第86話 閃いてしまった! 弟分のカノジョということは――①
さて、放課後になった。
今日も俺は
通学路の並木道を歩きながら、つらつらと考えるのは、どうしたもんかということ。
「やっぱりここは課金カードを使うのが定石か……」
昨日、俺と
が、寸前で
一応、丸一日、時間は置いたものの、このまま無策で部屋にいっても、おそらくは気まずさの連鎖爆発が起こることになるだろう。
なので空気を正常化する策をあれこれ考えてみたんだが……結論としては変に奇策を弄するより、やはり基本通りに攻めた方がいいのでは、というところに至った。
というわけで、こういう時の鉄板兵器、課金カードだ。
唯花も気まずさ大爆発な空気はどうにかしたいと思ってるはずなので、俺がこれ見よがしに課金カードを献上すれば、いつも通りの雰囲気で乗ってきてくれるはずだ。
「んじゃ、まあ、どっかその辺のコンビニで……ん?」
並木道の出口にきたところで、俺はふと足を止めた。
この辺りは学校が近いので、学生向けの安いファミレスやらカラオケやらがちょこちょこある。
その一角――ファミレスの店前で、ひとりの女子中学生が所在無げに立っていた。
こっちからは背中しか見えないが、制服からすると、俺の出身中学の生徒だろう。
女子生徒はファミレスに入るでもなく、かといって店前から離れるでもなく、ひどく居心地悪そうにしている。
何か困っているような雰囲気だった。とりあえず声を掛けてみるか。
「おーい、君。どうかしたか? 何か困りごとなら手貸すぞ?」
「えっ? あ、いえ、大丈夫です。わたしはただ待ち合わせを……あ、
「げっ、
「げってなんですか、げって。わたしをなんだと思ってるんですか」
ファミレスの前で立ち尽くしていたのは、
言わずと知れた、伊織のカノジョである。
中学のブレザーにスカート。髪は栗色でふわふわしていて、お人形さんのように可愛らしい女の子だ。
雰囲気は真面目で優しそう……という感じなんだが、こと俺に対しては当たりが強い。
以前、俺が唯花に『全裸になって子猫のポーズでおもらししろ』と叫んだのを壁越しに聞かせてしまったことがあり、それ以来、葵ちゃんは俺を変態さんだと誤解してしまっているのだ。
さらには伊織から俺のことを『頼もしい兄貴分』として聞いていたそうで、変態の誤解でそのイメージが崩れてしまったのも大きいらしい。
こうして葵ちゃんと会うのは『おもらし誤解事件』以来だが……女子中学生に『この人、不潔!』という目で見られるのは辛い。大変辛い。
今も葵ちゃんは俺を虫でも見るような……否、変態でも見るような目で睨んでいる。大変辛い。
だがここで折れては伊織の兄貴分として立つ瀬がない。俺はなけなしの威厳を振り絞る。
「あー、久しぶりだな、葵ちゃん。元気だったか?」
「……わたしが元気かどうかなんて、奏太兄ちゃんさんに関係ありますか?」
「な、なくはないだろ……? ほら、一応、知らない仲じゃないんだし……」
「知りません。奏太兄ちゃんさんはわたしが思いもよらないような変態さんでしたから。そんな奏太兄ちゃんさんをわたしは存じ上げません」
ぷいっと顔を背けられてしまった。
同時に葵ちゃんの通学鞄が絶妙な角度でこっちを向く。さりげなく壁を作られている感じがして、俺、もう泣きそう。
ぐぬう、凄まじい勢いでザクザクとダメージを食らってしまう。
伊織に突っぱねられた時と同じ種類のダメージだ。
なんてこった、葵ちゃんは俺への特効スキルを持っているらしい。
弟分のカノジョに嫌われるのがこんなに辛いとは。女子中学生に嫌われる辛さも足して、倍率ドンだ。
だが折れるわけにはいかない。断じて折れるわけにはいかない。なけなしの威厳はもう枯れ果てたので、今度はなけなしの勇気を振り絞る。
「きょ、今日は伊織は一緒じゃないのか? 見たところ、葵ちゃんひとりみたいだけど」
「……伊織くんは修学旅行委員だから放課後の会議に出てるんです」
修学旅行? あー、中学校はもうそんな時期か。伊織、修学旅行の委員なんてやってたんだな。
この辺の中学は二年生で修学旅行にいく。三年生になると受験で忙しいから、というのが理由だ。
ちなみに俺の高校の修学旅行も二年次なんだが、時期はもうちょい先になる。唯花を放っておけないので、もちろん俺はサボるつもりだけどな。
……まあ、お節介な奴らが動いて、あの手この手で俺を修学旅行にいかせようとするだろうが、たぶんなんとか凌ぎ切れるとは思う。
犬猿の仲の生徒会と番長グループが手を組んだり、ウチのクラスの学級委員長が札束の人海戦術を上限無しでぶち込んできたりしない限りは……たぶん凌ぎ切れると思う。
いや、よく考えたらどっちもありそうだな。『二大勢力の奇跡の同盟』&『無限財力のお人好しパトロン』をいっぺんに相手にするとかさすがにキツいぞ。……やべえ、頭痛くなってきた。考えるのはあとにしよう。
俺は軽く頭を振って、気持ちを切り替える。
「じゃあ、会議終わりの伊織とこのファミレスで合流ってことか」
「まあ、そうですけど……」
「店に入って待ってればいいんじゃないか?」
「……分かってます。でも」
葵ちゃんは少し視線を逸らしてつぶやく。
「……忘れちゃったんです。学校のロッカーに」
「何を?」
「……お財布」
あー、なるほど。
俺はぽんっと手を打つ。それで所在無げに店前にいたわけか。
「伊織にスマホでメッセージ入れとけばいいんじゃないか? 本屋とか別の場所で待ってるって」
「駄目です。伊織くん、会議中のはずだから……万が一にでも音が鳴ったりしたら邪魔しちゃう」
「あー、そういう考え方もあるか」
やっぱり葵ちゃんは真面目で優しい子なんだな。
となれば、俺のやることは一つだ。
「分かった。んじゃ葵ちゃん、いくぞ」
「へ? あっ、ちょっと……え? え? なんですか!?」
俺は葵ちゃんを引っ張って歩きだす。
もちろん掴んでるのは通学鞄の紐の部分だ。年頃の女の子に気軽に触ったりするのは失礼だからな。
そのまま葵ちゃんを連れて、ファミレスに入る。
「いらっしゃいませ、何名様ですか?」
「三人です。あと一人、あとからきます」
「お席のご用意しますので少々お待ち下さい」
ちょうど混み合う時間らしく、店員さんは慌ただしくテーブルを片付けにいった。
葵ちゃんが戸惑った顔で鞄を引っ張り返す。
「わ、わたし、お財布忘れたって言ったのに」
「大丈夫だ。俺は財布持ってるから」
「え?」
「ほれ」
自分の財布を取り出して、葵ちゃんの顔の前へ。
「今日は俺のおごりだ。腹いっぱい好きなもん食っていいぞ」
「な……」
おー、見事なぽかん顔。
「奏太兄ちゃんさんにおごってもらう理由なんてありませんよっ」
「あるある。俺は伊織の兄貴分だからな。暇さえあれば、伊織におごったり色々買ってやったりしてるんだよ。葵ちゃんは伊織のカノジョだろ? だから俺の支出の伊織枠にきっちり入ってるわけだ」
「なんですか、そのメチャクチャな理屈は……」
呆れ顔……と思いきや、ちょっと嬉しそうだった。伊織のカノジョと言われたのが嬉しかったらしい。可愛いな、おい。
よし、あと一息だ。
俺はわざと意地の悪い顔をする。
「資金も潤沢だから遠慮しなくていいぞ。高校生はバイトが出来るからなー。まだまだお子様な中学生とは違うからなー」
「なっ、誰がお子様ですか!」
「お、わりぃわりぃ。つい本当のことを」
俺はオーバーに肩をすくめ、葵ちゃんはぐぬぬ顔。
「頭にきました……っ。本当に遠慮なく頼んじゃいますからね!? コークスクリュー・ジャンボパフェとか!」
「お好きにどうぞ。……って、コークスクリューってなに?」
えぐり込むように打つの?
パフェを?
と、首を傾げていたら、店員さんが「どうぞー、こちらです」と呼びにきてくれた。
まあ、パフェは現物を見れば分かるか。
「葵ちゃん。さ、いくぞー」
「ほ、本当の本当に頼んじゃいますからねっ」
「どうぞどうぞ、お好きにしたまへ」
無事、葵ちゃんを説得することに成功し、俺たちは席へと案内されていく。
さて、それじゃあ伊織がくるまで、この兄貴分が場を繋ごう。
支払いだけ済ませて先に出てもいいが、財布なしでひとりだと、葵ちゃんがきっと居づらいだろうしな。
そんなことを考えていたら、後ろを歩く葵ちゃんが何かつぶやいた。
ただ、声が小さくてちゃんと聞き取れない。
「……相手のためだと思った時は強引になるところとか、わたしがずっと思い描いてた奏太兄ちゃんさんっぽい……。変態さんのはずなのに……ずるいです、いきなりこんなふうに助けてくれるなんて」
「? わりぃ、よく聞こえなかった。なんて言ったんだ?」
「――っ! な、何も言ってません! 奏太兄ちゃんさんの変態っ!」
「聞き返しただけなのに変態はひどくない!?」
せっかくだから和気あいあいと場を繋げられたらと思うんだが……うん、これはなかなか前途多難ぽかった。
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