第67話 幼馴染たちの告白大戦争 奏太side1

 俺たちは今、のっぴきならない状況に陥っていた。

 事の始まりは昨日のこと、伊織いおりあおいちゃんを部屋に連れ込み、告白をしたのだ。

 

 葵ちゃんは返事を明日――つまりは今日、同じ伊織の部屋ですると言った。

 これに俺と唯花ゆいかは大混乱。告白の返事後、伊織たちはもう即エロいことをするに違いないと判断した。


 人生の先輩として、そんな貞操観念の乱れは正してやらねばならん。

 幼馴染会議を開き、俺と唯花は協議を重ねた。その結果、もしも伊織たちが変な雰囲気になったらすぐに隣から同じことをして思い留まらせるという『恋人っぽいカウンター大作戦』を唯花が提案したのだが……恐ろしいことに状況は俺たちの予想を遥かに上回った。


 まず伊織と葵ちゃんが部屋に入るか入らないかのところで、お盆が落ち、お茶らしきものがこぼれる音がした。

 次に葵ちゃんが大声で告白の返事をすると宣言した。


 俺たちはスーパーコンピューターのように高度な推察と演算力によって、隣の状況を理解した。


 おそらくは部屋に入った瞬間、伊織は辛抱堪らずルパンダイブしてしまったのだろう。まさかあの伊織が……と俺も思うが、俺たちの脳内スーパーコンピューターがそれ以外はありえないと言っている。


 そして葵ちゃんは押し倒された状態で告白の返事をしようとしている。つまりは『わたくし据え膳でございます』のサインだ。


 やれ恐ろしいことじゃわい。貞操観念の乱れた若者たちは身内が隣にいるこの状況で度を越したイチャつきを始めようとしている。


 きっと色恋に溺れてまわりが見えなくなってしまっているのだろう。だが俺はそれを責めようとは思わない。人生の先輩は未熟な若者を温かく見守るものだし、それに――こっちもそれどころじゃないからな!


「(待て待て待て待て待て待てっ、唯花! とりあえず! とりあえず一旦離れろ!)」


 俺は今、唯花に抱き着かれ、容赦なく密着されている。Fカップの胸が俺の胸板に押しつけられて、むにゅむにゅいってる。太ももまで触れ合い、なんならややこしいところまでぶつかりそうになっている。


「(本当っ、待て! お願いだから待て! 待て待て待て待て待て待て待てっ! このままじゃ待て待て言い過ぎて、俺はスタンドに覚醒してしまう!)」

「(無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄っ!)」

「(唯花が先に覚醒したーっ!?)」


 唯花は顔を上げ、息も掛かる距離というか、もはやキス寸前の距離で見つめてくる。


「(もう拒否しようとしても無駄だから諦めて! 今この瞬間にも伊織は卒業公演を始めちゃうかもしれないんだよ!? もう開幕ベルは鳴ってしまったの!)」

「(卒業公演ってなに!? 確かに俺たちが横で聞いてるから公演要素あるかもだけど、そんな卒業は嫌過ぎるだろ!?)」


「(だからあたしたちでカウンター打って止めてあげなきゃ! 勢い任せの計画性ナッシングな初えっちは『いかんぜよ!』って)」

「(ストレートに初えっちって言うな! 生々しい! 伊織のそんなところ、俺は絶対想像したくない!)」


「(とにかく時間がないの! ウチのお父さんとお母さんだって、学生の時になんか色々あった後の感動的なムードで勢い任せに致しちゃって、あたしが爆誕しちゃったんだから!)」

「(ちょおっ!? 何それ初耳ぃ! だからあんな尋常じゃなく若いのか、あの人たち!)」


「(とにかく勢い任せの爆誕は如月家のお家芸なの! だから早く! このままだと伊織がお父さんになっちゃうー!)」

「(そうか、分かった、さすがに伊織を中学生でお父さんにするわけにはいかないからな! じゃあカウンターを始めるぞ……って、だったらお前もお家芸やべぇだろうがぁぁぁぁぁっ!)」


「(――はっ!? 本当だ、唯花ちゃん、うっかり!)」

「(怖い! 如月きさらぎ家の『足元がお留守感』がすごい怖い!)」


 唯花はむむむっと唸った後、「(だ、大丈夫!)」と啖呵を切った。


「(奏太が途中でやめてくれれば、なんの問題もないよ! ね? ね?)」

「(あほですかーっ!? 年単位のお預けが解禁されたら途中で止まるなんて出来るわけないでしょうが!?)」

「(やだ、三上みかみ家のケダモノっぷり怖ーい)」

「(普通だよ!? あほなレッテルでウチの一族郎党ケダモノにしないでくれますか!?)」


 そんな言い合いをしていると、ふいに壁の向こうから声が響いた。

 葵ちゃんの声だ。



「『わ、わたし……お、お付き合います! 伊織くんのこと……ずっと好きだったから!』」



 俺&唯花はぐりんっ壁の方を向く。

 そりゃもうすごい勢いで向いて、


「「ふぁ――っ!?」」


 変な声が出た。

 ドキがムネムネして変な声が出た。何を言ってるか分からんだろうが、俺たちにもまったく分からん。


「(奏太、聞いた? 聞いた? 告っちゃった、告っちゃった! 葵ちゃんがとうとう告っちゃった! や、正確には告白のお返事だけど! きゃーっ、青春っ!)」

「(お、おお……オラ、わくわくすっぞ。生の告白って初めて聞いたかもしれん。いいなぁ、青春っていいなぁ)」


「(ねー、いいよねー。……ってトキめいてる場合じゃない! これもう秒読みじゃないの!?)」

「(うわ、本当だ! 伊織が秒で卒業してしまう!)」


 俺たちのスーパーコンピューターが告げていた。

 もう壁の向こうの『あなたと合体したい』ゲージは満タンになってしまっていると。もはや一刻の猶予もない。すると突然、唯花がばっと俺から離れた。


「(唯花!? どうした!?)」

「(こうなったら最後の手段よ……っ。カウンターは奏太の忍耐力が足りなくて使えない。だったら……っ!)」


 唯花は距離を取り、ビシッと俺に指を突きつけた。

 そして隣の部屋まで聞こえるような声で叫ぶ。奏太っ、と前置きをして。



「今すぐあたしに告白しなさ――いっ!」



「どういうことだよぅ!?」


 あまりにも脈略が無さすぎて、俺は巻き舌でツッコむことしかできなかった。

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