第64話 緊急開催! 幼馴染会議!【残り1分】
しかしやられっ放しではいない。
気持ちを切り替え、唯花は一瞬の隙をついて反撃に転じようとしてくる。
「こうなったら……秘技・アイアンクロー返し!」
高らかに宣言し、手を振り上げる。
そして俺の口に指を突っ込んできた。
「はむぅ!?」
「ほらほら、どう? 今すぐアイアンクローを解かないと、この指を抜き差ししちゃうぞ!」
「ぶはっ、やめい! なんか変なことしてるみたいになるでしょうが!?」
俺は手を離し、指を吐き出して、慌てて後退。唯花から距離を取る。
一方、敵は自慢げに胸を張る。
「へへん、正義は勝つ!」
「誰が正義だ、誰が。お前、こないだも俺の口に指突っ込んできたけど、なんかそういう趣味なのか?」
「別にそんな趣味はないけれども。でも奏太があたしに変なこと仕込もうとするんだったら、あたしにだってえっちの時やってほしいことがあるんだからねっ」
ベッドで仁王立ちになり、聞き返さずにはいられないようなことを言ってきた。
内心の動揺を悟られないようにと思いつつ、尋ねる。
「な、なんだよ? 唯花のやってほしいことって」
「あ、うん、それは……」
悟られないようにしたつもりが、がっつり伝わってしまったらしい。
トーンダウンした俺につられるように、唯花は途端に勢いを失くした。
仁王立ちしていたところからどんどん肩が小さくなり、もじもじと指を合わせだす。
「や、やっぱ……言うのやめよっかな」
「いや、ここでやめられたら気になって会議どころじゃなくなってしまう。ぜひお聞かせ願いたい。その、なんだ、旅行に連れてけばいいのか?」
エロいことは抜きにしても、引きこもりの唯花がいきたいと言うんなら地球の裏側にだって連れてってやる。そういう時のためにバイトで資金も貯めてるんだ。
「や、さっきは勢いで旅行とかいっちゃったけど、そんな無理しなくていいよ。はじめてだからってお金掛けて大げさなことしなくても、あたしは……奏太が隣にいてくれれば十分だもん」
「そ、そうか」
「うん……」
なんか照れくさい。
変な空気になってきちゃったな……。
俺は色々誤魔化すために咳払い。
「でもいざするとなった時、俺にやってほしいことはあるんだろ? 教えてくれよ。そういうことは……知っておきたい」
「わ、笑わない?」
「笑わない。ハイパーエージェントのアクセスコードに誓う」
「じゃ、じゃあ言うね……」
指を合わせていたところから、今度は黒髪をいじりつつ、視線を逸らす。
「そういうことする時って、やっぱり2人にとって特別な時間でしょ? だったら……その時だけの特別な呼び方とかしたいなって」
「特別な呼び方、か……」
なんかめちゃくちゃ可愛い要望だった。えーと、なんだろう、おもらしがどうのとか叫んでた自分が恥ずかしいぞ……。
「奏太? どうしたの? 顔を手のひらで覆って……」
「……すまん、なんでもない。じゃあ、俺はそういう時、唯花のことをなんて呼べばいいんだ?」
「そ、そこまでは考えてなかったけど、たとえば……」
「たとえば?」
「……ゆいゆい、とか?」
「…………」
…………………それはだいぶこっ恥ずかしいな。
危ねえ、夢のヒーローに誓ってなかったら噴き出すくらいはしてたかもしれん。
思わず黙ってしまい、途端に唯花が目を剥いた。
「あっ、引いた! 今引いたでしょ!? ぜったい引いたーっ!」
「いや引いてない、引いてない。逆に俺はお前からなんて呼ばれるんだ?」
「え、それは……奏ちゃん、とか?」
「一つ重要なアドバイスがある」
「な、なに?」
「俺、お前のお袋さんから奏ちゃんって呼ばれてるんだが……」
「――っ!? なんでぇ!?」
「なんでもなにも子供の頃からそうだったろ」
「……っ、そうだった! 一年半の引きこもり生活のせいで忘れてたぁ……っ」
唯花は怒涛の勢いで頭を抱え、苦悶に身をよじる。
「えっちの時にお母さんと呼び方被るとかそれはちょっとぉ……! なんでこうなるのぉ、特別な時間はぜったい『ゆいゆい』&『奏ちゃん』呼びってずっと前から決めてたのにぃ……っ」
「いや、お前さっき『考えてなかった』とか言ってなかった? あたかも『今思いつきで言ってみた』みたいな空気出してなかった?」
「そんなの可愛いウソに決まってるでしょー!? 奏太があたしにどうやって変なこと仕込もうか考えてるのと同じように、あたしだってどうやって呼ばせようかずっと考えてるの!」
「そ、そうか……。自分で言うのもなんだけど、俺のしょうもない望みとお前の可愛い画策を一緒にする必要はないと思うぞ。まあ、なんだ、その……」
俺は明後日の方を向いて、頭をかく。
「元気出せよ、ゆいゆい」
「――っ!?」
ボォッと頬が赤くなった。
瞳にわずかな緊張感が生まれる。
「え、あ……あう」
「な、なんだよ。嫌だったか?」
「嫌じゃないよっ、ぜんぜん嫌じゃないっ。でも……」
忙しなく視線をさ迷わせ、パジャマの裾で口元を隠してつぶやく。
「今から…………するの?」
「しないぞ!? それはさすがにしないからな!?」
全速力で否定した。
唯花ははっと我に返ったような顔をし、恥ずかしそうにパタパタと赤い頬をあおぐ。
「そ、そっかっ。そうだよねっ。あー、びっくりしたぁ」
「びっくりしたのはこっちでござる……俺が条件反射でルパンダイブしたらどうするつもりだったんだ、まったく」
「い、いやさすがに一言ご注意は申し上げるよ? ほら、お母さんと鉢合わせしたりしないように、あたし、昼間はあんまり水分取らないようにしてるから、奏太に……めいっぱいエンジョイさせてあげられないだろうし」
「……………………」
「奏太?」
「……………………ちょっとタイム」
俺はぎくしゃくと屈み込み、唯花の足元の布団を被った。そうして声が聞こえないようにし、全身全霊で叫ぶ。
「オイィィィィィ! なんでまるっとおもらし受け入れてるんだよぉぉぉぉっ!? 口ではやだやだ言ってるくせに、なんでいざとなると健気に応えようとしてくれちゃうかな!? 聖女か! ワガママお姫様なのに根は献身的な聖女か! 一瞬、『ちょっとつまみ食いするぐらいなら……』とか心が揺らぎそうになっちゃったでしょーが! 仕事しろ、理性! 馬車馬のごとく働け! ぐぬぅぅぅぅぅぅぅっ!」
邪念と葛藤を吐き出し終え、俺は布団を剥いで現実に帰還する。
「……ただいま」
「お、おかえり。今のなんだったの? 声がくぐもって野生動物の叫びみたいになってたけど」
「なんでもない。ただ唯花の布団の匂いを覚えて今夜のオカズにしようとしてただけだ」
「……そ、そう。まあ、それぐらいなら別にいいけど」
「聖女か!」
「うわっ!? な、なに? 聖女? ……ってなにが?」
「なんでもない。こっちの話だ」
俺は自分のこめかみをぐりぐり押して冷静になろうとする。
深呼吸し、心を落ち着かせる。平常心、平常心。
「とにかく当面、エロいことはしない。お互いにその誓いをここに打ち立てよう」
「や、分かってるよっ。さっきのは『ゆいゆい』呼びされて勘違いしそうになっちゃっただけ。よく考えたらこれから伊織と葵ちゃんが来るんだし、まさか隣でそんなことするわけには…………あ、でも待って」
唯花はふいに思案顔になる。
それからやおら、ぽんっと手を叩いた。
どした? という俺の視線に応え、「これだよ」とつぶやく。
「これってどれ?」
「だからこれ! 伊織たちがえっちなこと始めない方法!」
あたかも名案を思いついたという顔で、唯花はベッドから飛び降りた。
「あっちがイチャイチャし始めたら、すかさずこっちも似たようなことをして教えてあげればいいの! 君たちがしようとしてることはこんなに『いかんぜよ!』なんだよって!」
「は!? 待て待て待て! それは危険だ!」
「危険ってなんで?」
「いや何ってわけじゃございませんが……」
言い淀む。
まさかわたくし今、エロスイッチ入りかけてます、とは言えない。
渋る俺とは対照的に唯花は平然と言ってのける。
「別にえっちなことするわけじゃないよ。その前段階、イチャイチャし始めたところでカウンターすればいいの。火が付きそうになったところで、すかさず消火するわけ」
「言わんとしてることは分かる。人のフリ見て我がフリ直せってのを地で伝えるんだろ? でもあっちはたぶん恋人になりたての状態だぞ? それに対抗するような恋人っぽいこと、俺たちに出来るか……?」
「でも他に方法ないでしょ? もう2人共帰ってきちゃうし」
「確かに時間がないのは事実だが……」
不安事項が多すぎる。
なんといっても変なスイッチが入りかけてるのは俺だけじゃない。おそらくは『ゆいゆい』呼びされた唯花も同じだ。
こんな状態で恋人なりたてのカップルに対抗なんてしたら、とんでもないことにならないか……?
だが俺の心配をよそに、唯花はすでにその気になっていた。
のんきな顔で俺の肩をぺちぺちしてくる。
「はいはい、もう覚悟決めてっ。カワイイ弟とその彼女の未来のためなんだからね?」
そう言うと、唯花はノリノリのウィンクで宣言。
「――やるよ! あたしと奏太で『恋人っぽいカウンター大作戦』!」
◇ ◆ ◆ ◇
同時刻、
数分前に葵から『どんな様子?』と尋ねられ、伊織は姉と兄貴分の状況をシミュレーション。その結果を口にする。
「お姉ちゃんと奏太兄ちゃんは僕たちに対抗して恋人のフリをするみたい」
「あ。っていうことは……」
「うん」
やや中二病の余韻が残るポーズ付きで伊織は言った。
門前から姉の部屋の窓を見上げながら。
「すべては――僕の計画通りだよ」
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