいたらしく、途端にはっと押し黙る。


 しかも俺のコメントに若干引き気味だった。

 テーブルの向こうから警戒心マシマシのジト目がくる。


「……わ、わたしとしたことが油断してしまいました。へ、変態さんの策には乗りませんからね? こんなことでわたしの心を開かせようとしても無駄ですからね? パフェは嬉しいですけど、心は許しません。パフェは嬉しいですけど」


 二回言ったぞ。

 どうやらパフェのコークスクリューは予想以上に葵ちゃんのハートをブレイクショットしているようだ。さすがコークスクリュー。世界も狙える器だぜ。


 あとパフェ頼んだのは葵ちゃんだから俺の策でもなんでもない……という無粋なツッコミはこの際置いておこう。それよりもここは連打で畳みかけるべき場面だ。


「葵ちゃんや」

「な、なんです」

「もう一つ頼んでみるか?」

「え……っ!?」


 表情から警戒心が薄れた。

 代わりに垣間見えるのは、隠し切れない大きな期待。


「もう一つって……な、何をですか? 一体、何をもう一つ頼むって言うんです!?」

「くっくっくっ、決まっているだろう?」


 俺は静かに拳を掲げ、腕をぐりんっとねじる。


「コークスクリューだ」

「キング・オブ・キングスーっ!」


 興奮してガタッとテーブルから立ち上がりかける、葵ちゃん。

 あ、この子、ボクシング漫画読んでるな。伊織から借りたか。


 葵ちゃんは落ち着かなげに座り直し、視線をさ迷わせる。


「ダブル・コークスクリュー……すごく魅惑的な響きですけど、いいんでしょうか? そんな神をも恐れぬ行為を……っ」

「確かにナゾ理論で超人強度を1200万にするような行為かもしれない。でも撮りたくはないか? コークスクリュー・ジャンボパフェが二つ並んだ、その神々しい光景を!」


「うぅ、確かに……! そんな神々しい写真なんてクラスの誰も撮ってませんっ。でも誰が食べるって言うんですか!? 一つのコークスクリューだって、3人でようやくって話だったのに……っ」

「安心しろ」


 俺はスプーンを手に取り、残像エフェクト付きの優雅な手つきでス……ッと掲げる。


「俺が食べる!」

「奏太兄ちゃんさん……っ」

「葵ちゃんと伊織で0.5杯食べてくれればいい。残りの1.5杯は俺が平らげる。それでゲームセット。俺たちがキング・オブ・キングスだ!」


「格好いいーっ! ただパフェを食べる話なのに、ダブル・コークスクリュー撮りたさで格好いい気がしてきました! あ、でも」


 葵ちゃん、一瞬、真顔に戻る。


「スプーンは今すぐ下ろして下さい。2杯揃ったところを撮りたいので、勢い余って食べ始められたら困ります」

「うむ、君は正しい。俺も格好いいって言われて、思わず1杯目をむさぼり始めそうになっていた」


 俺は残像エフェクト付きの優雅な手つきで、ス……ッとスプーンを戻す。

 

 テーブル横の呼び鈴を鳴らし、店員さんに追加のパフェを注文。

 俺と同い年ぐらいの女子の店員さんは「Oh、クレイジー!」と言ってサムズアップした。ノリのいい店だな、おい。ウチのバイト先みたいだ。


 店員さんが去ると、空気が少し落ち着いた。

 葵ちゃんは紅茶を一口。

 ちらりとこっちを見て、つぶやく。


「こんなふうに奏太兄ちゃんさんとお茶する日がくるなんて思ってませんでした」

「そうか? 俺はいつか来そうな気がしてたけどな。だって伊織のカノジョだし」

「……もう」


 目の前のカノジョは軽くため息。

 嬉しさ半分、呆れ半分という感じ。


「奏太兄ちゃんさんって……変な人ですよね」

「変態ではないぞ?」

「変態ではあると思います」

「誤解が解けない……っ」


 哀しみのあまり目頭を押さえる。

 すると、葵ちゃんはふわふわの髪を揺らして小さく笑った。


「……わたし、実はすごく複雑な気持ちなんです。奏太兄ちゃんさんに対して」

「複雑?」

「はい。奏太兄ちゃんさんは……わたしのライバルだから」


 どこか憂いを帯びた苦笑。

 意味が分からず、俺は目を瞬いた。


 葵ちゃんは指先で紅茶のカップの淵をなぞる。

 前髪を揺らし、視線はこちらへ。


「伊織くんの初恋の相手、誰だか知ってますか?」

「あー…………そういうことか」


 理解した。

 いまだに半信半疑ではあるんだが、以前に唯花からそれっぽいことは聞かされている。


 伊織の初恋は俺だと。


「それでライバルってことか。なるほど。……でも今、付き合ってるんだし、もう葵ちゃんの大勝利だろ?」

「付き合ってはいます。いますけど……伊織くんの気持ちが全部わたしに向いてるかは……正直、まだ自信持てません」

「んん?」


 俺は眉を寄せる。

 2人はラブラブのラッブラブなわけじゃないのか?

 昨日だって伊織のやつ、幸せオーラ全開で電話してたぞ?


「小学校の頃から……ずっとわたしの片思いだったんです。逆に伊織くんの方はわたしのことをずっと友達だと思ってました。今こうしてお付き合いできるようになったのは、運がよかったことが大きいんです。それこそ奏太兄ちゃんさんやお姉さんのおかげだったりもして……」


 紅茶の水面に視線を落とす。


「伊織くんの初恋の人のことは、小学生の時から分かってました。伊織くんが話してくれるその人は本当に格好良くて、頼れる兄貴さんで……。わたしは一人っ子だから、理想のお兄さん像を重ねたりして、『ああ、こんなお兄さんが伊織くんの好きな人だったら仕方ないよね』なんて、自分に言い聞かせようとしてたりもして……」


 …………なるほど。

 さすがに申し訳ない気持ちになった。


「その理想のお兄さんにいざ会ってみたら……『年齢相応の普通のお兄さん』だったわけか。それは確かにショックだな」

「すごく遠回しに言ってますが、つまりは『おもらし好きな変態さん』だったわけです」


 容赦ない言葉にちょっと心がえぐられた。辛い。

 まあ、それはともかく……。


「伊織の気持ちが全部自分に向いてるか、自信が持てない、か……」


 それは深刻な話だ。

 俺はコーヒーを一口飲み、カップを置く。


 視線は後輩の少女へ。

 放課後の陽差しが窓から差し込み、穏やかに俺たちを照らしている。


「少し昔話をしよう。って言っても、一年半前のことだけどな」

「……え、一年半前ですか」


 表情が変わった。驚きと軽い緊張。

 葵ちゃんは唯花が引きこもっていることを知っている。伊織から聞いているのだろう。でなければ、家に呼んだりはしない。


 一年半前という時間が示すのは、唯花が引きこもり始めた時期だ。

 葵ちゃんの緊張に対し、俺は肩の力を抜いて口を開く。


「相手の気持ちが見えない状況ってのは、なかなかしんどいよな。俺にも覚えがあるよ。なんせ相手が部屋にこもって顔も見せねえし」

「伊織くんのお姉さん……」


「そうだ。あいつとは子供の頃から一緒だったし、お互いなんとなく伝わるものはあったんだ。でも確かめ合ったわけじゃない。だからまあ……正直、足がすくんだよ。あいつが引きこもって、最初に部屋を訪ねた時――この扉をこじ開けるのは、本当に俺でいいのかって」

「奏太兄ちゃんさんでも、ですか?」


 軽く肩をすくめる。


「だってさ、俺はあいつのことが好きだけど、あいつが俺のこと別に好きじゃなかったら……おこがましいにも程があるだろ? いや本当、悩んだよ。扉の前で三分ぐらい悩んだ」

「三分ってあんまり悩んでないと思いますけど……でもっ、それでどうしたんですか」


 ほとんど無意識のように葵ちゃんは身を乗り出した。


「相手の気持ちに自信が持てないのに、どうして奏太兄ちゃんさんは前に進もうと思えたんですかっ」

「簡単な話だ。――悩むのをやめた」

「えっ」


 後輩の少女へ、ぐっと拳を握ってみせる。


「もし今好きじゃないとしても、これから惚れさせればいい。そう気づいて、唯花の部屋に突撃したんだ」


 葵ちゃんが「あ……」と目から鱗が落ちたような顔になる。

 俺はゆっくり腕をねじって突き出した。



「狙ってけ、伊織のハートブレイクショット。えぐり込むように打つべし、だ」



 葵ちゃんはしばらく呆けていた。だが少しして、やおら噴き出した。

 女の子らしい、屈託のない笑顔だ。


「意味不明です。なのに奏太兄ちゃんさんが言うと謎の説得力がすごい。なんなんですか、もうっ」

「でも間違ってないだろ?」

「間違ってないですけど、根本的に間違ってます。わたしを友達だと思ってた伊織くんと違って、たぶんお姉さんは昔から奏太兄ちゃんさんのことが好きですよ」


「え、そ、そうかなぁ。はは」

「わ、照れてる顔がムカつきます。このリア充め」

「現在進行形で彼氏持ちの奴に言われたくないぞ、リア充め」


 睨み合う。でも空気は穏やかで、俺たちは同時に噴き出した。


「ま、とにかく伊織がまだ完全に惚れてないと思うなら、これからガンガン惚れさせちまえ。もうすでに付き合ってるんだ。どう考えても勝ち確だぞ? 葵ちゃんは自信持っていい。俺が保証する」

「難しいことをさらっと言われてる気もしますけど、でも……うん、おかげで少し気持ちが楽になりました」


 葵ちゃんは自分の胸に手を置き、小さく深呼吸をする。


「なんだか……わたしが思い描いていたお兄さんはこんな感じだった気がします」

「葵ちゃん?」

「だから一応、ちゃんとお礼は言っておきますね。ありがとうございました。えっと……」


 葵ちゃんは言う。

 茶色の髪をふわっと揺らして。

 こっちの表情を伺うような上目遣いで。



「…………奏太、お兄ちゃん」



 ズキューンッ!

 怒涛の衝撃に俺の心は撃ち抜かれた。

 見事なハートブレイクショットだ。


「お、お、おお……」

「え? 急に胸を押さえてうずくまって、どうしたんですか、奏太お兄ちゃんっ」

「ぐはーっ!?」

「わぁ、吐血しそうな勢い!?」

「閃いてしまった……」

「へ?」


 俺は拳を握り締め、天を振り仰ぐ。

 閃いてしまった!

 弟分のカノジョということは、この子は俺の――!



 つづく。

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