第82話 実験ミニ幕間 ハイスクール・オブ・三上(エピローグ)+唯花の部屋

 さて、じゃあ今回の結末について一応、触れとこう。

 女バスの部長は『好きな人がいる』と言っていた。

 今回、更衣室を盗撮していた犯人は、なんとこの部長の『好きな人』だったらしい。


 最初に犯人のクラスに話し合いにいきたいと言ったのも、俺を待たずに更衣室にひとりで行ってしまったのもこれが理由だそうだ。


 正体は一年生の男子。

 三年生の部長にとっては年下の幼馴染だ。


 あー……なるほどぉ、幼馴染かぁ。

 ここまで聞いて、俺は色々納得した。


 というのも、俺は生徒会長から『盗撮魔を捕まえてくれ』と言われたのだが、生徒会室で渡された資料を見てみると、実際の依頼のニュアンスは少し違っていた。


 部長が生徒会に依頼したのは、『もしも犯人がわたしの思った通りの人物で、もしもわたし以外の部員の盗撮をしていたら・・・・・・・・・・・・・・・・・捕まえて下さい』というものだった。


 つまり幼馴染が自分だけを狙っているのなら、部長は個人的な説教で納めようとしていたのだ。

 自分が盗撮されていたことは不問にして、だ。


「そ、そうなの!? さーちゃん!?」

「オラてめえ、手止めてんじゃねえぞ、しっかり掃除しろ。次はアゴ割んぞコラ」

「――ひぃ! はいっ! すみませんです、三上みかみ先輩!」


 現在、俺と犯人の一年坊主は割ったガラスの掃除中。

 俺がちりとりを持ち、一年坊主がホウキでガラス片を掃いている。


 部長は『ガラス破損! 注意!』という張り紙を書いてくれていて、各自の作業をしながら今回の総括をしていたのだが、意外な事実に一年坊主の手が止まり、すかさず俺が目くじらを立ててみせた、というわけだ。


 この一年坊主、どんな凶悪犯面をしているかと思えば、意外や意外、小柄で素朴な子犬系男子だった。


 もちろん美少年の粋を集めたウチの弟分ほどではないが、庇護欲をそそる雰囲気をしている。部長と並ぶと、幼馴染というより姉と弟という感じだ。


 ただ、俺が鉄拳制裁したので、現在、頬が面白いぐらい腫れていて湿布を張ってある。


 で、一年坊主がなんで盗撮なんかしてたかと言うと、部長への恋愛感情と思春期の衝動をこじらせた結果らしい。まあ、変人揃いのウチの学校ではよくある話だ。


 一年坊主の仕掛けた隠しカメラは昼休みのうちに科学部で回収し、ネット経由のクラウド保存も含めてすべてアー子さんに解析してもらったが、盗撮されていたのは部長だけだった。


 つまり被害者は部長ひとり。

 その部長も厳しい処罰は望んでいない。

 というわけで。


「まあ、今回は厳重注意ってとこでいいだろう。生徒会長にもそう報告しておく」


 掃除が終わり、部室棟の外に出たところで、俺は2人にそう告げた。


「三上くん……いいの?」

「ああ、先輩の顔に免じて、今回だけ特別だ」

「本当にすみませんでしたっ。ありがとうございます、三上先輩!」


 一年坊主が礼を言ってきたので、俺はすかさずその胸倉を掴んだ。


「あ? てめえはほっとした顔してんじゃねえぞ? 何がどうあろうと盗撮は犯罪なんだよ。これからもずっと俺が目を光らせてるな。次に道を踏み外したら本気でアゴ砕くから覚えとけよ!?」

「ひぃぃぃっ! すみませんすみません、もう絶対、さーちゃんを盗撮したりしません! 肝に銘じて誓います!」


 一年坊主は首がもげそうな勢いで頷いた。


 ……とまあ、凄んでみせてはいるが、実のところ俺はこいつの気持ちが分からんでもない。むしろ大変よく分かる。


 俺だって唯花ゆいかのエロい画像は欲しい。喉から手が出るほど超欲しい。

 だがもちろん本人の了解を得ない画像なんてギルティだ。


 それにここで甘やかしたら、こいつのためにならない。

 部長が許してやる分、俺が厳しく接して、また道を踏み外さないようにこれからも見ていてやろうと思う。


「いいか!? 本当に好きなら隠れたところでコソコソすんな。我慢できなくなったら思いきってルパンダイブしろ! いつでも本気でぶつかっていくことを忘れんな!」

「三上先輩……っ、いやアニキ! はい、頑張ります!」

「えっと……三上くん? ウチの子に妙なこと教えられちゃうのも、それはそれで困るんだけど……」


 『ウチの子』という言葉が示す通り、今回のことでお互いの気持ちが赤裸々になり、晴れて部長と一年坊主は付き合うことになった。


 盗撮から始まる恋。

 微妙にどうかと思うが、まあウチの学校だとよくあることだ。


 ちなみに六限目の授業はもうとっくに始まっている。

 仕方ないんでさっき学園長に電話し、後日に俺が三人分の特別課題をやることで授業を免除してもらうことになった。

 

 唯花を引きこもりから卒業させようとしてる手前、俺が授業をサボるわけにはいかないからな。


 しかし学園長の特別課題、一体何をやらされることやら……。

 あと俺が学園長と繋がってることは生徒会長には一応、秘密だ。学園長は生徒会長にとってのラスボスだからな。


 まあ、授業免除を頼むのは初めてじゃないし、生徒会長も色々勘づいてはいるだろうが、お互い口に出さないのが腹芸である。


 とりあえず割ったガラスの補填は生徒会に頼もうと思う。会長は嫌な顔をするだろうが、『部長の身を守るための緊急対応だった』と話せば財布を開いてくれるだろう。


 ……ま、実際2人に聞いてみたら『一年坊主が泣きじゃくってグルグルパンチしてただけ』というのが真相だったんだが……そこは全力でぼかしていきたい。現場の判断とっても大事。


「さて、じゃあ俺はこの辺で……」

「あ、三上くん。最後に一個だけ聞いてもいい?」


 一年坊主に釘も差したので、そろそろ立ち去ろうとしたら、部長から呼び止められた。


「なんだ? まだ何かあったっけ?」

「えっと、ちょっと気になっただけなんだけど、なんで……こんなふうにわたしたちのことを助けてくれるのかな、って」

「ん? そりゃ先輩が生徒会に……」


「もちろん今回はわたしが生徒会に依頼したからだけど、そうじゃなくても三上くんって毎日色んな人の手助けしてるでしょ?」

「あ、確かにっ。アニキは有名です!」


 一年坊主が前のめりになって口を挟む。


「二年の三上先輩は生徒会と番長グループ、学校の二大勢力にたった一人で対抗できる上、派閥関係なく、みんなを助けてくれる学園のヒーローだって!」

「あー……」


 個人的に一番きっつい名称が飛び出した。

 俺は微妙な顔で頭をかく。


「その、なんだ……俺はヒーローなんかじゃないよ」

「え、でもアニキは……」

「うん、わたしたちのこともこうして助けてくれたじゃない。もちろん学校中の人たちも」

「それは……」


 つい言い淀む。

 が、誤魔化していいことでもない。


「今でこそ、俺もこうやって駆け回るのが習慣みたいになったけど……最初はさ、下心だったんだ」

「下心?」

「ああ、俺の幼馴染……如月きさらぎ唯花ゆいかって言うんだけど、今、学校にきてないんだ。でも、あいつは本心では戻ってきたいと思ってる。だから……」


 見上げれば、青空。

 その下にはかつて唯花も通っていた、俺たちの学校。

 六限目の終わりのチャイムが鳴った。

 気怠けだるい音が響くなか、懺悔の言葉を口にする。



「俺が誰かを助けたら、その誰かが唯花の味方になってくれるんじゃないかと思ったんだ」



 唯花は外の世界を怖がっている。

 だからひとりでも多くの味方が欲しかった。


 この学校にいるのは騒がしくて、賑やかで、危なっかしくて、でも心から信頼できる奴らばかりだ。

 こんな奴らが全員唯花の味方になってくれたら、きっと世界が怖いだなんてもう思わなくて済むだろう?


 だから厄介事がある度に首を突っ込んで、誰彼構わず手助けしてまわった。

 おかげで会長とか番長とかアー子さんとか、色んな奴らと繋がりができて、いつの間にか学園のヒーローなんて呼ばれるようになった。


 でもそれは違う。

 俺はヒーローじゃない。


「たとえばハイパーエージェントとか宇宙警備隊員とか戦隊とかライダーとか、ヒーローって私利私欲なんかじゃなく、正義のために戦うもんだろ? 下心で人助けしてる俺なんてヒーローじゃない。いいとこ……恥知らずの偽物だ」


 自嘲するように言って、俺は目を伏せる。

 すると部長と一年坊主は顔を見合わせた。ぱちくりと目を瞬かせて、口を開く。


「えっと、アニキってひょっとして……中二病? あ、高二病かな?」

「端的に言って、アホだよね? そこがまた可愛いけど」

「え、ひどくない!? 俺今わりとガチめの告白したのに、そのリアクションはひどくない!?」


 いやだって、と一年坊主が続ける。


「アニキは幼馴染さんのために毎日駆けずり回ってるんですよね? そんなの誰が聞いても下心なんかじゃ――」


 と、何か言いかけてる途中で、部長が一年坊主の口を塞いだ。


「――むぐっ、さーちゃん?」

「それはわたしたちが言うことじゃないかもね。もっと相応しい人がいつか三上くんに言ってあげるべき言葉だよ」


 年上の雰囲気で部長は苦笑する。


「とりあえず、如月さんが学校に戻ってきた時は、わたしたち大歓迎するよ。あと学校で人手が必要なこととかあったら言ってね? 女子バスケ部総動員で手伝うから」

「あ、隠しカメラが必要な時も言って下さいね、アニキ! 解像度には自信あるんで!」

「……その解像度でわたしのどんなところを撮ったのかな? ひょっとして懲りてない?」

「――っ!? ごめんっ、ウソウソウソ、嘘だよ、さーちゃん!」


 何やらじゃれ合いが始まった。

 なんだかんだ、上手くいきそうだな、この2人。幼馴染カップルには是非とも幸せになってもらいたい。


 ともあれ。

 俺は背筋を伸ばし、深々と頭を下げる。


「ありがとう、2人とも。唯花のことも、何かで手を貸してほしいことがあった時も、その時はよろしく頼む」


 カップルはきょとんとし、同時に笑った。


「あらら、お礼言われちゃった」

「立場が逆ですよ、アニキ」

「ん、そうか? まあ、いいさ」


 俺もつられて笑い、今度こそ、その場を後にしようとしたところで、また部長が声を上げた。


「あ、そうだ! 三上くん、ちょっと待ってて。更衣室にいいものがあったんだ」


 ……そうして部長が持ってきてくれたものは、俺にとって予想外の報酬になった。




              ◇ ◆ ◆ ◇




 さて、放課後。

 今日も今日とて、俺は唯花の部屋にやってきた。

 適当な感じにノックをし、扉を開ける。


「唯花、きたぞー。……って何やってんだ?」

「ふふふ、よくぞ聞いてくれました」


 部屋に入ると、唯花は床にべたーとうつ伏せになっていた。

 その姿勢で手を伸ばし、ノートパソコンをいじっている。


「筋肉痛で動けないけど、指は大丈夫だから、こうやって小説を書き続けてたのです。すごい! 満身創痍でも書き続けるなんて、唯花ちゃん、物書きの鏡!」

「いいけど、ちゃんとなんか食ったのか? 部屋の前にまたお盆あったぞ」


 俺は昼飯のお盆をガラステーブルに置き、通学鞄も脇に置く。

 すると唯花がゴロゴロ転がってこっちへ移動してきた。

 

 ……すげえ、パジャマに包まれたFカップがぷるんぷるんっしながらこっちに来おるぞ。


「あ、チラ見カウント1」

「ぐぬう……」


 カウントを取られてしまった。

 唯花は俺の前にやってきて、停止する。

 ちょうど目の前で止まって、仰向け状態だ。


 重力に負けていない見事なFカップに注目したいが、またカウントを取られてしまうので、とりあえず我慢した。

 あぐらをかいている俺の足へ、唯花は頭を乗っける。


「うむ、極楽」

「極楽はいいけども。だから食事はしたのか? ちゃんと食べないとそれこそ極楽にいっちまうぞ?」


「大丈夫。昨日、奏太がキッチンからシリアルバー持ってきてくれたでしょ? あれ食べたから今日は餓死しないでござる」

「あー、帰り際に非常食用で持ってきといたやつな。でもあんなじゃ飯食ったことにならないぞ。ほれ、また食べさせてやるからちゃんと食事を……」


「えー、お腹空いてない。だってバー食べたし、バー」

「バーは食事にならんと言っとるだろ、バーは」


「バーを悪く言わないで! バーだって頑張ってるのよ!? 男手一つで幼い娘さんを必死に育てているの!」

「バーって苦労人のお父さんだったの!? 擬人化するにしても普通は婆さんキャラじゃないか!?」


「まあ、バーのことはどうでもいいです」

「どうでもいいのか……なんかバックボーンありそうなキャラ付けまでしておきながら」


 可哀そうなバー……ウチの理性さんを見習ってほしいものである。

 唯花は仰向け状態で手を上げて、俺の膝をぺちぺちしてくる。


「それよりも唯花ちゃんを褒め称えたまへ。筋肉痛を堪えて、ちゃんと小説書いてたんだよ。褒めてー、褒めてー、褒めーろーよー!」

「へいへい、わかったわかった」


 いつもなら髪を撫でててやるところだが、仰向けなので上手くできない。

 代わりに両手で頬っぺたを挟んでふにふにしてやる。


「偉い偉い、唯花は頑張ってる。良い子だぞー」

「うぇへへー」


 にへら、と相好を崩して、お姫様はご機嫌になった。

 で、ひとしきり褒め尽くしてから、俺は通学鞄に手を伸ばす。


「唯花、今日は良いもの持ってきたぞ」

「良いもの? 百兆円分の課金カードとか?」

「国家予算超えてんじゃねえか。そんだけあるなら課金じゃなくて国買えよ」


「国などいらぬ。英霊たちのガチャを回せればそれで良い」

「世紀末覇王のような口調でダメ人間なセリフを言うんじゃない。そうじゃなくて、筋肉痛用のアイテムだ」


「え、もしかして湿布? あの匂いきらーい……」

「知ってる。だから匂わないやつを持ってきた」


 取り出したのは、スプレー缶の湿布薬。

 缶はスプレータイプだが、中身はジェル状の薬剤で、匂いはしないし、効果も抜群らしい。


「匂いしないの?」

「しないってさ。バスケ部の先輩がくれたんだ。現役の運動部のお墨付きだから信頼できるぞ」

「ほえー」


 スプレー缶を手に取り、唯花は物珍しそうに眺める。


「でも奏太ってば帰宅部なのに、よくバスケ部の人からもらえたね?」

「生徒会の手伝いしてて、たまたま知り合ったんだ。まあ、いつものことだ」

「なるへそ。あ、本当だ、匂いしない」


 とろっとしたジェルを手に出して、くんくんすると、唯花は顔を輝かせた。

 そしてスプレー缶を無造作に胸の谷間に置く。


 ――谷間っ!? はい出たよ、ウチの幼馴染の天然無防備っぷり! お前、そういうことだぞ!? 本当、そういうところだぞ!?


 ペットボトルサイズの缶が当たり前のように固定され、全俺が驚愕。

 しかも他に置く場所がなかったから、というような極めて自然な動きだった。


 そして唯花の無防備っぷりはさらに猛威を振るう。

 ジェルのついた手のひらがこっちに向けられた。


「じゃあ、奏太」


 唯花は当たり前のように言う。

 無邪気な声と。

 仰向け状態な逆さまの上目遣いで。



「これ、塗ってー♪」



 俺は愕然&硬直。

 ぷるんぷるんしているジェルと、ぷるんぷるんしているFカップを視界に収めて。


「なん、だと……!?」


 そう言うしかなかった。

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